4゜〜苦くて甘い…〜
瀬田と久保のバレンタインのお話しです!
相変わらずな瀬田と久保の日常を楽しんでいただければと思います
番組が終わって緊張が緩んだ瞬間に溜息が漏れた。
目の前のノートPCの画面に表示されているカレンダーの日付は1月14日だ。
年が明けてもう2週間も経ってる…。この前レーティングだったよな…と思うと時間経過の速さにゾッとする。
「お疲れさま。今日は”即出“だから何かあったら連絡して。じゃあ」
ガチャっという音と共に防音扉が開いたと思ったら、DJのIORIが片手を上げて足早に横を通り過ぎていった。
今日はこの後撮影が入っているらしく、番組終了間際にマネージャーさんが迎えにきていた。
そんなIORIを見送って、ぼーっとしていたら番組プロデューサーの西條がスタジオに入ってきた。
「あっ、IORIさん帰っちゃった?お疲れ様」
IORIを探すようにキョロキョロとスタジオ内を見渡し、いないと分かると諦めて目の前に座った西條はニコニコしていてなんか気味が悪い。
「なんか機嫌良い?今日編成部会だっただろ?てっきりいつも通り疲れた顔をして現れると思ってたんだけど」
「今日の編成部会、技術部の出席者が先輩だったんだよね」
あぁ、そう言うことか。編成部会は編成部の会議の名称だが、技術からの連絡事項などもあるため1人参加することになっている。通常は技術部長の柏木が参加するが、出張や来客などで参加できない時は代理が立てられる。
今日はその代理が横川だったと。
「あ、詳細は語らなくていいからな。で、会議なんだった?」
先に釘を刺すと、目の前で不貞腐れた顔をした西條が大きな溜息を吐くがそれを無視して転送してもらったメールをチェックして会議の資料を開いた。
「あー、レーティングの結果か。あとは…え?もうそんな時期?」
資料には3月までのスケジュールが記載されていたが、その中の1つに「バレンタイン」とあったからだ。
ヤバい、何にも考えてない。そろそろ考えないと間に合わないよな…。
クリスマスに久保からサプライズでプレゼントを貰って凄く嬉しかったから、せめてそのお返しになるようなものを…と思うが。
どうせならサプライズ…までは行かないにしても、少しでもビックリさせるような何か。
「…瀬田?おい、瀬田っ。聞こえてる?」
「え?ごめん。何?」
ハッとして顔を上げると、眉間に皺を寄せて睨んでくる西條の顔が目に入った。どうやらひとりの世界に入り込んでいたらしい。
向かいから大きな溜息が聞こえた。
「IORIさんが居ないからレーティングの結果は明日にするとして、来月のバレンタイン企画の事なんだけどどうする?」
どうすると言われても、当日はラブソング多め、バレンタインメッセージの募集、プレゼント…と企画の内容自体は去年と同じだ。
だからこの質問はプレゼントの事に関してなんだろう。
「レーティングでチョコ配っちゃったからな。なんにしようか?」
「そうなんだよなー。俺はバレンタインに配った方がいいと思ったんだけど、瀬田が『バレンタインにチョコ配って何が楽しいんだよ』って言って出しちゃったから…」
目の前で「う〜ん…」っと唸っている西條を放っておいて、何がいいか考えながら再度PCの画面に表示させている企画内容を確認していると…。
去年は記載のなかった一文を見つけ、大きな溜息と共にガックリと肩を落とした。
『プレゼントはバレンタインを連想させるようなものにする事』
明らかに去年うちの番組がプレゼントしたものがふざけていたからだろうな…。
まぁ、バレンタインに筋トレグッズとプロテインのセットをプレゼントって、番組聞いてなければ「なんで?」ってなるよな。
「去年のうちのプレゼント、上に相当嫌がられたんだな。釘刺してきた」
「その一文、会議中に見つけて笑いを堪えるのに必死だったよ」
その時のことを思い出したのか、目の前で西條が肩を震わせている。
「でも、そうなると…ちょっと考えないとな。今年も全く関係ないもので行こうと思ってたから。まだ時間もあるし、宿題にしておく」
「了解、俺も何か考えてみる。で、話し変わるんだけど…」
