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ラジオの裏側で(完結済)  作者: ユズ
ラジオの裏側で 〜特番〜
37/39

6゜〜桜の花が開く頃に…〜

4人それぞれの視点で話しが繋がっています。

瀬田の部分だけすごく短いですが、その代わり?今回の中では一番甘いはずです…

「いつも想うのは…(久保視点)」 




3月下旬のある日。局内は改編期に向けて忙しい人とそうでない人に分ける事ができるが…。


俺、久保陸也はどちらかと言われたら忙しくない方に入る。

特に今回は改編率10%以下。箱ものが移動したり落ちたり。その程度のものなので新番組のリハーサルなどもなかったし、使用する素材の確認作業なども無く通常と変わらない。


俺の恋人である瀬田はと言うと…。


今担当している昼の帯番組が3年目に入るので、使用している音素材をリニューアルしてリフレッシュ感を出そうと決まったらしく、ここ最近は家でも仕事をしている。


そうなると必然的に俺に構ってくれる時間が減るわけで、こっちとしては面白くない。

けど、仕事の邪魔をして怒られるのも嫌なので大人しく外へ飲みに行って気分を紛らわせている。


あと少しの辛抱だが、そろそろ限界かも…。


今日もどこかへ飲みに行くか…。そう思うが、なんとなく一人で飲みにいく気になれなくて、スマホを取り出しアプリを立ち上げる。



「今日の夜、空いてる?」



必要最低限のメッセージを送り、ポケットにスマホをしまおうとしたらすぐに返信が来た。


『どこにする?』


「なんとなく騒がしい方がいいからイチさんのところで。多分早い時間からダラダラ飲んでると思う」


テンポよく進むやり取りに口角が上がる。お互いを分かっていて、気を使わない相手っていうのは貴重だ。


今度こそスマホをポケットにしまい、番組の準備をするためにスタジオへ向かった。




局の入っているビルを出ると、冷たい空気が混ざった強風が吹いていた。


「春先は風が強いな…」


春は三寒四温とはよく言ったもので、昨日までアウターが要らないぐらいの暖かさだったのに今日は冬のような寒さが戻ってきている。


寒いと人肌が恋しくなるが…。でも、瀬田にじゃれつくと機嫌が悪くなるのは分かりきっているので足早に店へと急いだ。

あそこなら話し相手に困る事はない。




「イチさんこんばんは〜」


店のドアを開けながらカウンターにいるであろう相手に挨拶をすると、顔だけをこちらに向け挨拶をしてくれたが、すぐにカウンターの隅を見ろと視線が移動する。


「はぁ?なんで西條がいるんだ?」


とりあえずオーダーをして西條の横に座り、事情を説明してもらうと…。


どうやら横川がトラブル対応で遅くなるから代わりに行ってと言われてここにいるらしい。終わり次第来るみたいでそれまでの繋ぎ…だそうだ。


で、その繋ぎとして来た西條はというと…BAR自体初めてらしく、キョロキョロと物珍しそうにしている。


「誰かに誘われたりしなかったか?」


「あ、それは大丈夫でした。先輩から“久保さんと待ち合わせ”って言えば誰も手を出してこないからって」


笑いながらそう言う西條に呆れて溜息が出た。多分、優斗からここがどういった店か聞かされずに送り出されたんだろう。


「俺の名前出したからって安全って訳じゃないからな。自分で対処出来ないなら優斗に言われてもこんな所一人で来るんじゃないぞ」


「こんな所って…酷いな、陸也は」


苦笑しながらイチが酒の入ったグラスを目の前に置いてくれる。


「こんなところ?」


西條は訳が分からないといった感じでぽかんとしている。

そんな気の抜けた表情を見て、やっぱりここに一人で来させたらダメだな…と思い、さらに溜息が出た。

そんな俺の気も知らず、いつも通りのマイペースっぷりを発揮している。


「そうだ、久保さんに会ったら相談したい…と言うか、聞きたいことがあったんですけど…」


