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【完結済】ラジオの裏側で  作者: ユズ(『ラジ裏』修正版・順次更新中)
第2章:Re:sonance ― 共鳴 ―

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31/39

3゜〜聴取率調査〜

以前削除したお話しの再掲載になります。


番外編第3弾は「聴取率調査」編です。

聴取率の細かい事ではなく、ラジオ局ではこんな感じで進んでいくんだよ…的な感じになっています。


西條、横川メインのお話しです!

いつもの番外編より長めですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです♪

「ふぁ〜…」


編成フロアへ戻ろうとビルの1階でエレベーターを待っていたら思わずあくびが出た。


11月中旬に差し掛かり、やっと遅い秋がやって来て昼間でも過ごしやすい気候になってきた。

そんな理由もあってか、昼ごはんを食べた後に眠気が襲ってくるのはしょうがない。


スマートウォッチで時刻を確認するともうすぐ13時30分になるところだった。

ちょっとゆっくりしすぎたかなと思いつつも、外に食べに行ける余裕がある時はゆっくりしたい。


エレベーターに乗り込みボタンを押すとすぐに動き出した。

壁にもたれボーッとしていると、ものの数秒で「ポーン」とフロアに到着した事を伝えるチャイムが聞こえ、ドアが開くと今井が目の前を通り過ぎて…


「あっ、西條くん見つけた!」


今井が振り返ったと同時に名前を呼ぶので、思わずビクッとして「何か忘れてる?」と頭をフル回転させるが………特に思い当たる節はない。


「何かありました?」


「少し前にメッセージ送ったんだけど気付いてない?」


手に持っていたスマホの画面を操作し通知を見ると、確かに今井からメッセージが入っていた。

けど、表示を見ると「10分前」と出ている。


「休憩時間ぐらいゆっくりさせてくださいよ…」


流石に即レスは無理だと文句を言うと、かなり前からデスクにいなかったからとっくに休憩から戻ってきてるものだと思っていたらしい。


今井も怒っているわけではないようなので、2人で会話をしながら編成部に戻りデスクに着くと、今井がノートPCをこちらへ動かして資料を見せてきた。


「これって前回のレーティングの結果ですよね?」


レーティングとは正式名称を「ラジオ個人聴取率調査」と言い、ラジオがどのくらいの人に聞かれているのかを調査し、媒体力や広告効果を測る指標として表すために実施されるている。