西條がノートPCの画面を閉じた途端、こっちへ身を乗り出してきた。
「瀬田ってバレンタインは久保さんに何かあげたりするの?参考までに聞きたくて。俺、先輩と付き合ってから初めてのバレンタインだからさ」
一瞬、ギクっとした。まさにさっきまで考えていたことだったからだ。
「…特に何もしないかな」
ここで何か言ったら確実に久保まで話しが行くだろうから誤魔化しておく事にした。
心臓がバクバクいっているのを必死に隠してなんとか平静を装っているけどバレていないか心配になり西條を見るが、拍子抜けしたような顔をしている。
勘づかれた様子はなくホッと胸を撫で下ろした。
「参考にしようと思ったんだけどな。まぁ、瀬田らしいと言えばそうなんだけど。何かしてあげたら久保さん喜ぶのに」
「喜ばせたら後が大変な事になるからいいんだよ、別に」
減らず口を叩きながらも、頭の片隅ではどうするかをずっと考えているがなかなか良い案が思い浮かばない。
とりあえず隣のカフェにでも移動して考えるか。
局内や自宅だと久保に知られる可能性が高くなる。
仕事だから局内にいるのはしょうがない。でも、どうしてあんな頻繁にうちへ入り浸るのか…。
自宅があるんだからそっちへ帰ればいいのに月の半分以上はうちに来て泊まっていく。
だから久保に隠し事をするとなると、必然とどこかの店で考え事をしないといけなくなる。
「はぁ〜…」
思わず溜息が漏れた。
「瀬田?」
「ん?何?とりあえず今日はもう解散でいい?」
「え?あ、うん」
俺の急な対応の変化に呆気に取られたのか、ぽかーんとした顔をしてこっちを見てくる西條を無視して手早く荷物を片付けると挨拶をして隣のカフェに急いだ。
午後3時過ぎの店内は賑わっていて空席は数えるほどだ。客同士の喋り声が重なりザワザワとしているが、考え事をするにはちょうど良いぐらいのノイズ感だ。
運よく壁際のソファー席を確保すると早速テーブルのQRコードからドリンクを注文し、PCを立ち上げた。
とりあえず…バレンタイン、プレゼント…っとベタな感じで調べてみるか。
すぐに表示された検索結果を見ると…
「やっぱりチョコだよな…」
分かりきっていたが、その検索結果の多さに思わず声に出してしまっていた。
ふと、レーティングの打ち合わせの時の自分の発言が頭の隅をよぎったが、あえて消し去っておく。
そもそも、誕生日なら久保が欲しそうな物とか、一緒にどこか行く…とか選択肢も色々あって捻ったことも考えられるが、バレンタインとなると一気に範囲が狭まって難しくなる。
ぼーっと検索結果をスクロールしていくと、ある検索結果に目が留まった。
クリックして該当ページを開く。
とりあえず斜め読み程度に最後まで見ると、今度は動画サイトに飛び検索をかける。
そこに出てきた動画一覧から気になるものをいくつか再生してみると…
このぐらいしないとサプライズにならないか…。
まぁ、頑張ればなんとかなる…かな。そうと決まれば段取りを立てて…。
PCのメモ帳を立ち上げ、買わないといけないものをリストにする…が…。
「いや、これ買うもの分かってても迷って何買ったらいいか分からないヤツだ」
思わず大きな溜息が漏れ、気分を変えるためコーヒーに手が伸びた。
いつもより早めに局に来ると、向かったのは編成部…ではなく技術部だった。
メールで聞くよりも直接会って話したほうが早いと思ったからだが、この時間いるのかどうか…。
ガチャっとドアを開け「お疲れ様です」と声をかけてフロアを見渡すと、目的の人物はすぐに見つかった。
「お疲れ様です、横川さん」
「瀬田くん?お疲れ様。珍しいね、何かあった?」
声をかけると作業の手を止め、こちらを見て不思議そうな顔をしている。
横川の言う通り、俺から声をかける事は滅多にないからだ。
「あの、ちょっと相談したいことがあるんですけど…。場所変えてもいいですか?」
「じゃあ、編集室行くか」
そう言ってPCを閉じ、立ち上がった横川とともに編集室へ向かった。
ガチャっと音がして防音扉が閉じられると外の音が完全に聞こえなくなった。
「で、相談って?」
すぐに本題に入った横川が机にもたれながらこちらを見てくる。