グラスを片手に頬杖をつき西條の方を見ると、さっきとは打って変わって沈んだ顔をしていた。


「ん?優斗と何かあったのか?」


ビックリした顔をしているが、西條が俺に相談したい事なんて優斗のこと以外ありえない。


相談したいと言いながらも、口に出すか迷っているような素振りをするのでどうせくだらない事なんだろうと思うが…


「とりあえず言ってみろ。俺が答えられるかどうかは分からないけどな」


そう言って西條を見ると、グラスを見つめたまま溜息を吐いている。


「あと5秒以内に言わなかったらもう聞かないからな」


カウントダウンを始めると…あと1…というところで西條が大きな溜息を吐いた。


「言います、言いますから…。えーっと…。バレンタインに先輩へチョコを渡したんですけど…」


「ハハッ」


思わず大声で笑ってしまった。


さっきまでしょぼんとして俯いていたのに、ガバッと顔を上げ泣きそうな顔でこっちを見てくる。


「どうして笑うんですか」


やっぱりくだらない事で悩んでる。どうせホワイトデーにお返しがなかったからチョコは嫌いだったのかな…とか、嫌われたのかな…とかその辺りだろう。


先回りして口に出すと図星だったみたいで、視線を逸らし気まずそうに手元のグラスをギュッと握りしめている。


「で?自分では聞く勇気がないから俺に聞いてくれって?」


「…そんなあからさまに聞いてほしいんじゃなくて、何となく探ると言うか…」


気を抜くと店の雑音に掻き消されそうな程に小さな声でボソッと反論してくる。


西條ってこんな面倒くさいヤツだったか?心の中で大きな溜息を吐き、断ろうと口を開きかけた時にふと良い考えが頭に浮かんだ。


「今から俺の言うことを一つ聞いてくれたら、上手いこと優斗に探りを入れてやるよ」


思わずニヤッと笑うと、それを見た西條が何か察したのだろう。嫌そうな顔をしてこっちを見てくる。


「なんか嫌な予感しかしないんですけど…」


「まぁそう言うな。簡単なことだ」


そう言って西條の耳元に顔を寄せ囁くと…


俺の肩を押して距離を取ったと思ったら、呆れたような顔をして大きな溜息を吐いている。


「久保さんって…いつか瀬田に呆れられますよ…」


「大丈夫、そんなのしょっちゅうだから」


瀬田の呆れた顔が簡単に想像できて思わず声に出して笑っていた。西條はというと、そんな俺に向かってまたしても大きな溜息を吐いている。


「で、どうするんだ?俺は別にどっちでも構わないけど」


どうしようか迷っている西條を見ながらグラスに残った酒を味わっていると、覚悟を決めたのか顔を少し赤くした西條がこっちを見て僅かに頷いた。


相変わらずちょろいな。そんなことを思いながら西條を抱き寄せようとしたら、こっちを睨んでくるイチが視界に入った。


「陸也、何かするつもりなら裏でやって」


「あ〜、イチさんごめん。分かった。裏借りるね」


普段は温厚でみんなのお兄さん的な感じのイチが唯一怒るのが店内の風紀を乱す行為を見つけた時だ。


ゲイバーで風紀を乱すもなにも…と思うが、一つ許すとみんなやっちゃうので店内の雰囲気が悪くなる。だから、小さなことでも許してくれない。


俺がイチに注意されたことで、さっきの話しはなしになったのだと思ってほっとした顔をしている西條の腕を掴んで裏の事務所へ連れて行く。


「え?久保さん、ちょっと、こんな所入っていんですか?」


「まぁ、特別だ。とりあえず座ったら?」


そう言って事務所のソファーに座ると、隣をポンポンと叩いて西條に座るよう促した。


素直に従う西條を見て笑いが止まらなかった。

これが瀬田だったら「なんで座らないといけないんだよ」って噛みつかれるだろうな。


そんな事を考えながら隣の西條に覆い被さるようにソファーの背に両手を乗せ、逃げられないようにする。


漸くさっきの事を思い出した西條が逃げようと肩を押してくるが、普段、重い機材なども運んでるし、トレーニングもして鍛えているから、何もしていない西條なんかに負けるわけがない。