関東圏は年6回、中京圏、関西圏は年2回で、うちの局は6月と12月に実施されている。


この期間は街中や公共交通機関、新聞などに広告を出し、各番組でプレゼントを配るなど、どの局も予算を割き力を入れている。


もちろん、うちも例外ではない。


しかし、なんで今頃そんなものを見せてくるのか理由が分からなくて、思わず首を傾げ聞き返したが直後に気付いた。


今は11月中旬…ということは…


「次のレーティング、来月中旬だよ?今回は12月9日〜15日。もしかして忘れてる?」


「……忘れてないですよ。覚えてるに決まってるじゃないですか」


慌てて否定するが、今井から目線を逸らせて答えたことで覚えてなかったのはバレバレだ。


目の前から大きな溜息が聞こえた。


「それで、今回はどんな感じで行くんですか?」


まだ呆れたような顔をしている今井に先を促すように話しかけると、またしても溜息を吐かれてしまった。


「俺、何か変なこと聞きました?」


「今回は西條くんが考えてね。もう、番組に付いてから3回目のレーティングだから大丈夫でしょ。私は口を出さないから瀬田くんと相談してちゃんと数字取ってね」


「はい?」


あまりに突然すぎてぽかーんとしてしまったが、よくよく聞くとどうしてもってなったら助言ぐらいはしてくれるみたいなのでほっと肩をなでおろした。


「大丈夫だって、ディレクターは瀬田くんだし。ぶっちゃけ西條くんが何もしなくても瀬田くんがちゃんとやってくれるわよ」


今、サラッと酷い事言われたような気がするのは気のせいだろうか…。なんかモヤっとする。

ジト〜っと今井を見ると、サッと目線を逸らされた。


「とにかく、前回はあの時間帯で地域トップの数字取ってたんだから、西條くんがプロデューサーになったから落ちたって言われないように頑張ってね」


そう言いながら目の前で笑ってる今井が鬼に見えてきた。

これ以上ここに居ると気分が落ちていきそうだし、他にも何か言われそうだ。


「スタジオ行ってきます」


大きく溜息を吐いてからノートPCとスマホを持って席を立った。





「数字を取るって言ったって…何をしたらいいんだ?」


スタジオまでの廊下をブツブツと呟きながら歩いていたところに後ろから声を掛けられ、振り返ると久保がこっちへ歩いてきた。


「おい、なに独り言言いながら歩いてるんだよ。って、どうした?そんなどんよりした顔して」


びっくりした久保が俺の頭にポンっと手を置いたと思ったら、心配そうに顔を覗き込んできた。


「え?あっ、久保さんはこんな所で何してるんですか?」


独り言を聞かれた気まずさから逃れたくて質問を投げかけたが、番組の準備のためにスタジオへ行く所だったらしい。


「何か考え事か?ぼーっとしてるとまたキスするぞ?」


ハハハッと笑いながら冗談だよと頭に置いていた手をそのままに髪をクシャクシャっとしてくるが、この人ならやりかねない。

冗談に付き合っている暇はないので、レーティングの事を話すと


「そんなの瀬田に任せておけばいいだろ」


その一言を聞いて心の中のモヤモヤが一段と大きくなり、またしても大きな溜息を吐いた。


「そうなんですけど…」


「はぁ〜。なんだ…。そういうのはあんまり難しく考えてもうまく行くとは限らないぞ。まだ時間はあるんだから、瀬田と相談したら?」


久保の冗談にいつものような反応をしなかったからか、溜息を吐き困惑した表情でフォローしてくれる。そんな久保がおかしくて気付いたら笑っていた。


「久保さん、ありがとうございます。取り敢えず瀬田と相談します」


「おう、そうしろそうしろ」


そう言って番組準備をするために隣のAスタへ向かう久保を見送って、番組立ち会いするために俺はBスタに向かった。



「はぁ〜。お疲れ様」


DJが喋っていない事を確認してディレクターの瀬田とミキサーの沙希に声をかけ、持っていたノートPCをテーブルに置いたと同時に机に突っ伏した。


「生放送中に入ってきて早々、溜息吐くってなんなんだよ。それに何?その態度」


瀬田の不機嫌そうな声が聞こえてくる。


顔だけ瀬田の方へ向けて謝るが「それ、謝ってる態度じゃないだろ」ってさらに怒られてしまった。


これ以上瀬田を怒らせるといけないと体を起こして椅子に座り直す。


「瀬田、番組後って時間ある?」


「ん、ちょっと待って。曲繋ぐから」


そう言って沙希にキューを振り曲を繋いでいる瀬田を後ろからぼーっと見ていたが、ほんと綺麗に繋ぐよなと思う。

曲のタイミングを見計らうだけじゃなく、ちゃんと前後の繋がりも考えて選曲してるんだって事がよく分かる。

番組の構成だけじゃなく、こういった細かいことまでちゃんとこだわってるからこそ数字が取れるんだろう。

みんなが瀬田に任せておけば大丈夫って言うのも当然だ。


気付いたらまた大きな溜息を吐いていた。


「だから、生放送中に溜息吐くなって。で、番組後に何かあるの?」


俺の方を向いて顰めっ面をした瀬田が文句を言いながらもスマホのスケジュールを確認している。


「来月のレーティングの打ち合わせがしたいんだけど」


「あっ、俺もその話ししないとなって思ってたから。丁度よかった」


「曲、あと1分です」


会話に割り込み、沙希が曲のリメインを教えてくれた。


「取り敢えず番組後な」


そう言って瀬田はトークバックでこの後の指示をDJに出し始めたのを見て、番組後までに少しでも考えを纏めておこうと持ってきたノートPCを立ち上げた。




「お疲れ様でした〜」


番組後のSBに入った所でディレクターの瀬田がトークバックでDJに声掛けしていると、そこに沙希の声とDJの声も重なった。


俺も慌てて「お疲れ様」と挨拶すると瀬田が椅子ごと俺がいる机の向かい側に移動してきた。


「で、さっきのあの態度なんだったの?」


いかにも怒ってますっていう態度を隠しもせずこっちを睨んでくる。


うわー、まだ怒ってる。と思いながらも素直に謝り、今日、レーティングの打ち合わせをする事になった経緯を説明すると顰めっ面から一転、笑い出した瀬田を恨めしく思い睨んだ。