昨日カフェで決めたことを実行するため、横川に色々と教えて欲しいと伝えると目の前でお腹を抱え笑いを噛み殺している。
「…横川さん、その反応酷くないですか」
こちらから頼んでいる立場なので強いことは言えないが、思わず文句が出てしまう。
「…ごめん。瀬田くんがあまりにも…可愛いことを言い出したから」
「俺だって似合わないことをするな…と思いましたけど…」
まだ笑っている横川を睨むが、俺が睨んだところで横川にはなんてことないらしい。
落ち着いたところで「ほんと、ごめん」と謝られたが、こっちも怒っているわけではないので「大丈夫です」と言って流した。
「それだったら俺が全部揃えたほうが早いし、俺の家で一緒にやった方が分かりやすいと思うよ」
♪〜 ♪〜 ♪〜
「ちょっとごめんね」
そう言って横川が電話に出ると柏木からの呼び出しだった。
「技術部に戻らないといけなくなったから。詳細はまた後日詰めるって事で、ごめんね」
そう言って横川が技術部に戻っていくのを見送って、俺も編成部に向かうため編集室を出た。
その後、何度か横川と話しをして詳細を詰めると少し心に余裕ができた。
バレンタインまであと5日。
「これでなんとかなりそう…かな」
階段の踊り場の壁に背を預け、ほっと一息ついた。
編集室まで行くのも面倒に感じて、最近は技術部に近い階段の踊り場で話しをしていた。
このビルの階段は2ヶ所あり、編集室に近い階段は比較的利用者が多いのに対して、こちらの階段は技術部に用事がある人以外はあまり利用しないからだ。
「瀬田、こんなところで何してるんだ?」
上から聞こえてきた声に「しまった…」と後悔した。まさか生放送中にスタジオ以外にいるとは思わないからだ。
ぎくっとして見上げると久保が下を覗き込んでいて、降りてくるのが見える。
技術部へよく出入りしている久保がここを使うのは当然のことだが、どうして今ここにいるんだ?
そのことが顔に出ていたらしい。
「ちょっとマスターで確認することがあって、ゲストのパケ出しのタイミングで降りてきたんだよ。で、瀬田は?」
「俺もマスターに用があって。それが終わって編成部に戻るところ」
こっちを見てくる久保は納得していないような顔をしたが、完パケの終わりの時間もあるため「そうか」と言ってマスターへ走って行った。
「…気づかれてない…よな…」
思わず溜息が出たが、いつまでもここに居ると今度はスタジオに戻る久保と会うかもと思い、慌てて編成部に向かった。
編成部に戻ってもなんとなくここで明日の番組の仕込みをする気にはなれず、必要な資料を持って自宅に帰ってきた。
最近はストリーミングで音楽も聴けるし、メーカーからの音源もデジタルが多いため自宅でも仕事が出来て助かる。
それに、なるべく久保と顔を合わせる時間を遅くしたかった…と言うか、出来ればバレンタインまで顔を合わせたくない。
だって…。もうそろそろバレそうな空気が漂ってる。そう思うと溜息が漏れた。
とりあえずコーヒーを淹れて、リビングのテーブルにノートPCと資料を広げる。
コーヒーの香りってなぜか落ち着く。それがたとえインスタントのコーヒーでも、淹れた時に立ち上がる香りに思わずマグカップに鼻を近づけて嗅いでしまう。
かなり集中していたみたいで、PC画面の右下に目をやると18時47分と表示されていた。
帰ってきた時に照明を点けていたため気づかなかったが、すでに外は真っ暗だ。
晩ご飯どうするかな…と考えながら、マグカップに残っている冷めたコーヒーを飲み干した。
キッチンでコーヒーのおかわりを淹れていたら、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー」
「おかえり。って今日もこっちに来たのか…」
久保は慣れたもので、空いている椅子に荷物を置くと、手を洗いに洗面所へ消えて行った。
「久保さん、コーヒー飲むならついでに淹れるけど、どうする?」
洗面所に向かって少し大きな声で聞くと「飲む」と一言返事が返ってきたので、棚からマグカップを取り出しコーヒーを淹れようとしたら、戻ってきた久保に後ろから抱きしめられた。