逃げられないと分かった西條は顔を背け可愛らしい抵抗をしてくるが、それが煽ってるってわからないところがかわいい。

つい、イタズラしたくなる。


耳に息を吹きかけると、片手で耳を押さえ泣きそうな顔をしてこっちを見た。


「で、どうするんだ?俺はどっちでもいいけど」


「……分かりましたよ。その代わり約束守ってくださいね」


「了解」


西條にキスをしようと顔を近づけ…


「やっぱ、やめた」


「え?」


どさっとソファーに座り直し、背もたれに体重を預け天を仰いだ。

隣では「ぽかん」とした顔をして西條が困惑している。


「西條、まだ仕事忙しいんだろ?もう帰っていいぞ。優斗にはそれとなく聞いておいてやるから」


もう帰れと片手をひらひらとさせた。


「…じゃあ、俺…帰りますね」


未だに何が起こっているのか分からず困惑しているのが分かったが説明してやる気はない。


バタンと事務所の扉が閉まる音を聞いて、大きな溜息を吐いた。


瀬田と最初にキスしたのもこの場所。しかもシチュエーションまで似ている。なんとなく同じ事をして瀬田との思い出を上書きしたくなかった。


「はぁ〜。やっぱり俺って瀬田のこと大好きだよな」


誰もいない静かな事務所に、思わず本心が漏れた。




「イチさん、裏使わせてもらってありがとね」


騒つく店内に戻りカウンターに座ると、イチが新しい酒を出してくれた。


「ねぇ、イチさん。恋愛って惚れた方が負けって言うけど、惚れられた方が負けてるってどういう事だと思う?」


グラスを片手に、カウンターに頬杖をついて気になったことを聞いてみる。

イチなら答えを知っていそうな気がするからだ。


普段何事にも動じないイチが、珍しくびっくりした顔をして固まった。


「え?俺、何か変なこと言った?」


「いや…。陸也も恋愛で悩むような歳になったんだなって」


「恋愛で悩む歳って…高校生じゃあるまいし、もう、いい大人ですって。何言ってるんだか…」


大きな溜息を吐いて、手元の酒を一口飲む。

カランと澄んだ氷の音がして、それがなんか心地よくてグラスを揺すった。


「う〜ん、そうだね。陸也の場合は…」


そこで勿体ぶるように一息置き…俺の方を見てニヤッと笑うと


「陸也の方が先に惚れてたと思うよ。もしかしたら一目惚れだったんじゃない?」


思いもよらない事を言ってきた。でも、それを聞いて色々と思い返すと…ストンと心に言葉が落ちた。


自分でも自覚していなかったことを言われ、恥ずかしさのあまり残りの酒を一気に煽りカウンターに突っ伏した。


多分正解なんだろうな…。


「…明日は絶対、瀬田の所へ帰ろう」



────────♪ ────────



「小さな幸せ(瀬田視点)」




「瀬田、これ見て見て!」


「一人でおとなしくアイスも食べられないのかよ…」


向かいではしゃぐ久保の声に思わず溜息が漏れた。


さっき冷凍庫のアイスを漁ってたのはなんとなく分かったけど…。


俺はといえば…昨日届くはずだった明日のゲスト資料が遅れ、仕方なく自宅で原稿を書く羽目になってしまい久保の相手をしてる余裕なんてない。


それでなくとも4月から刷新する番組の素材もまだ作らないといけないものが残ってるし…。

ここ最近は自分でも分かるほど機嫌が悪い。


久保もそれは察してくれていて、3月に入ってからは自分の家に帰ることが多い。でも、今日はなぜかこっちへ来たい気分だったんだろう。


久保のことをほったらかしにしている自覚があるので、渋々原稿を書く手を止めノートPCを閉じ、向かいへ身を乗り出した。


「ほら、ハートのピノが入ってる!」


「え?本当に存在するんだな」


噂でしか聞いたことのなかったものを実際に見て、俺も少なからずテンションが上がった。


確かにこれは誰かに見せたくなる。


「食べるのもったいないけど…でも食べないと溶けるしな…」


目の前で写真を撮りながら「う〜ん…」と迷っている久保がなんだか可愛くて笑みが溢れた。


「瀬田、あ〜ん」


そう言って、ハートのピノにピックを刺してこっちへ手を伸ばしてくる。


仕方なく口を開けると久保が食べさせてくれた。


「幸せのお裾分け。これで瀬田にも良いことあるかもな」


満面の笑みでそんなことを言ってくる久保の顔を見られただけで幸せな気分になった。

だって、俺が世界で一番好きな笑顔だから。でも、そんな事は悔しいから言わないけど。


「俺はもう良いことあったから、久保さんにも良いことあるかもね」


「え?もう?」


きょとんとする久保がおかしくて今度は声を出して笑った。


「俺も良いことあったぞ」


「え?」


今度はこっちが驚く番だった。


「俺は瀬田が嬉しそうにしているのを見られただけで幸せだから」


目の前で優しい笑顔で恥ずかしげもなく言う久保を直視してしまい顔が熱くなる。耳まで真っ赤になってる気がして思わず顔を逸らしてしまった。


考えることが一緒って…。


多分、ここ最近、俺がイライラしてるのが分かって一緒にいてくれるんだろう。

久保のおかげで心に少し余裕ができた気がする。


それに…認めるのは悔しいけど、やっぱり相性いいんだな…俺達。



────────♪ ────────



「春の嵐のような…(西條視点)」




3月も下旬に差し掛かり、桜の話題も番組で頻繁に出てくるようになった。今年こそは花見がしたいな…と思いつつもここ一ヶ月は4月からの準備が忙しくそんな事を気にしている余裕もない。


