10゜Happy Birthday! 久保の長い一日
6月28日は久保の誕生日!
今年も相変わらずな誕生日になりそうな予感……
「……電源、卓への音の立ち上がり、運行画面も点けた。よし、大丈夫だな」
番組が始まる前の、どこかゆったりとした空気の中、いつも通り準備を進めていく。
指差し確認をしながら最終チェックを終えると、オンエアモニターのボリュームを少しだけ上げる。
薄く流れるオンエアを聴きながら、卓の横に置かれたQシートに手を伸ばした。
「久保、そろそろ打ち合わせ始めようか」
「ん、了解」
ここで仕事してると、オンエアが時計がわりって、まぁ、あるあるだよな。
うちの番組スタッフもみんなそうだし。
打ち合わせが始まる、ちょうどその時。俺の好きな曲が耳に入ってきた。
瀬田もこのアーティスト好きだもんな。
思わず口元が緩むが、ダメだ、打ち合わせ中。
何もなかったかのように、進行表に目を落とした。
ディレクターが、今日の流れやCMなどを読み上げていく。
その横で進行表を片手に、赤ペンでQシートにチェックをしていく。
今日も変わらず過ぎていくこの時間。
そう思ってたんだよ。
少なくとも、この時までは……。
Qシートの3ページ目に入った時だった。
『今日は子どもの日だから、みんなの子どもの頃の話聞いてるでしょ?だから俺の子どもの頃の写真をSNSに上げたんだけど、なんと、ディレクターも子どもの頃の写真を持ってきてくれたんだよ。
え?めっちゃかわいいんだけど……』
「はぁ!?」
バンッ!!!
持っていた進行表と赤ペンをテーブルに叩きつけると、急いで隣のスタジオに走った。
後ろでディレクターの呼び止める声が聞こえたような気がしたけど、そんなの無視だ。
って言うか、なんだよ。
瀬田の子どもの頃の写真って。
そんなの……そんなの……。
「瀬田の子どもの頃の写真なんて、俺ですら見たことないのに!なんでIORIさんが見てんだよ!」
隣のスタジオに飛び込んだ時には、我慢できなくて叫んでた。
「はぁ〜……」
オンエアが流れてるはずなのに、瀬田の溜息がやたら大きく聞こえた。
しかも、副調に居た全員の視線が一気に刺さって、流石に『あっ、ヤバっ』ってなったよ。
「……瀬田?」
恐る恐る何度も呼びかけるけど、反応はない。
それでも諦めずに呼びかけると、ようやく振り返ってくれた。
思わずホッとしたのも束の間、その視線は俺にではなく。
「……西條」
今度は西條の方から大きな溜息が聞こえた。
静かに立ち上がって、こっちに来たと思ったら……。
くるっと向きを変えられ、背中を押される形でスタジオから追い出されてしまった。
「はぁ〜。やっと番組終わった」
いつもならそのまま技術部へ戻るんだけど、今日は……。
編成部の入り口から中を覗くが、目当ての人物は見当たらない。
しょうがない、技術部へ戻るか。
ガックリと肩を落とし、溜息が漏れた。
「久保さん、こんなところで何やって……。あっ、瀬田ならもう帰りましたよ」
名前を呼ばれ、ビクッとして振り返ると西條のドヤ顔が。
ダメだ、完全に気を抜いてた。
……西條。
あっ、さっき、こいつに追い出されたんだよな。
でも、まぁ、当たってもしょうがないし。
それよりも、さっさと帰った方が良いな。
「西條、お疲れさん」
きょとんとした顔の西條を放って、リュックを取りに技術部へと急いだ。
「瀬田!写真見せて!」
「ただいま。ぐらい言えないんですか?」
リュックを下ろすよりも先に詰め寄った俺の目の前で、瀬田が呆れたように大きな溜息をついた。
「ただいま。それよりも写真」
「…………」