「なに?急に。離れてくれないとコーヒー淹れられないんだけど」
全く離れる気配がないので、文句を言おうと久保の方へ顔を向けた途端キスをされる。
「…ん…っ」
すぐに唇が離れていくが、抱きしめる腕が緩まる気配はない。
今度こそ文句を言おうとしたら…
「ねぇ、最近優斗とよく一緒にいるの見かけるんだけど、なんで?」
「……」
久保が耳元で囁くように聞いてくるが、そこで喋られる度、耳に息が掛かってゾクゾクっと感じてしまう。
それに、この状況でうまく誤魔化せる自信が無い。と言うか、どこまで気付いてるのか分からないから迂闊なことは言えないので口を噤んでやり過ごそうとした。
が、こう言う時の久保は自分が納得できる答えが聞けるまで引かないのも分かってる。
「ねぇ、どうして?答えられない?」
「…別に、なんでもないよ。雑談してただけ」
「ふ〜ん…。本当?」
え?っと思った時には強制的に体を反転させられ、キッチンの壁に押し付けられていた。
上から見下ろしてくる久保の顔は一見すると笑ってるようだが、目が笑ってない。
「…なんだよ」
「さっき、洗面所から戻ってきた時、テーブルの上にあった瀬田のスマホにちょうどメッセージが来たんだけど…」
「…えっ?」
「見えちゃったんだよ…優斗からのメッセージが。『いつうちにくる?』だって。どう言うこと?」
「どうって、別に…」
久保から視線を逸らした途端、噛み付くようにキスをされ、服の中に手が入ってきた。
「…んんっ」
振り解こうと思っても、久保の方が力もあるし体格差もあってびくともしない。
けど、俺は何にも悪く無いのにこんな一方的にされるのは我慢できなくて、気がついたら久保を蹴り飛ばしていた。
「いい加減にしろよ。なんか勘違いしてるだろ。なんでもないって言ってるんだから、恋人の言うこと信じろよ!信じられないんなら今すぐ出てけ!」
思わずカッとなり、尻餅をついてこっちを見ている久保に罵声を浴びせてしまった。
「…わかったよ、出ていけばいいんだろ」
どすどすと大きな足音を立ててリビングにある荷物を取りに行ったと思ったら、こちらを見ることもなく久保が出て行った。
バタンっと閉まるドアの音を聞いた途端、壁に背を預けたままズルズルとその場に崩れ落ちた。
「…はぁ〜…。今度こそ…もうダメかな…」
いつもそうだ。言わなくてもいいことまで言ってしまう。
でも、後悔してももう遅い。こんな自分が嫌になる。
バレンタイン前日、あの日から今日まで久保からの連絡は一切無かった。
局内で見かけることはあっても、特に用事があるわけでもないし、一緒に番組をしているわけでもないので話すこともない。
せっかくここまで準備したけど無駄だったかな。
そんな考えが頭を過り、準備を手伝ってくれた横川に申し訳ない気持ちになった。今日の予定をキャンセルすると言う選択肢もあったが、結局は横川の家に向かうことにした。
「いらっしゃい。来ないかと思ったよ」
ドアを開けて迎えてくれた横川は開口一番、そんなことを言うのでびっくりして挨拶をするのも忘れてぽかーんとしてしまった。
「…久保さんから何か聞きました?」
固まりながらもなんとか聞き返す俺を見てクスクスっと笑う横川に「とりあえず中に入ろうか」と言われ、ここが玄関だったことを思い出した。
「もう、準備はしてあるから先にやっちゃおうか。話しはそれからでもいい?」
「…はい。今日は色々とよろしくお願いします」
横川が喋りながらキッチンに向かって歩いていくので、その後ろをついて行く。
俺が返事をすると、またもや笑い声が聞こえた。
「俺、何かおかしい事言いました?」
あまりにも横川が笑うので少し不貞腐れたような声になってしまった。
「ごめん、ごめん。まぁ、詳しいことは後でね。じゃあ、手を洗ってから始めようか」
それからは「全て自分でやらないと意味がないから」と言う横川に一から十まで丁寧に教えてもらい、悪戦苦闘しながらも何とか仕上げの直前まで到達した。
この後少し時間がかかると言うことで、休憩がてら横川がコーヒーを淹れてくれる。