「10月からは正式に西條がこの番組のプロデューサーになったんだから、今井さんが口出ししないのは当たり前じゃない?」


「そうなんだけど…どうやったらいいかぐらい教えてくれてもいいと思うんだけどな…」


あまりにも正論を言われて、瀬田に反論する声が小さくなる。


今井は「数字取ってね」って言うだけで、どんな感じに番組を盛り上げたらいいのか…とか、プレゼントはこうした方がいい…とか、何かしらアドバイスがあると思うんだけど何も言ってくれなかった。


正直、過去2回のレーティングをどうやってたのか全く思い出せない。


やっぱり瀬田を頼るしかないか。そう思い、前回はどうやっていたのか教えてもらうと、番組プレゼントはリスナーから欲しいものを募って、メッセージテーマは毎日違うものを設定。レーティングだからとコーナーや進行を変えたりとかは無く、リクエストを多めにしたそうだ。


「プレゼントだけでそんなに数字変わるものか?」


今井から前回昼帯の地区トップの数字だったと聞いていたので、もっと奇抜なことをしたのかと思ったんだけど…。


「拍子抜けって感じの顔してるけど、メッセージテーマをどうするかで結構変わるんだよ。人に話したくなる…と言うか、思わず送りたくなるようなテーマ考えるのってかなり難しいんだぞ」


瀬田がPCを操作しながら大きな溜息を吐いた。


「とりあえず、プレゼントどうするか、メッセージテーマは曜日ごとに変えるのか通しにするのか、何かコーナー作るのか…。現状、西條は何にも考えてないだろ?明日の番組後にまた打ち合わせって事でいい?」


瀬田が言ったことを慌ててメモをして、明日また打ち合わせをするという事で今日はお開きになった。


「で?今日のテンションの低さはレーティングの事だけじゃないだろ」


「………」


瀬田は「もう仕事は終了」とPCの画面をパタンと閉じ、頬杖をついてこっちを見てくる。さすが瀬田だ。俺のことをよく分かってる。でも、自分の中で消化出来ていない感情…というか思いをどう言葉にしたらいいのか分からず口をつぐんで俯いた。


「ま、いいや。無理には聞かないけど、ちゃんと明日までに切り替えてきてよ。明日もそんなんだったらスタジオに入れないからね。分かった?」


「…うん、何とかする」


瀬田へ適当に返事をし、編成部に戻るため持ち物を片付けスタジオを出ようとしたとき


「あ、そうだ。プレゼントってばら撒きでもいい?」


「へ?ばら撒きって?」


聞きなれない言葉に振り返ると、何だか企んでそうな笑みを浮かべている瀬田が目に入ってきた。


「細かいプレゼントをたくさんの人に当てるのはあり?って事」


「うーん、大丈夫だと思うけど」


「了解。じゃあまた明日。お疲れ様」


そう言って頬杖をついている手と反対の手をひらひらさせている瀬田に「お疲れ様」と言って今度こそ編成部へ戻るためスタジオをあとにした。




『お疲れ様です。今日の仕事終わり、先輩の家に行っていいですか?』


編成部へ戻って自分のデスクに荷物を置き、一番初めにしたのは横川へメッセージを送る事だった。


気分が落ちている時はどうしても横川に甘えたくなってしまう。横川の笑顔を思い出すだけで気分が浮上するのだから俺って単純だなと思うが、本当なら支えてもらうばかりじゃなく俺も支えたいよな…。