実際、生放送の立ち合い以外では編成部の自分のデスクから動かないという日々が続いていた。


でも、それもほとんど終わり気が楽になっているはず…なんだけど、さっきから溜息ばかり出て気分も沈んでいる…。


忙しく仕事をしてる時はいいが、こうしてふと隙間が出来るとここ最近モヤモヤしてる事を思い出しては溜息を吐くというのを繰り返している。


「西條くん、こっちは終わってるから何か手伝う事ある?」


俺の溜息をずっと聞かされているからなのか、隣のデスクの今井が心配そうに聞いてきた。


「ありがとうございます。でも、もうほとんど終わってるので大丈夫です」


「じゃあ、その溜息の連続はなに?」


「…いや…まぁ、ちょっと…」


今井が俺の顔を訝しげな顔をして見てくるが、プライベート…それも横川との事なんてとてもじゃないが話せないので、曖昧な返事しかできない。


「まぁ、無理には聞かないけど。でも、ここ最近忙しかったからこそ、上手く息抜きしないと」


「はぁ…。そうですね…」


今井はこれ以上何言っても無駄だと思ったのか、もう興味ないと言った感じで自分の仕事に戻っている。


先日、久保に相談して、横川から聞き出せたら教えてくれるとは言ってたけどあれから連絡はない。


久保のことだ、それとなく…と言ってはいたが直球で横川に聞いているんだろうな…。

多分、聞いたけど教えてくれないっていうのが正解なんだと思う。


もう何度目か分からない溜息が溢れた。


気分転換に外の空気を吸ってくるついでにコーヒーでも買ってこようと席を立った。



今日は晴れて気温も20度と暖かい。先日までの寒さが嘘のようだ。

ビルの隣にあるカフェでコーヒーをテイクアウトしたが、そのまま局に戻る気にもなれずどうしようかと考えていた時、視界にちらっとピンク色が映った。


「もう咲いてるんだ」


この区画の先に小さな川が流れていて、その両脇は遊歩道として整備されている。

ベンチも設置してあるので、のんびりするのもいいかもしれない。

そう思った時にはもう足が向かっていた。



ベンチの一つに座り見上げるとチラホラと桜が咲いていた。日当たりのいいところはもう5分咲きと言ったところか。

3月下旬とはいえ、この気温で晴れていると日差しがキツく感じる。でも、時折、冷たさのなくなった春の風が頬を撫でていく感じが心地良い。



「先輩と一緒に見たかったな…」



去年の今頃は桜どころじゃなかった。横川に拒絶され、どうしようと悩んでた事を思い出したが、関係が進展しても悩みは尽きないんだと思い知らされる。



コーヒーを飲み終える程にはぼーっとしていたらしい。

なんとなく気持ちが軽くなったような気がするが、いつまでもここでぼーっとしているわけにもいかないし、仕方なく局へ戻ろうと立ち上がった。




『頼まれていた完パケ、検聴して仮登録までしておいたからマスターへ搬入しておいてね』


デスクに戻ると今井のメモ書きが残されていた。

辺りを見回しても姿が見当たらないので、もう退社したんだろう。


今日のマスター勤務者って…。