マグカップを持ってリビングに移動し、ソファーに座ると「さっきの話しの続きだけど…」と横川が先日起こった出来事を話してくれた。
どうやら久保に呼び出され「瀬田となにコソコソしてるんだ?」と聞かれたらしい。
もちろん話すわけにはいかないから適当に誤魔化したそうだが納得はしてなかったと。
その話しを聞いた途端、大きなため息が漏れた。
「横川さんにご迷惑をお掛けして、本当にすみません。でも…今度こそ別れようかな…と思ってます…」
手元に持ったマグカップに視線を落としたまま、ここに来るまでに考えていたことを話した。
今までに何回も喧嘩したけど、正直、もう疲れた。それに、今までは俺が怒っても久保がすぐに謝ってくれたけど今回はそれも無い。
久保の方も別れたいと思っているんだろうな…。
考えるほどに気分が沈んでいき、横川の前だと言うのにまたしても大きな溜息が漏れた。
「でも、今日、こうしてここに来ただろ?」
横川の優しい声に思わず泣きそうになり、顔を上げることが出来なかった。
多分、心のどこかで明日これを渡せたらもしかして…と期待しているんだと思う。
「俺ね、陸也と瀬田くんの関係って羨ましいなって思う時があるよ。俺と西條なんて喧嘩した事がないから一度してみたい。だって、はたから見てると楽しそうだしな」
そう言って笑う横川を見ると、心からそう思ってるんだということが表情から分かる。
喧嘩なんてしない方がいいに決まってるのに。
「楽しくないですよ…でも、一度もないんですか?」
「西條見てたら分かるだろ」
その一言で納得してしまい「あ〜…」と声が出てしまった。
確かに西條は横川のことが好きすぎて、疑ったり浮気するとかいう考えが全くないっていうのは見ていれば嫌と言うほど分かる。
俺が呆れたような顔をしたことで何を考えていたのか分かったのだろう。
横川は「俺が笑ったら西條に悪いだろ」と言いながらも必死に笑いを噛み殺している。
「まぁ、瀬田くんの代わりに陸也にはちゃんと叱っておいたから。明日、渡すんだろ?」
「…そのつもりです」
「じゃあ、頑張って仕上げないとな」
横川が俺の手元からマグカップを回収すると、仕上げをするためにキッチンへ戻った。
「よし、無事に出来たね」
「こんなに大変だとは思いませんでした…。横川さんに教えてもらって本当に助かりました」
再度コーヒーを淹れてもらい、残った切れ端を試食すると驚くほど美味しかった。手作りってあんまり美味しくないイメージしかなかったけど、こんなに美味しくできるなんて。さすが横川だと思った。
視線の先にはきれいに箱詰めしてリボン掛けまでしたプレゼントがある。
でも、本当に渡していいのか…。時間が経ってもまだ久保のことを許せていない自分もいて、考えれば考えるほど身動きが取れなくなっていく。
「明日、それを渡す時に陸也が反省していなかったら瀬田くんの好きにしたらいいと思うよ。それで陸也が捨てられてもしょうがない」
ハッとして顔を上げると、横川が眉をひそめ溜息を吐き呆れたような顔をしている。
「…でも、俺も何も説明せず一方的に怒ってしまって…」
「瀬田くんは悪くないだろ。陸也からも話しを聞いたし、今日、瀬田くんからも話しを聞いて改めて陸也が悪いって思ったよ」
そうなんだろうか…。
気付くと視線はプレゼントの方へ行ってしまう。
「陸也のこと大事に想ってくれてありがとう。ほんと、陸也には勿体無いぐらいだ」
そう言って優しく微笑む横川のお陰で、少しだけ心が軽くなった気がした。
時計を見ると、もう21時をまわっている。
いつまでも横川の家にお邪魔してるわけにもいかないので、出来上がったものを持って立ち上がった。
自宅に着き、テーブルの上に置いたプレゼントをぼーっと見ていたが、まだ、渡すかどうかの決心がつかなかった。
スマホを見るが、通知欄はニュースや仕事関係ばかりで今一番欲しいと思っているものは見当たらない。
「はぁ〜…」
テーブルに突っ伏して、目の前にあるプレゼントを指で弾く。
「なんで今回は謝ってくれないんだよ…。いつもなら『瑞樹、ごめんな』ってすぐに言ってくれるのに…」