そんなことを考えていたら手元のスマホが振動してメッセージの受信を知らせてくれた。


『お疲れ様。今日は20時までマスターだからそれでもいいなら』


『それでも大丈夫です!局出る時に連絡もらえますか?そのタイミングで家出ればちょうどいいと思うので』


『わかった』


よし、夜になれば横川に会える。そのためにも今日中に片付けておかないといけない仕事に手をつけた。




テレビの時計を見ると20時32分と表示されている。20時に仕事が終わるとは言っていたが、未だ連絡がない。


「なにかトラブルでも起きたのかな…」


もしかしたら今日は会えないかもと思ったら大きな溜息が出た。

こたつに突っ伏してスマホの画面と睨めっこするが、そんなことしていても連絡が来る訳でもない。


♪〜 ♪〜


「うわぁっ!」


いきなり鳴ったスマホにビックリして手放したスマホを慌てて拾い画面を見ると、横川からの着信ですぐに通話ボタンをスライドする。


「お疲れ様です、西條です」


どうやら局を出るときに捕まって、慌てて帰ってきたからメッセージを入れるのを忘れたらしい。

今から来てもいいと言われたので横川の家の鍵と財布、スマホを持って家を出た。



横川の家までは自転車で10分程。昼間は過ごしやすくても夜になると少し肌寒い。

でも、そんなヒンヤリとした空気の中を自転車で走るのは頭がスッキリして気持ちがいい。

大きく深呼吸をしてヒンヤリとした空気を吸い込むと、身体の中に溜まっていたモヤっとしたものが新鮮な空気と入れ替わった気がする。


少し気分が浮上したのはこの空気のおかげなのか、これから横川に会えるからなのか。


そんな事を考えながら自転車を走らせた。




「なんかいい匂いしますね」


合鍵を使って中に入るとお腹の空く匂いがして挨拶よりも先にそんな感想が口から漏れ出る。


匂いがする方へ行くと横川がキッチンで何か作ってるところで、隣に立って覗き込むと匂いの正体は味噌汁だった。


「お疲れ様。連絡遅くなってごめんな。それよりも、ご飯食べた?」


「え?まだです」


「じゃあ、一緒に食べるか。なにか聞いて欲しい事があるんだろ?」


横川がこっちを見てしょうがないな…といった表情をして片手を俺の頭にポンと乗せてきた。

あとは盛り付けるだけだと言われたので、引き出しから食器を出し並べるのを手伝う。


テーブルの上にはご飯に味噌汁、おかずには鯖の味噌煮にいんげんの胡麻和えと、相変わらず横川は料理が上手だなと感心してしまう程だ。


「なにか飲むか?俺は夜間の電話当番だから飲めないけど」


「先輩が飲まないなら俺もいいです。それより、もう食べていいですか?」


返事を待たず「いただきます!」と言って早速箸をつける。


が、いつもより箸の進みが遅い。


ある程度食べ進んだところで横川が何があったのか聞いてきたので、今日一日、みんなに言われてモヤした事を一気に吐き出した。


中でも一番モヤモヤしたのは「瀬田に任せておけば大丈夫」ってみんなが口を揃えて言ったことだ。


それを聞いて、俺ってそんなに期待されてないんだな…と言うか、そもそも存在意義って…ってなってしまい、どんどんモヤモヤが心に溜まって凹んでしまった。


確かに瀬田はちゃんと実績を残しているし、人当たりも良くて周りから愛されてるけど…。


みんなに悪気がない事は分かっているけど、どうしても割り切れなくて、俺って名前だけのプロデューサーなのかな…って。


ご飯を食べている最中に溜息を吐くのはダメだと分かっていても、大きな溜息が漏れる。話していると段々と食欲がなくなってきて箸が止まった。


向かいの横川を見ると口を挟む気配はないが、ちゃんと相槌は打ってくれている。


「俺だってちゃんと考えて、良い番組にしたいって思ってるんだけど…なんか空回りしてるんですかね…」


またしても溜息が漏れた。


向かいでご飯を食べていた横川が箸を置き、失笑している。


「俺、真剣に悩んでるのに笑うの酷くないですか?」


「…ごめん、ごめん」


思わず膨れっつらをして文句を言ってしまったが、本当に悩んでるんだからその反応は酷い。


「だって、西條に実力がないからって訳でもなければ、期待していないからそう言った訳でもないし、そんなふうに悩まなくてもいいのにって思っただけだよ」


「え?」


言われてることが理解出来ずにぽかーんとして横川の方を見た。


「確かに瀬田くんには実績があるけど、ちゃんと西條にも考えてこいって言ったんだろう?それって、話し合って良い番組を作ろうって事だし、今井さんは普段適当な感じに見えるかもしれないけど、ちゃんと人を見ているからな。西條が出来ないと思ったら任せてないと思うぞ」


「そう…なんですかね?」


横川がそう言ってくれるが、どうしても自信が持てない。

俯いていると向かいから溜息が聞こえてきた。


「西條は俺の言うことが信じられないか?」


「それは…先輩のことは信じてますけど…」


横川のことは信じられる。でも、恋人だという贔屓目でそう思ってくれてるんじゃないかと疑ってしまう。


「とにかく、局の人間がこんなこと言ったらダメなんだろうけど…。たとえ数字が取れなくても気にするな。責任は今井さんにあるんだから。上司は責任を取るためにいるんだよ。だからやりたいことを思いっきりやったらいいと思うぞ。

