第11話 悪役令嬢のモーニングルーティン
ニーファの案内に従って王宮の離れの一画に行くと、グランドレスを格納できる重鎧工房があった。パーツの換装や機体の整備を行えるそうだ。
木で組まれたタラップに降りると、少し離れた場所にガリア王太子をはじめとするメンバーがそろっていた。
思えば、そこにいたジャンの顔を見て気がゆるんだのかもしれない。
不意に、グランドレスの頭部に叩きつけられた家からこぼれ落ちた見知らぬ家族の顔が思い出された。そして昨日、今日と私が破壊してしまった家々。あそこにも人は住んでいたかもしれない。
この足で巨大魔獣を踏みつぶしたときのあの感触。
死んだ人間の面影に引っ張られたのか、前世の記憶がフラッシュバックする。
たき火を背に、こちらを振り返る若い女。
『ほら、簡単に死んじゃうでしょ。あんたもこうなればいいのに』
「うっ……」
私はみっともなくその場で嘔吐した。
吐瀉物の一部がドレスにかかる。
「アリア!」
ジャンが駆け寄ってくる。丸めた背中を不器用にさすってくれた。
「ジャン様……すみません、お見苦しい、ところを……」
「大事無い。おい、水を持ってきてやれ」
工房の人間に指示をとばす。先ほどまで慌ただしく駆け回っていた彼らは、今は手を止めて何事かとこちらを見ている。
不意にまた吐き気がせり上がってきた。
…………。
「ごめんなさい、戦い方が下手で。私がもっとうまく戦えていれば、あの人たちは、死ななかった……」
「そ、そんなことは」
「あら、ずいぶん弱気なことをおっしゃるのね」
顔を上げた。言葉の主は、ミンだった。
「それとも王子の同情を誘うためにわざとそんなこと言っているのかしら」
「やめないかミン嬢」
「いーえ、ジャン王子。言わせていただきます。アリアさん、あなた自分が世界で一番不幸って顔してますけど、戦えない者たちの気持ちを考えたことがあって? ガリア様も、ジャン王子も、シリウスだって、もちろん動機はそれぞれでしょうけど、みんなこのロボットに乗りたかった。わたくしだってそうですわ。あなたばかりずるい、そう思っています。人が死んだ、だから何? 家が壊れた、だから何? 大事なのは魔獣を倒すことではなくって?」
辺境泊の令嬢は息継ぎをすると、きっぱりと言い放った。
「ロボットに乗るの嫌なら降りなさい。アリア・サファリナ」
「それ、は……」
「あなたご自分で選んだのでしょう、このロボットに乗ることを。それでもメソメソとされているのであれば、ここでいつまでも這いつくばっていらっしゃいなさい。そのあいだにわたくしはどんどん先へ進みますわ」
ミンはスカートの裾をはためかせながらきびすを返した。
「さあ行きましょう、ガリア様」
汚いものをみる目で私を見ていたガリアがうなづく。
「どけ! 邪魔だ!」
立ち止まっていた作業員を怒鳴りつけながら彼らは去っていった。
水を飲み、ジャンの差し出したハンカチで口を拭いた私もよろよろと立ち上がった。
「ご迷惑を、おかけしました。もう大丈夫です」
悪役令嬢の朝は早い。
日の出より間もなくのうちに目を覚まし、顔を洗った後書き物机に向かい手紙を二、三したためる。いずれも過去私が迷惑をかけた相手への謝罪の手紙だ。
謝って許されるものではないことも多かったが、アリアいい子キャンペーンの一貫として謝罪を続けている。
正直なところ悪事が多すぎて自分が何をしたか全て覚えているわけではないが、シルフィによると謝罪をしたほうががいい相手は百十人程度。そのうち連絡がつく相手をリストアップしてくれている。
私に前世の記憶があることはシルフィにだけ話している。朝食を取りながら彼女と新しい事業になりそうなアイディアについて話し合う。
「ポテトチップスはどう?」
「ポテトって最近東方から入ってきたじゃがいもですよね。数が全然確保できないですし、油も安くないですよ」
「リバーシ……は、すでに似たようなボードゲーム沢山あるからなあ。それじゃあねえ」
「しっ」
シルフィが不意に口の前に人差し指を立てて私を静止した。
少しすると、かすかに絨毯を踏む足音が聞こえる。他のメイドが朝の仕事のために部屋の前を通ったのだろう。相変わらずの防諜性能だ。
「もう大丈夫です」
「あ、フライドチキンは?」
「前話されていた鶏肉に衣をつけて揚げる料理なら、酒場で度々目にしますよ。肉に味を染み込ませるものはあまり見たことがないですが。どちらにせよ油がやはりネックですかねえ」
「うーん……あ、じゃあいっそのこと油の産出量を増やすっていうのはどう?」
「油を、ですか?」とシルフィ。
「ええ。常温で固まる飽和脂肪酸系の油と液体のままの不飽和脂肪酸系の油があるじゃない? 前者はラードとかバターとかココナッツオイルとか。不飽和の方は植物性の油とか魚の油とか。こちらのほうが健康には良くって。ああ、あと飽和性脂肪酸系といえばそれだけじゃなくって」
「ストップ、ストップ、ストップ!」
シルフィが両手を前に出した。
「オタクなところ出ちゃってます。知らないことばかりですからもっとゆっくりお願いします」
「ああごめん。こういう話、人とできることほとんどなかったから」
「お嬢様、前世も今生も友達いませんもんね」
「うるさいよ。えーっと、つまりラードとかの増産はいきなりは難しいけど、植物性油ならその辺調整が効くから、栽培を推奨していくのはどうって話。例えばオリーブなら荒れた土地でも収穫量見込めるから農耕に適していないと地でも栽培できるし。ひまわりの種子から作るひまわり油もすごく効率いいから」
私は机の上から紙を一枚取ると、簡単な人間の絵を描き、その横に人間と同じくらいの高さの臼とすり鉢、動物が回すことのできる木製のすりこぎ棒を描く。
「確かディスカバ◯ーチャンネルで見たのよね。石と木で作る効率的なオリーブオイル絞り器」
「ディスカ……ああ、てれびですか」
「そう。まあ私が見たのはy◯utubeだったけど」
「はあ……そうですね。オリーブもひまわりも、どちらも商会を通せば苗や種子は簡単に用意できますし、あとは育て方と収穫の仕方を文書にしたためて所領にまわせばよいかと。お嬢様のその絞り器の方は商業ギルドの工房に掛け合ってみます」
「それと高札ね。文字が読めない人向けに絵で説明したものも用意して各村に立て札を立てるの。そうすれば勝手に木を切ったりすることもないし、税の一部をオリーブやひまわりの種で納めることができるようになれば、農民の暮らしもちょっとは楽になるでしょ。それじゃ必要な数字の見積もりや販路の拡充について調べて、兄様に話を持っていくわ」
シルフィがふと顔を曇らせた。
「また……ご自身の成果にはされないんですか?」
「極悪令嬢の名前じゃ通るものも通らないでしょ。それに、兄様や父様、家の人達にはずいぶん迷惑をかけてきたんだから……ここいらで恩を返して、まずは家族から私を受け入れてもらうようにしないと。すでに充分修道院のお迎えの足音が聞こえてきてるんだから」
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