完パケを片手に、沈む気持ちを奮い立たせマスターに向かった。




「お疲れ様です」


口癖のような挨拶をしながらマスターへ入っていくと、想像していた通りの人物がそこに居た。


「お疲れ様」


データチェックをしていた横川は視線を進行表に向けたまま、挨拶だけ返してきたが西條だと分かったからか、手を止めこちらを向いた。


が、完パケの搬入に来たと分かったらそのまま作業に戻ってしまい、なんだか寂しい気持ちになった。


完パケの搬入棚に持ってきたものを置き、横川の方へ行くと、向かいの空いていた椅子に座り作業をする横川をぼーっと見つめた。


「どうした?何かあったか?」


作業優先といった感じで視線は進行表に向けているが、相手をしてくれる余裕はあるらしい。


「……」


「なんで落ち込んでいるのか知らないが、言うつもりがないなら作業の邪魔はしないでくれ」


思いもよらない冷たい返答にショックを受け、勢いよく立ち上がると横川に背を向けマスターを出ていくため歩き出した。




あれから編成部に戻ったが何もする気になれず退社した。

いつもなら瀬田を飲みに誘うのだが、まだ忙しくしていると久保から聞いていたので声をかけるのも躊躇われる。


「あ、そうだ…」


スマホと財布だけを持って家を飛び出した。




昼間は暖かくても夜になると風が出て空気がヒンヤリとしている。

そんな中、歩いて目的の場所へ向かい階段を降りると一旦立ち止まり、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから木製のドアを開けた。



「いらっしゃい」


ドアを開けた瞬間にこっちを見て意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔で挨拶をしてくれたイチがどうぞとカウンターの空いてる席を手で指した。


まだ夜も早い時間だが店内は賑わっていてあちこちから笑い声が聞こえる。


「今日は誰かと待ち合わせって感じ…じゃないね」


こくんと頷くと、そのまま下を向いて溜息を吐いた。


「はい、どうぞ」


前回来たときの注文を覚えていてくれたようだ。そっと差し出されたグラスを手に取り、なんとなく揺りながらぼーっと見つめる。


「……イチさんって先輩…横川さんとも仲良いんですか?」


先輩がどういう人物なのか、俺以外の人がどう思っているのか聞いてみたくなった。

この所、横川のことを考えすぎて何が正解なのか分からなくなってきたからだ。


イチが少し考えるようなそぶりをしたが、ふと優しい笑顔でこっちを見てくる。


「仲がいいと言うか、陸也と優斗は弟分って感じかな。ここのオーナーが陸也のお兄さんって事は知ってるかな?」


全く知らなかったので首を振ると、クスッと笑われた。


陸也の兄である拓海とイチは同級生で、一応、共同経営者なのだそうだ。

学生の頃から二人は飲食店の経営をしていて、そこにしょっちゅう遊びにきていた久保と横川とはすぐに仲良くなった。でも、その頃からの付き合いだから色々と知ってはいるが知らないこともたくさんあると言われてしまった。