それに、ちゃんと番組に関わろうとしてる時点で凄いけどな。プロデューサーによっては現場に任せっきりで全く関わろうとしない人もいるし」


「あ〜…」


なんとなく横川が誰のことを言ってるのか理解して苦笑した。


それにダメっだったら次に生かせばいいだけだしなって言って笑ってる横川を見ていたら、なんだか気が楽になった。

それと同時にお腹が空いてきて、食べかけのご飯に箸が伸びる。


「やっと笑ったな」


「え?」


「ここへ来てからもずっとから元気だったし、俺が作った料理を食べない西條なんて今まで見たことがなかったからな」


そう言って笑っている横川を見て、俺ってどれだけ食いしんぼうなんだよ…って思ったが、思い返してみても否定できる要素は出てこない。


「俺だってたまには真剣に悩むこともありますよ」


「悩むってことは成長してるってことだから西條はもっと悩んだほうがいいのかもな」


目の前で笑っている横川を無視して味噌汁のおかわりを装うため席を立った。




「ごちそうさまでした。美味しかったです!」


「お粗末さまでした」


結局、ご飯も味噌汁も2回もおかわりして横川に大笑いされた。

あれだけ悩んで殆どご飯が食べられなくなっていたのに蓋を開けてみればこの通り。


ご馳走になったので片付けは俺がすると言うと「料理は片付けまで含まれてるから」とやらせてもらえなかった。


「そういえば、どうせ今日は泊まっていくつもりだったんだろ?」


「正解です!」


片付けをしながら横川が聞いてきたので、やっぱり俺のことよくわかってるなと思って笑みが溢れた。


「だったら先に風呂入ってきていいぞ。明日までにレーティングの事纏めておかないといけないんだろ?」


「あっ…」


そうだった。悩みがなくなった途端に忘れるって、ここに瀬田がいたら呆れられて大きな溜息吐かれていると思う。というか、絶対にそうなるな。


明日瀬田に呆れられないためにもちゃんと考えようと決めてお風呂に向かった。





「ふぁ〜っ、眠いな…」


昨日はなかなか考えが纏まらず遅くまで起きていたので絶えずあくびが出る。


瀬田から出された宿題に関してある程度は考えたものの、殆ど却下されるだろうな…と思ったらもう何が正解なのか分からなくなって気付いたら深夜2時を回っていた。


結局あまりいい案が思い浮かばないまま番組の立ち合いのためにスタジオへ向かおうとノートPCを持って席を離れようとしたら今井に呼び止められた。


「さっき12月のレーティング実施要項をメールで送ったから確認しておいてね。で、担当ディレクターに共有しておいて」


今井はそれだけ言うと「お昼行ってくるから」と手を振って編成部から出ていった。


詳細はスタジオに行ってから確認して、その後に瀬田へ転送しようと決め、今度こそ編成部をあとにした。




「ふぁ〜…。おはよ〜」


スタジオに着いて挨拶よりも先に欠伸が出る俺を迎えてくれたのは番組前の準備をしていた瀬田の大きな溜息だった。


「あのなー、ほんとそのやる気のない感じ、いい加減スタジオ出入り禁止にしていいよな」


瀬田を見ると眉間に皺を寄せてこっちを睨んでいる。

とりあえず「ごめん」と謝ってから、欠伸が出てしまう理由を話すとまたもや大きな溜息を吐かれた。


「まぁ、その努力が無駄にならないといいけど」


なんだかピリピリとした空気の瀬田の向かいに座ると同時に身を乗り出す。


「瀬田、なんか最近怒りっぽくない?久保さんとなんかあった?」


久保は瀬田の恋人で、沙希と同じ会社に所属しており、この局で番組ミキサーとして仕事をしている。

ミキサーの沙希がブース内のセッティングをしている隙に気になったことを聞いてみた。

一応、小声にしたのは急に誰かが入ってくるといけないからだ。


「あっ、今月11日って瀬田の誕生日だったよね?もしかして久保さん忘れてたとか?」


「……」


この前瀬田と二人で飲みに行って誕生日会をしたのを思い出した。直近で瀬田が機嫌が悪くなるって言ったらそのぐらいしか思いつかず口に出してみたが…。


急にムスッとした顔をして目線を逸らす瀬田を見て、当てたことを後悔した。聞いたらどこかで愚痴を聞かないといけなくなる。


「正確には…。覚えてたけど仕事で予定キャンセルされたんだよ。仕事なんだから仕方ないって分かってるけど楽しみにしてたから…って、そんな事はいいから!」


それよりもレーティングの打ち合わせと瀬田に促されたが、まだ概要を確認していないので番組後にと言って持ってきたノートPCを立ち上げた。




「お疲れ様。さっき概要を転送しておいたから確認して」


番組が終わって瀬田がノートPC片手にこちらへ移動してくるとすぐに操作し出した。多分、概要のメールを確認しているんだろう。


「ま、いつも通りかな。プレゼントの金額も前回と同じだし、期間も前煽り含めて前の週の金曜日から。レーティング用ジングルは1時間に最低4回使用することってあるけど、これっていつ登録されるの?他にも…」