毎回、喧嘩しても先に久保の方が謝って、それを「しょうがないな」って言って俺が許して終わる。
そんなことが当たり前だったから、俺からどう動いたらいいのかが分からない。
俺が悪いわけじゃないんだから、こっちから先に謝るのも何か違う気がする。
「あ〜っ、もう、なんか俺らしくない」
グダグダと考え込んでいたからか、だんたんと自分自身にイライラしてきた。
もう、なるようになれ!だ。スマホを手に取ると久保にメッセージを送るためにアプリを立ち上げた。
『明日の夜、話したいことがあるからそっちに行く』
何の素っ気もないメッセージだが、要件が伝わればそれでいい。
バレンタイン当日、局は1日を通してバレンタイン企画を実施しているため、ラブソングばかりでそろそろお腹いっぱいになってくる。
そもそも久保と喧嘩中なので、ラブソングを聴いても全然楽しくない。
朝、スマホのメッセージを確認したが久保からの返信は無かった。“既読”が付いていたのでメッセージは見たんだろうけど、なんで返信しないんだ…と、一晩経って収まっていたイライラが復活してしまった。
「朝からラブソングばっかりで、そろそろリスナーもお腹いっぱいになってるんじゃない?」
そんな俺の考えを読むように、IORIがトークバックで話しかけてきた。でも、ここで失恋ソングなんてかけたら来年は「失恋ソングNG」と書き加えられるだけなので西條のためにも自粛しておく。
「それよりもIORIさん、番組後って時間大丈夫なんですよね?」
「うん、今日は空けてあるから大丈夫だよ」
結局、番組プレゼントはIORIが手渡しで花束を渡してツーショットチェキを撮ってプレゼントということになった。
応募条件はDMが送れる、番組終了後10以内に連絡が取れる、今日の19時までに局に来れる、ハッシュタグ「#IORIとツーショ」を付けること…など、条件が厳しいにも関わらず想定以上の応募があってびっくりした。
もちろんSNSを使用していない人もいるので番組のメッセージフォームでも募集しているが、表立って告知しているわけではないのでこちらにメッセージを送ってくる人は稀だ。
そんな中、メッセージフォームに届いた1通のメールに目が留まった。
「はぁ〜…」
大きな溜息を吐きながら、そのメッセージをプリントアウトした。
『今日の夜、俺も話したいことがある』
名前も住所も出鱈目だが、メッセージを見てすぐに誰だか分かった。
なんでこんな面倒なことするんだよ。メッセージフォームから送るには住所や名前、電話番号などを記入しないといけない。
いくら出鱈目だとはいえ、それらを入力するぐらいなら俺のスマホに直接メッセージを送ったほうが早い。
え?もしかして直接送りたくない…とか?
「瀬田さん、あと30で曲終わるのでDAYジングル打って次のコーナーTM出しますよ?」
「え?あ、お願いします」
隣から沙希に話しかけられ、番組中なのにぼーっとしていたことに気付かされた。
とりあえず考え事は後だ。番組に集中しないと事故る。大きく深呼吸をして気持ちを入れ替えた。
「お疲れ様でした。瀬田さんが番組中にぼーっとするなんて珍しいですね」
「あ〜、ごめんね」
沙希に指摘され、周りに気づかれる程ぼーっとしていたんだと反省した。
元はと言えば全部久保のせいだ。そういう事にして、とりあえずは夜まで久保のことは忘れよう。
番組が終わったとはいえ、今日はまだやる事が残っている。
「瀬田さん、当選者の方と連絡取れました。18時には局に来れるそうです」
「了解、ありがとう」
ADからの報告を聞き、この後の予定を相談するためブース内にいるIORIの元へ向かった。
スマホの画面には19時27分と表示されている。
結局、プレゼント当選者は仕事の都合で30分程来局が遅れ、花束を渡してチェキを撮り、SNSにアップして…と、全ての仕事が終わったのがついさっき。
今日はずっと一緒にいたIORIも俺が編成部に戻るタイミングで帰って行ったので、ようやくほっと一息つけると思いサロンで缶コーヒーを買ってから戻ってきた。
今日の夜、久保の家に行くとは言ってあるが、何時とは言ってないので遅くなっても大丈夫だろう。