俺の言ったことに聞こえないフリをして、またPC作業に戻った瀬田の向かいに座り、鸚鵡のように「写真見せて」を繰り返す。
コーヒーを飲もうとして、空になってることに気付いた瀬田が立ち上がるよりも先に、カップを奪い取った。
「俺が淹れるよ」
またしても、後ろから大きな溜息が聞こえた。
枕元を探って、スマホのアラームを止める。
「……ふぁ〜っ」
大きく伸びをして、がばっと起き上がると、再びスマホを手に取った。
「あっ。今日って俺の誕生日か」
画面に表示されたメッセージは優斗からだった。
『誕生日おめでとう』
必要最低限のメッセージだけど、ちゃんと覚えてる辺り、優斗だなって思う。
送信時刻も8時48分。たぶん、通勤中に送ってくれたんだな。
少しだけウキウキしながら遮光カーテンを開けると、一面真っ青な空が広がっていた。
まだ梅雨なのに雲ひとつない晴天って、俺ってやっぱり持ってるよな。
着替えをしてキッチンへ行くと、コーヒーを淹れた。
とりあえず届いている誕生日メッセージに目を通し、返信をしていく。
ほとんどが遊び仲間からだ。みんなから祝ってもらえるって、やっぱり嬉しいよな。
スマホが震え、新しいメッセージが届いた。
『久保さん、誕生日おめでとうございます!先輩から今日誕生日だって聞いたので』
優斗から聞いたって素直に書いてくる辺り、西條はほんと単純と言うか、優斗が好きすぎると言うか。
まぁ、分かりやすくて良いけど。
そういえば……。
キョロキョロと辺りを見回す。
もしかしたら、瀬田がプレゼントを置いて行ったりしてないかなって思ったけど。
寝室には何もなかった気がする。
いつも何かあればキッチンのテーブルの上に置いてあるんだけど……それも無い、よな。
もう一度寝室に戻って隅から隅まで見るけれど、やっぱり何も無い。
今日、仕事終わって帰ってきてからだな。
絶対にそうだ。直接渡してくれるに決まってる。
でも、何となく落ち着かなくて、リュックを手に持つと、急いで家を出た。
局に着くと、技術部へ行くよりも先に編成部へ急いだ。
フロアを見渡すと、奥の方のテーブルに瀬田が座っている。
「瀬田、おはよう」
「あれ?久保さん? え? 早くないですか?」
きょとんとしながらも、こっちを見て答えてくれる瀬田がかわいい。
じゃなくて……。
確かに瀬田が不思議に思うのも当たり前だ。いつもなら、出勤前に昼をどこかで食べてくるし。
だから、この時間に瀬田と会うなんて滅多にない。
「いや……。何となく。それよりも、今日なんだけど……」
「あっ、もうこんな時間。久保さんごめん。まだ素材の入れ込み残ってるんで」
パタンとPCを閉じたと思ったら、慌てて私物をまとめて出ていく瀬田の背中を見送るしかなかった。
はぁ〜。
気付いたら大きな溜息が出ていた。
そうだ、昼どうしよう。
食べに出るか?
う〜ん。でも、そんな気分になれない。
コンビニでもいくか。
リュックを背負ったまま、技術部に行くわけでもなく、局を出た。
外に出ると、一面、グレーの空になっていた。朝は綺麗な青空だったんだけど。
空気も、雨が降る前みたいな、なんか重い感じ。
これは急いだ方がいいな。
信号が変わったとたん、走り出す。
コンビニはすぐ目の前だ。
「お、冷やし中華。そういえば今年はまだ食べてなかったな」
冷蔵ケースに並んだ商品の中から、大盛りの方に手を伸ばす。
あとは……。
そういえば、瀬田が『最近、コンビニのアイスティーがバズってるんだよ』って言ってたっけ。
それにするか。
ガラスの向こうがさっきよりも暗い。
もう、雨が降ってくるのも時間の問題だな。
昼時のレジ待ちってほんと、どうにかならないもんか?