ざっと一通り確認した瀬田がPCの画面を見たまま質問をしてくるが、俺が答えれるものは概要に載ってることばかりでそれ以外は今井に確認しないと分からないため後日返答することになった。


「それで、西條は番組中に欠伸を連発する程色々と考えて来たんだよな?」


PCの画面から顔を上げてこちらを見てくる瀬田はどこか楽しそうだ。期待していますって言わんばかりの笑みを浮かべている。


気まずさから視線を逸らすと瀬田がお腹を抱えて笑いだした。


「ハハハッ。ごめん、そんなしょげた顔しなくても大丈夫だって。お題は投げたものの、はっきり言って西條は何を考えていいのか分からなかっただろ?」


瀬田を見るとまだ笑っている。そんなに笑われるような反応したかな。確かに何を考えていいか分からなくて迷走したから睡眠時間が短くなったんだけど…。


「俺なりに色々と考えたんだけど、どれも瀬田に却下されるだろうな…って感じのものばかりで。だからやっぱり瀬田を頼ろうと思った。と言うか、今回は色々と教えてください。次回は戦力になるように頑張るから」


正直に言う事にした。ここで変なプライドを出してプロデューサーだからと俺の意見を通して今の番組の良さを消してしまったら元も子もないからだ。

それに、意見を押して瀬田を納得させられる程、俺自身の経験値があるわけでもない。


「なんか意外」


「え?」


「でも無いのか。西條は真面目だもんな」


瀬田がきょとんとした顔をしたと思ったら、大きな溜息を吐いて拍子抜けしたと言わんばかりに肩をすくめた。


「瀬田?」


「まぁいいや。とりあえず今の所考えているのは…。

プレゼントは細かい商品をばら撒き。200〜300円ぐらいの商品を想定してる。で、最終日に1週間通して1人を選んで金額の大きいプレゼントをしようと思う。

あと、メッセージは日替わりにしようかなと。どういったテーマにするかは後日IORIさんと3人で話し合って決める。あとは…」


瀬田が丁寧に説明をしてくれる。それを聞きながらPCのメモ帳に質問をまとめていく。


IORIは俺が担当しているこの番組のDJで、日本とアメリカのミックス。190センチの長身に程よく筋肉のついたバランスの取れた体型を活かしてモデルとしても活動していて、現在27歳。幅広い年代の女性にファンがいるが、なぜか同年代の男性からも人気だ。


そんな人気者のIORIと番組制作に長けた瀬田が組んでいるのだから数字が取れないわけがない…よな。


やっぱり俺のいる意味って…。


凹みかけた自分自身に気合を入れる意味で、両手で頬を叩いた。


「え?西條、急にどうした?」


「なんでもない。大まかな事はそれで良いと思う。あとは後日IORIさんも交えて詳細を詰めよう」


目の前でぽかーんとしている瀬田が目に入ったがスルーした。




後日、数回にわたって、瀬田、IORI、俺の3人でメッセージテーマやプレゼントをどういった基準で配るのか。選曲はどういった方向性にするのか…などを話し合った。


その中で何故か瀬田がプレゼントについて何回も確認してきた。


『本当にばら撒きしていいんだな?』


今井の時は許可が出なかったから、俺が良いっていうならやりたいって。別に予算内なら特に問題ないと思って許可したけど、あんなに何回も聞いてくるって事はよほどやるなと釘を刺されたんだろう。


瀬田の説明を聞いたら却下する理由も無かったため許可したけど…良かったんだよな?