今から家に帰って、プレゼントを取ってから向かうと…20時過ぎぐらいか。
缶コーヒーを飲みながら壁の時計を見てこの後の事を考える。
正直なところまだ迷っているが、それ以上に久保が話したいことが何なのか。それがもし別れ話しだったら…と考えると凄く怖くて…。
「だって…やっぱり久保さんのことが好きなんだもん。別れたくないよ…」
大きな溜息と共にそんな呟きが口から漏れた。
ハッとして周りを見るが、オンエアが流れてるフロアでは呟く程度の声は誰にも聞こえてないようでこっちを見てくる人はいなかった。
しょうがない、覚悟を決めて久保の家に行くか。
残りのコーヒーを飲み、重い腰を上げた。
「プレゼント持ったし…あとはスマホあれば大丈夫か。…あっ!」
慌てて寝室まで戻ると目的のものを持って急いで家を出た。
2月の夜の空気は痛いぐらい冷たくて、呼吸をするたびにどんどん体の中から冷えていく。雪が降ってきてもおかしくないぐらいの空気だ。
そんな冷たい空気の中、コートのポケットに手を突っ込み、足早に久保の家へ向かう。
インターホンを鳴らすとすぐに久保が出た。
「寒いから早く中に入れて」
そう言うと、すぐにエントランスのドアが開いた。
エレベーターに乗り込み、目的の階のボタンを押すとすぐに動き出す。
もうすぐ久保に会うんだと思うと心臓がバクバクとうるさいが、ここまできたらもう「なるようになれ」だ。
玄関のチャイムを鳴らそうかと手を伸ばした時、ドアがガチャっと開いた。
久しぶりに近くで見る久保の顔からは何を考えているのかを読み取ることは出来なかった。
そんな久保を押し退けて、ズカズカと中へ入っていく。
顔を見たら動揺するかと思ったが、昨日、今日の出来事を思い出して逆にムカムカしてきた自分が少しおかしかった。
「…瀬田っ、ちょっと待ってって」
慌てて追いかけてくる久保に構わずリビングまで行くと、後ろから肩を掴まれ、クルッと反転させられた。
さっきまで無表情だったのに、今はなんだか嬉しそうな顔してるんだけど…訝しむように久保を見ると急に抱きしめられ、耳元に久保の顔が近づいてくる。
「このマフラーをしてここに来たって事は、まだ俺のこと好きってことでいい?」
「……」
何を言われたのか頭で理解するのに時間がかかった。なぜなら、一番最初に聞く言葉は謝罪か別れ話しだと思っていたからだ。
なんか、気が抜けた…と言うか呆れた。
大きな溜息を吐き、久保の腕を振り解くと少し距離を取る。
「瀬田?」
「…あのなー、よりによって最初にいう言葉がそれか?普通、謝罪の言葉が先だろ。ほんと、何考えてるんだよ」
「あ〜…。うん、そうだね。ごめん」
目の前の久保はばつの悪そうな顔をしているが、その表情を見た瞬間、俺の喧嘩っ早い性格が表に出てしまった。
「それ…悪いって思ってないだろ。とりあえず俺が怒ってるから謝っておこうって?いい加減にしろよ」
でも、言ってすぐに後悔した。
だって、仲直りするためにここまで来たんだし。
酷いことを言ったから謝ろうと思って口を開きかけた時、また久保に抱きしめられた。
「瑞樹、本当にごめん。今日話しがあるって言ったのは、ちゃんと謝って仲直りしようと思ったからなんだよ。でも、怒ってるはずの瑞樹が俺のプレゼントしたマフラーをしてるのを見て、嬉しくて先走った…。本当に…ごめんな」
耳元で喋る声が震えているのが分かって、久保も今日まで不安だったんだって分かった。そう気づいたら、さっきまで怒っていた事なんてどうでも良くなった。
「俺も…酷いこと言ってごめん…。でも、これだけは言っておくけど…。横川さんとの仲を疑うって、俺、どれだけ信用されてないんだよ」
「それは…」
耳元で大きな溜息が聞こえたので、どんな顔か気になって久保から逃れようと踠くが、余計に強く抱きしめられてしまう。
「俺って瑞樹の事が好き過ぎるから、たとえ優斗でも疑っちゃうんだよ。だって、何度も優斗と話している所を見かけたし、あのメッセージ…何かあるって思ってもしょうがないだろ…」
今度は俺が溜息を吐く番だった。やっぱり疑われていたと思って怒りたくなったが、ここで怒ったらさっきの繰り返しになるだけだ。