「優斗のなにが聞きたいのか知らないが、俺から見た優斗と君から見た優斗は全く違うと思うよ?だって俺と君とでは立ち位置が違うからね。


それに…優斗は君からなら何を聞いても答えてくれると思うけど?だって、優斗が今まで特定の相手を作ったことなんてなかったからね。それだけでも君は特別な存在なんだよ。


もし不安なことがあるなら直接口に出して聞いたほうがこじれない」


それを聞いて勇気が湧いた。単純かもしれないが、他人から特別なんだって言われると嬉しくなる。

イチにお礼を言おうと顔を上げると…


「それに、俺が思うに…。プレゼントっていうのは相手に喜んでもらいたいって気持ちがあるから渡すのであって、お返しを求めるものではないと思うんだけど…違う?」


「…え?どうして…」


そう言ってニヤッと笑ったイチは、この前、陸也と優斗がここで話してたのを聞いちゃったからね…と種明かしをしてくれた。


久保さん、やっぱり直球で聞いたんだ…。それが分かり、がっくりと肩を落とした。


「あれ?イチさん、この子初めて見るけどイチさんの知り合い?紹介してよ」


後ろから声がして振り返ると知らない男の人がグラス片手に近寄ってきた。


イチがこっちを見て溜息を吐き、しょうがないと言った顔をした。


「その子、陸也と優斗の二人と仲良いから手を出さないほうがいいよ」


「え?そうなんだ…残念…」


そう言って男は気まずそうな顔をして戻っていった。

状況が分からずきょとんとしている俺を見てイチが苦笑している。


「ほら、また絡まれるといけないから帰ったほうがいいよ。それともお持ち帰りされて優斗に怒られてもいいなら…」


「帰ります!イチさん、ありがとうございました!」


イチの言葉に食い気味に返事をすると、慌てて席を立った。



店を出た時、スマートウォッチが振動しメッセージが来たことを教えてくれた。


『明日か明後日の夜、時間取れないか?』


待ち望んでいた相手からの誘いのメールに泣きたくなった。



────────♪ ────────



「桜の花びら舞う夜に(横川視点)」




改編を来週に控え、進行表のテンプレートも作り直した。あとは再度、紙に印刷して一通りチェックしたら終わりだ。


なぜか画面上でチェックをしていても、印刷したものでチェックをすると見落としが見つかることがある。

何が違うのか分からないが、まぁ、それで事故が防げるのならと思い毎回紙に印刷している。


コピー機が吐き出す大量の印刷物をぼーっと眺めながら、ふと頭に浮かんだのは西條のことだった。


お互いどうしても年度末は忙しくなるので連絡の頻度も減る。そうなると会う機会も減ってしまうのは自然な流れだろう。


同じ職場と言っても部署も違えば階も違う。


そんな中でもたまに顔を合わせる時があるが、ここ最近の西條は暗い表情をしている時が多かった。


その答えは先日陸也と飲んだ時にあっさりと分かったが。



「お疲れ様です」



大量の印刷物を机に広げ、チェックしようと視線を紙に落とした時…。


タイミングよく西條がマスターに現れた。

どうやら完パケを搬入しにきたようだが、すぐには帰らず俺の向かいに座ってきた。


視線を感じて、顔は進行表の方へ向けたまま視線だけ西條の方へ向けると、何か言いたそうにしている顔が見える。


「どうした?何かあったか?」


一瞬ビクッとした西條のあまりにも分かりやすい態度に笑いたくなるのをなんとか抑える。


「……」


「なんで落ち込んでいるのか知らないが、言うつもりがないなら作業の邪魔はしないでくれ」


そう言った途端、勢いよく立ち上がりマスターを出て行く西條の後ろ姿に、堪えていた笑いが漏れた。


悩んでる西條が可愛くてついいじめたくなってしまうのは俺の悪い癖…なんだろうな…。





あまりいじめるのもな…。それにタイミング的にはそろそろだろう。そう思いスマホを取り出した。


「明日か明後日の夜、時間取れないか?」


『明日の夜は大丈夫です』


自宅のソファーで一息つきながらメッセージを送り、コーヒーを飲もうとテーブルにスマホを置いた瞬間に返信が来て思わず笑ってしまった。


画面の向こうに、満面の笑みで尻尾を振っている西條の姿が簡単に想像できて気付いたら声を出して笑っていた。


『定時に仕事終わらせて先輩の家に向かいます!』


追加で送られてきたメッセージを見て溜息が出た。


家に来いとは書いていないのに…察しのいいことで…。


きっと嬉しそうな顔をしてやって来るだろう西條のことを思い、明日の料理の仕込みでもするか…とソファーから立ちあがった。




朝から自分でもありえない程ウキウキしている事にびっくりしながらも、今夜に向けて着々と準備を進めていく。


「休みの日に全ての事がタイミングよく重なるなんてな。自然が相手だからどうなることかと思ったけど、今夜は晴れて暖かそうだし。俺が持ってるのか西條が持っているのか…」