どこか引っ掛かるが他にも考えないといけないことが山程あり、そんなことはすっかり頭から追い出されていった。




「もう、こんな時間か」


スマートウォッチで時間を確認すると22時31分と表示されていた。


さっきまで瀬田といつもの餃子屋さんで「レーティング頑張ろう会」という謎の飲み会を2人で開催していた。

まぁ、ただ単に飲みたかっただけなんだが。


その最中に、レーティングのプレゼントが届いたけどまだ確認していないことに気付いて、帰りがけに確認しようと局に寄るため瀬田とは店の前で別れた。


外の空気はひんやりとしていて体が震える。

夕方は長袖パーカ1枚で十分な気温だったので油断した。風が吹くと冬を思い起こさせ余計に寒く感じるのかもしれない。


用事を済ませてさっさと帰ろう。そう決めて局へ急ごうと歩き出した時、目の前のコンビニに目が留まった。


「あー、久しぶりに食べたいかも」


そう思った時にはもうコンビニの店内に入っていた。




「さすがに日曜のこの時間は誰もいないか」


エレベーターを降りて編成部に着くと真っ暗だ。

照明のスイッチを入れて明るくなったフロアの奥にある自分のデスクの方を見ると…


「え?なに?あのサイズ…」


デスクの上に半分以上を占める程、大きな段ボール箱が1つどんっと乗っていた。


「マジか…」


誰もいないからか思わず独り言が多くなる。

溜息を吐きながらデスクに近づき段ボール箱を開封して、また溜息が出た。


「これ、絶対に部長に怒られるやつだ…。今井さんがやりたがらなかった理由がわかった。この量、何人に当てたら捌けるんだ?っていうか、送料ヤバいよな…」


その場で思わず頭を抱え蹲ってしまった。


「うん?西條か?どうした、大丈夫か?」


誰もいないと思っていたのにいきなり声をかけられビクッとして声のした方へ顔を向けると、こちらへ近づいてくる横川が見えた。


「お疲れ様です。先輩、どうしたんですか、こんな時間に」


「それはこっちのセリフだろ。俺は今日、深夜メンテでこの後送信所に行くんだよ。その前にノートPCの調子が悪いからって言われてチェックしたのを戻しにきたところだったんだが…」