今日は仲直りをしに来たんだって自分に言い聞かせる。
「渡したいものがあるから、ちょっと離して」
耳元で「離したくない、無理」とかふざけたことを言い出したので「早く」と少し強めに言うと渋々離してくれた。
「はい、これ」
ずっと持ったままだったプレゼントの入った紙袋を差し出すと、訝しみながらも受け取った久保が袋の中を覗き込む。
「開けてみてよ」
早速、久保が袋の中から箱を取り出し、リボンを解いて蓋を開けるとびっくりしたのか、視線が手元のプレゼントと俺の顔を何度も往復している。
そんな久保が可笑しくて声を出して笑ってしまった。
「チョコ?どうしたの?これ」
今日が何の日かすっかり忘れているらしく、「え?え?」とか言いながら軽くパニックになっている。そんな珍しい久保が見れただけで、今回作って良かったと思うと同時に、サプライズ成功だなと思った。
「あっ!2月14日…バレンタインか!え?もしかして…」
「それ作るために横川さんの家に行ったんだよ。クリスマスプレゼント嬉しかったから、俺も何かプレゼントしたいって思って…」
柄にもないことをしたって自覚してるので、話していたらだんだんと恥ずかしくなり、声が尻すぼみになる。
「え?瑞樹の手作り?マジか…すごく嬉しい。ねぇ、どうせなら食べさせて。ダメ?」
そう言ってこっちに箱を差し出し、期待を込めた目で見られると嫌とは言えず、諦めて箱を受け取りチョコを1つ摘んだ。
「しょうがないなー。ほら、口開けてよ」
久保の口にそっとチョコを入れると、指まで食べられそうになって慌てて引っ込めた。
「ん、美味しい。瑞樹は食べた?」
「一応、味見はした」
「もう1個食べたい。あーん…」
食べさせた途端、久保にキスをされチョコを口移ししようと舌が入ってくる。
「…んんっ」
返そうと思っても、お互いの舌で温められたチョコはすでに溶けて、舌を絡ませるたびにお互いの口の中に広がっていく。
その広がったチョコを味わうように、久保がさらに舌を動かしてくる。
「どう?」
見るとニヤッと意地悪い笑みを浮かべているが、恥ずかしくて顔を逸らした。顔が火照って心臓がバクバクと音を立てている。
そんな俺にはお構いなしで、すでにいつものペースを取り戻した久保が楽しそうに俺をイジってくる。
「瑞樹、甘いもの好きだろ?ほら、もう1個」
今度は久保が自分で口にチョコを放り込んで口移しで食べさせてくる。
唇が離れていったと思ったのも束の間、フワッと体が浮いた。
「え?なに?」
どうやら久保にお姫様抱っこされ、ギュッと抱きしめられている。
「ねぇ、残りのチョコ、瑞樹ごと全部食べちゃいたい。…いいよね?」
耳元で囁かれる甘い言葉にドキッとして、恥ずかしさのあまり久保の胸に顔を埋めると、こっちの返事も聞かずにベッドのあるロフトへ行くために階段を登りだした。
落ちないように…というか、危ないと思って反射的に久保の首に両手を絡めたのだが…
「瑞樹、そんなかわいく抱きつかれると、ほんとヤバいから」
「はぁー?落ちないようにしがみついただけだろ。明日も仕事なんだから手加減しろよ!」
そう釘を刺すが、スイッチの入った久保は俺の言うことなんか聞かないのは分かっている。
明日のことを思うと溜息しか出なかった。
瀬田が作ったチョコは「生チョコ」でした!
初心者の瀬田に作らせるなら何だろうな…と思い、手持ちのチョコレシピを色々と捲っていたら「これだ」ってなりました。
材料やレシピも本文中に入れようかと思いましたが、そこまですると長くなるのでやめておきました。
でも、初心者の方が作るのにオススメなので、何を作るか迷っている方はぜひ!
最近はスマホにメッセージが来ても本人以外はプレビューも分からないようになっていますが、話しを進める都合上見えるようになってます…
あと…この話しを書いていて分かったのですが…
“即出”って業界用語なんですね…通じなくてビックリしました…
次の仕事(現場、予定)が詰まっているため、終わり次第すぐに飛び出すことを言いますが…
1日に何現場もあるこの業界独特な表現なんでしょうね。