自然と独り言も多くなるが、手はキッチリと動かし準備は完了。


「あとは西條を迎えるだけだな」


完璧にセッティングされたベランダを腕を組んで見下ろし頷いた。




「先輩、お疲れ様です!」


ガチャっとドアの開く音がしたと思ったら、西條の大きな声が聞こえた。


時計を見ると18時半を少し過ぎたところ。慌てて来たんだと思うと自然と笑みが溢れる。


ほんと可愛いヤツだな、西條は。


「もう改編の作業は終わったのか?」


ソファーに座ったままリビングに来た西條に話しかけると俺の隣に座ってきた。


「はい、後はとりあえず改編後一週間、無事に乗り切れば…。まぁ、そこは瀬田に頑張ってもらうしかないんですけど」


そう言った途端、西條が抱きついてきて俺の胸に顔を埋めて頬擦りしている。


「久しぶりの先輩だ…」



しばらく西條の好きにさせていたが、抱きつかれるだけというのもつまらなくなってきた…と思っていたら…。

西條の体が離れ、なんとも言えないフニャッとした笑顔でこっちを見てきた。


そんな昨日とは180度違う西條の態度に、思わず意地悪スイッチが入ってしまう。


「もう気が済んだか?昨日マスターに来た時はどよ〜んとした雰囲気で構ってくれと言わんばかりだったくせに」


「え?構ってくれって…」


「違ったか?」


図星だったんだろう。俯く西條の顔を覗き込みニヤッと笑うと顔を逸らして「酷い…」とか文句をブツブツと呟いている。


「そういえば…陸也とキスしようとしたんだって?あっ、でも、そんなことは後でいいか」


「いや、後回しにされる方が怖いんですけど…」


びくびくと上目遣いで見てくる西條に垂れた犬の耳が見える気がしておかしくて声を出して笑ってしまった。


半泣き状態になっている西條の頭をぽんぽんと軽く叩くとソファーから立ち上がりベランダまで移動した。振り返って、まだソファーに座ったままの西條に手招きをする。


「西條、こっちおいで」


いまだにがっくりと項垂れている西條に声をかけ、パンパン…と手を叩いた。


「ほら、早く!」


西條を急かしてベランダへ来たタイミングでリビングの照明を切ると…


「え?どうしたんですか?これ。すごい…」


「一緒にお花見でもしようと思ってな。ホワイトデーのお返しはこれでも良いかな?」


毎年一人でひっそりと楽しんでいるベランダからの花見を今年は西條と二人で見ようと昨日からセッティングしたのだが、隣を見るとびっくりした顔をして言葉を失っているのでサプライズ成功だろうな。


今日のためにベランダにラグを敷き、クッションに湯たんぽ、ブランケットも用意して寒さ対策もバッチリ。ローテーブルの上には卓上IHもセットして、熱燗を作れるようにしてある。


自宅だと電気が使えるのが一番の利点だろうな。


「ほら、座って。今、お弁当とお酒持って来るから」


「え?あっ、はい」


びっくりして固まっている西條を座らせキッチンへ引き返すと、昼間に作った三段重とお酒、食器を持ってベランダへ戻る。


「先輩の家のベランダから、こんな綺麗に桜が見えるんですね」


「ここから見える桜は早咲きで、今日、明日あたりが一番綺麗な時期だと思ったからタイミングが合って良かったよ」


視界に映る景色に釘付けになっている西條の横に座って視線を少し上に向けると夜空に桜が浮かび上がっているように見える。

満開を過ぎた桜は風が吹かなくてもひらひらと花びらが舞い散り、なんとも言えない儚さを醸し出している。


去年の俺は来年の今頃、大切に思う人とこの桜を見てるなんて思いもしてなかった。

一人でこの雰囲気に酔いしれるのも良かったけど、隣に温もりを感じながら見るのもいいもんなんだな…。


笑顔で桜を見上げてる西條の横顔を見て自然と笑みが溢れた。


「西條、ずっと見ていられるぐらい綺麗だけど、せっかくお弁当作ったんだから食べようか」


「桜が綺麗でお腹空いてること忘れてました」


そう言った瞬間に西條のお腹が鳴って、お互い顔を見合わせて大笑いした…その時


少し強い春の夜風を感じた。




大量の桜の花びらが舞い上がり、視界一面を桜色に染める。


一瞬の出来事がとてもスローに見え、周りから音さえも消えた気がした。


声さえ無くす程の圧倒的な光景にしばらく見惚れていたが、知らないうちに西條の手をギュッと握っていた。



「先輩、来年も一緒にこの光景を見ましょうね」


満面の笑みでそう言う西條と来年も一緒に見たいと強く願った。

西條だけ他人から答えを教えてもらう…と言うズルをしていますね(笑)

でも、そういう愛されキャラって周りに1人はいますよね。


↑をUPする直前まで6゜のタイトルを悩んでいて、最初考えてたのが「最後に出した答えは…」だったんですよ。

後書きのコメントをそのままにしてたので、このコメントを見て?が浮かんだ方…すみません…。

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