そう言って隣の今井のデスクにPCを置いて、しゃがみ込んでいる俺を心配そうに覗き込んできた。


しゃがみ込んでいる理由を説明すると、横川は大笑いしながらダンボール箱を覗き込んだ。


「瀬田に買っておいてねって言われたからネットで注文したんですけど、ネットだと数字しか見ないので量を想像できなかったんですよね」


「確かにこれは大量だな…。でも、懐かしいなチロルチョコ。最近は食べてないけど、子どもの頃はよく食べたな」


「懐かしいですよね。チョコはバレンタインに取っておこうかと思ったんですけど、瀬田に『バレンタインにチョコ配って何が楽しいんだよ』って言われて…。

で、今回のレーティングで配るかってなったんですよ。なので、メッセージテーマもチョコに絡めてあるんです。

あっ、これ、さっきコンビニで買ってきたやつですけど先輩食べます?」


チョコが入ったコンビニ袋の口を開けて先輩の方へ差し出すと「1つもらうな」と言って早速包みを開けている。


「西條はもう食べたのか?」


「え?まだですけど」


「ほら口開けて」


意識的に口を開けなくても「え?」っと思った時にぽかーんと口を開けていたらしく、隙間からチョコを差し込まれたので反射的に咀嚼していると…


「…んっ…」


横川の顔が近づいてきたと思ったらそのままキスをされ、口腔内に舌が入り込んでくる。


クチュクチュと淫猥な音が静かなフロアに響いてる気がして、キスしているだけなのにいつもより感じてしまう。


普段、仕事をしてる場所で横川とこんなことしてるという背徳感からなのか、チョコの甘さがそう感じさせるのか。


舌を絡められ、吸われたと思ったらまた絡められる。そして歯列を舐めるようにゆっくりと舌が動いていくと尾骶骨から背中にかけ、ゾクゾクっと快感が駆け抜けた。


「…ぁ…ん…」


ダメ…感じすぎて立っていられない…頽れそうになった時、横川の唇が離れた。


「西條、ごちそうさま。チョコ…甘いな」


腰を抱かれ、上から横川の意地悪な笑みと共に声が降ってくる。


「……」


ハクハクと口が動くが言葉が出てこない。横川が腰に回した手を離した途端、両手をついて床に座り込んでしまった。見上げるとすでに横川は何もなかったような顔をしている。


「顔真っ赤。すごく欲情した顔してるけど、俺仕事中だから。気をつけて帰るんだぞ」


そう言って編成部を出ていく横川をぼーっと見送る事しかできなかった。




「レーティングお疲れ様。やっと終わったね。それにしてもメッセージの多さにビックリしたよ」


「あー疲れた…。やっと終わったよ。って俺はまだ日曜の朝の番組が残ってるけど、とりあえず一番の山は超えた」


そう言って目の前でテーブルに突っ伏した瀬田を見て、やっぱりいつもとは違い気を使うんだなって思った。


「とりあえず結果は1ヶ月後だけど、リアルタイムのradikoの数字は前回より良かったよ」


そう言うと顔をこちらに向けあからさまにホッとした表情をする瀬田が見え、思わず手を伸ばして頭をよしよしと撫でていた。


「あっ、IORIさんお疲れ様でした」


「西條くんもお疲れ様。瀬田くん疲れてるな」


「瀬田がこんな風になるの珍しいですよね」


ブースから出てきたIORIに挨拶をすると、瀬田の方を見てニヤッと笑うから何かあるのかと首を傾げる。


「瀬田くん、今回のレーティングは特に気合い入ってたもんね」


「へ?」


なおも意味がわからず首を傾げていると、目の前で突っ伏していた瀬田がガバッと起きてIORIの腕を引っ張った。


「IORIさん、それ言わない約束」


「別にいいだろ、言っても」


IORIが俺を見てニヤッと笑うが心当たりは何もない。


どうやら話しを聞くと、俺が1人で担当する初めてのレーティングだからどうしても数字を取ってあげたいってなり、2人で色々と意見を出し合ってギリギリまで考えたそうだ。


レーティング始まる前までずっとモヤモヤしていた俺って…。


「瀬田、IORIさん、飲みに行きましょう。もちろん俺の奢りで」


嬉しさのあまり思わず口から出てしまったが、瀬田はひたすら飲むだろうから覚悟しておこう。


でも、ほんと俺って周りに恵まれてるなって思う。色んな人に助けられっぱなしだ。いつか少しずつ返していかないとな。




「先輩、お疲れ様です」


21時を少し回ったレーティング週の土曜日の夜。いつもなら1週間仕事をして疲れ切って自宅に帰るのだが、今日はちょっと違っていた。


やっぱり楽しみが待ってると頑張れるって本当なんだなって思う。


前に凹んで横川に相談した時「レーティングが無事に終わったらお疲れ様会してやるよ」と約束してくれたので、今日は夜の番組が終わってテンション高めで横川の家に来た。


キッチンに行って横川に声をかけると、ちょうど料理を盛り付けているところだった。


「無事、終わったみたいだな」


「瀬田のおかげで問題なく終わりました」


俺の返事がおかしかったのか笑っているので手が揺れて、持っている皿から溢れそうになっているのを慌てて受け取った。


「今日はビーフシチューなんですね。美味しそう」


「寒くなってきたからな。それにこの前和食だったから今日は洋食にしようと思ったんだよ。冷めないうちに食べるか」


「そうですね」


「今日は飲むだろ?」


席に着くと横川がコップにビールを注いでくれた。


なんとなくコップに視線を落とすが…。今日は飲みたいけれど少しにしておこう。

横川達みたいに酒に強いわけでもないから、ある程度飲むと眠くなってしまう。

今日はどうしても眠っちゃいけないというか、寝たくない。


目の前の横川を見ると、微妙な反応をしている俺を不思議そうに見てくる。


「どうした?」


「…飲みたいですけど、今日は少しにしておきます。それよりも…」


続く言葉が…恥ずかしくて俯いて口籠もる。察して欲しくてテーブルの下で横川の足を突っつくが…


「そういうことね。でも、ちゃんと言葉に出さないと合ってるか分からないだろ?」


顔を上げて横川を見ると意地悪そうな笑みを浮かべているから、分かっているのに言わせたいらしい。

こうなると俺が口に出さない限り横川から言ってくれることはない。


バクバクとうるさい心臓を落ち着かせるために大きく深呼吸をして覚悟を決める。


「この前の…キスの続き…して欲しい…」


何とか言葉にするものの、ニヤッと笑っている横川を直視出来なくて誤魔化すようにビーフシチューに手をつけた。


「ちゃんとおねだり出来るようになったな。それもそうか。この前、すごく物欲しそうな顔してたしな」


「……」


「ハハッ。かわいいな、西條は」


スプーンを持ったまま固まった俺を見てお腹を抱えて笑っている横川を無視し、ご飯を食べることに専念した。


「ほんと先輩って意地悪ですよね」

聴取率調査は通称「レーティング」と言われていています。放送内でその言葉を聞いたことがある方もいるのでは?

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