列の最後尾に並んで、そんなことを考えていたら、ふと、スイーツの棚が目に入った。
甘いもの食べてる瀬田の笑顔はかわいいよな。
うん、やっぱり本番は今日、仕事が終わってからだろ。
つい、顔がニヤける。
『次の方どうぞ』
気づいたら前に並んでた人のレジは終わってたらしい。
慌てて会計を済ませ、局に戻った。
「あっ、アイスティー買うの忘れた」
仕事が終わったのは午後6時を少し過ぎた頃。
鼻歌を歌いながら、バサっと勢いよく折り畳み傘を開く。
いつもなら憂鬱な雨降りも、今日は関係ない。
というか、うん、許す。
だって、今日はこれからが本番だしな。
もう、あとは楽しみだけだ。
「ただいま〜」
玄関で靴を脱ぐと、リュックを置くよりも先にキッチンの奥へ。
やっぱりケーキは買ってあるでしょ。
ウキウキ気分で冷蔵庫の扉に手をかける。
ガバッと勢いよく開けるが……
「……え?」
「あっ、久保さん、おかえりなさい……って、何してるんですか?」
リュックも下ろさずに……とか、なんか瀬田の言葉が背中越しに聞こえてくる。
けど、正直耳に入ってこない。
そうか、俺が風呂に入ってる時とかに取りに行くんだな。
そうに決まってる。
なんでもないような顔をして、リュックを空いてる椅子に置いた。
「久保さん、なんかありました?」
「え?なんにも?」
「本当ですか?まぁ、いいや」
そういうなり、瀬田はまだ仕事が残ってるのか、ヘッドフォンをしてPCで作業の続きを始めてしまった。
「ごちそうさま」
晩ご飯もいつもと変わらなかった。
食べながら瀬田を観察してみたけど、そわそわしてる感じもなかったし。
まぁ、まだ、この後だな。
「あっ、先に風呂入ってくるわ」
食器を食洗機に入れてる瀬田に声をかけて、脱衣所へ向かう。
こっそりと何回かキッチンを覗くが、特にどこか出掛けるような様子はない。
俺がまだ風呂入ってないのバレてる?
いつもよりゆっくり風呂に入った方がいいな。
「瀬田、風呂入ってきなよ」
バスタオルで髪を拭きながら、テレビを見てる瀬田に声をかける。
瀬田が風呂に入ったのを確認してから、冷蔵庫の前へ。
扉に手をかけ、ガバッと勢いよく開ける。
「……え?」
もしかして、忘れてる?
でも、瀬田が忘れるなんてこと……。
うん、ない……はず。
思わずため息が漏れ、そっと扉を閉じた。
つけっぱなしのテレビの音声が、やたらと大きく聞こえた。
どうやって髪を乾かして、どうやって服を着たのか……全然思い出せない。
どうしても瀬田が忘れてるなんて思えなくて、もう一度冷蔵庫を開けたけど……。
やっぱり、ケーキはなかった。
「久保さん、テレビ、チャンネル変えていい?」
いつの間にか風呂から出て、向かいに座ってる。
頬杖をつきながら番組をザッピングしてる瀬田が、いつもと全く変わらなくて……。
その姿に、少しだけショックを受けてる自分がいた。
『23:52』
テレビの隅に表示されている時刻が目に入って、今日、何度目かの溜息が漏れた。
チラッと瀬田を見るけど、相変わらず頬杖をつきながらテレビを見てる。
あと8分。
あと8分で、今日が終わる。
溜息の数が増えていく。
やっぱり、忘れてるのか……。
もう、諦めて寝るか。
テーブルに両手を付き、重い腰を上げる。
また溜息……。
え?俺じゃないぞ。
「久保さん、ちょっと待ってて」
どこか観念したような顔をして、寝室に消えた瀬田の背中を、ぼーっと見ていた。
戻ってきた瀬田は、なんかそわそわしてるんだけど、どこか諦めたような顔をしていた。
視線は下を向いたままで、俺と目を合わせようとしない。
ん?なんか、後ろに持ってる?
「これ渡すと、絶対にウザい事になるってわかってるんだけど……」
ん?
これ?
「久保さん、多分こういうのが一番好きでしょ」
「……え?」
「俺のアルバム」
下を向いたまま、片手で嫌そうに出してくる瀬田が、めっちゃ可愛くて、ヤバい。
「え?いいの? あれだけ嫌がってたのに」
「……まぁ、誕生日だからな」
気づいたらアルバムごと、瀬田をギュッと抱きしめていた。
「瑞樹、最高!めっちゃ嬉しい」
「見てもいいですけど……。
ちゃんと返して下さいね。
あと、写真を抜くな!
それと、スマホで撮るな!
分かったか?ちゃんと守れよ!」
瀬田が、俺の腕の中でもがきながら何か言ってるけど、もう、嬉しすぎてそれどころじゃない。
やっぱり、今日は……最高の誕生日だ!




