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やっと話が少し進みます
12月に入りやっと冬らしくなってきた。
今年は11月に入っても暑い日があったりと、本当に冬なのか疑うような気候が続いていた。
そんな中でも、街中ではイルミネーションが輝き始め、クリスマスの装飾が至る所に見られ浮き足だった空気が流れ始めると今年も残りわずかだと自覚させられる。
局でも各番組でクリスマスソングがオンエアされ始め、色々なことが年末進行になっていく。進行表の作成やCM、収録番組などの前倒し搬入など。尚且つ年末年始はイベントごとが多いため、その準備もありなにかと忙しい時期だ。
毎日の仕事を熟すだけで精一杯なのに年末年始分の仕事も追加され、なかなか技術部には顔を出せていない。
「あー。仕事は溜まってくし、先輩には会えてないし…もうムリ」いっぱいいっぱいになって、思わずデスクに突っ伏した。
思わず現実逃避していたら今井からプリントの束を渡され、よろしくねっと声をかけられた。
「これ…。行ってきます!」
今井さん、タイミングバッチリだな。一気にやる気出たし。
技術部のフロアへ「お疲れ様です」と声をかけて入っていくと、みんな西條だと分かった途端に横川の方を向くので居場所はすぐに分かった。
毎回横川の所へ顔を出しているからか、部内では横川が西條担当と暗黙の了解が出来ているらしい。
「はい、先輩、諸々年末進行よろしくお願いします」
自分のデスクで作業していた横川に年末進行の進行表搬入予定表や番組変更連絡表などを差し出した。
横川が作業の手を止めこちらを向くと、連絡票の束を一目見てため息を吐いた。
「あのなー、これは俺に渡すんじゃなくて今日のマスター勤務者に渡せ」
そう言われ、連絡票の束を受け取ってもらえなかった。
「だって技術部みんな一斉に先輩の方を見るんですよ。先輩に渡さないとってなるじゃないですか」
なおも食い下がるが、「だって も でも もない」と呆れた顔をされ、さらには大きなため息まで…。
「今日のマスター勤務者は南さんだからそれは南さんに渡して」
言うことは伝えたとばかりに作業の続きに戻っていた。
冷たく対応されたことに不貞腐れながら「お疲れ様です」とマスタールームへ入っていったが南は見当たらなかった。
奥のラックルームへ繋がるドアが開いていたのでそこに居ると思い大声で呼んだら返事があったのでどうやら聞こえたらしい。
「珍しくこっちに持って来たな」
南は連絡票を受け取ると、一通り目を通しながら「これ、うちに関係ないやつだぞ」と1枚抜いて返却してきた。
「技術部の方で先輩に渡したら突き返されました。南さんに渡せって」
それを聞いて南が苦笑しながら横川の現状を教えてくれた。
「横川が大学時代の先輩で懐くのもわかるが、全部あいつのところに行くな。あいつは今、来年の6月に予定している機材更新の資料作りや打ち合わせで忙しいから邪魔しないでやってくれ。3月からはメーカーとの仕様調整でまた忙しくなるし」
それを聞いてさっきの冷たい態度にも納得した。横川と仲良くなって好きになってもらいたいという気持ちが先走りすぎて状況判断が疎かになっていた。
「今後気をつけます」
「おう、そうしてあげてくれ」
「ありがとうございました」と南にお礼を言ってマスタールームを後にした。
今年もあと10日、師走とはよく言ったもんだ。年末進行のバタバタがピークに差し掛かり、西條もあちこち走り回っていた。
ここ最近は残業することも増え疲れが溜まっていたが、今日は週に1度の午後出社の日で久しぶりに朝のんびりとすることが出来た。
「おはようございます。今井さん今日は午前から?」
「おはよう、西條くんは今日午後出社って夜なにかあるの?」
隣のデスクの今井に挨拶すると不思議そうに疑問形で返された。
毎週木曜日の21時からは今井が担当している30分間の地元アーティスト番組の生放送があるため、この曜日だけは今井に付いている自分も午後出社している。
しかし今日は今井が午前出社しているので不思議に思い聞いたのだが、ちょうどその時今井のデスクに内線がかかってきた。
『はい、はい、…えっ? 連絡票まわってないですか?確認して折り返します』
今井が会話の途中で西條の方を見て深刻そうな表情をし、受話器を置いたと思ったら慌てて聞いてきた。
「今、技術部からの内線だったんだけど、西條くん、今日と来週の2週分は完パケ送出だってちゃんと連絡票まわした?進行表も完パケ対応にしてもらわないといけないから連絡票まわして素材も登録しておいてって月曜日に念押ししたよね?」
「あっ…すみません、忘れてました。」
他の仕事を優先して、まだ日にちがあるから大丈夫って思いすっかり忘れていた。確かに月曜日にそう言われ、分かりましたと返事をしたのを覚えてる。
技術部から連絡が来なかったら放送事故になっていた。そう思うと血の気が引いて何も考えられなくなってその場で立ち尽くしてしまった。
「西條くんは今すぐ今日の進行表担当者の所へ行って完パケ登録のための枠を作ってもらって登録してきて。私は技術に謝って変更対応してもらえるように頼みに行ってくるから」
俺の顔の前で“パンっ”と今井が手を鳴らした。
「固まってないで動く!」
その音にハッとして慌てて動き出した。
今井との会話が編成部のみんなに聞こえてたいたらしく、今日の進行表担当の樋口が何時の枠なのかを大声で聞いて来た。
「21時から30分間です」
返事をしながら樋口の所へ行くともう枠を作ってくれたらしく、ファイリング指示書を印刷している所だった。
「ここで登録するよりマスターで担当者立会いの元登録した方が早いから」
お礼を言って編成フロアを後にした。
慌てて階段を駆け下り技術部へ入るとそのままマスターへ駆け込んだ。
「すみません、ファイリング指示書と素材持って来ました」
今日のマスター担当者は横川だった。明らかに怒った顔をしているが文句は後回しにしてくれるらしい。
「素材登録立ち会えよ」
西條が持っていたファイリング指示書と素材を持ってDAW端末で作業を始めた。
「クレジット…1k…頭、で途中の波形も問題無し。アナ尻28‘35“、最後のCM入りが29’20“で素材は30‘超えてるから大丈夫だな。途中のQ信号も全て問題無し」
横川が一つずつ確認していくのをボーッと見ていた。
「西條、登録するけどいいか?」
そう聞かれ何も確認していないことに気付いた。
自分が起こしたトラブルの大きさに恐くなって、頭は回らないし呼吸の仕方すら忘れた気がした。
「…すみません見てませんでした。もう一度お願いします」
「おまえな…まぁいいや。言いたいことは後だ」
横川は溜息を吐きながらもう一度確認作業をしてくれた。
「今井さん、データ書き換えるんで立会いお願いします。生放送と違うところありますか?」
横川は赤ペンと進行表を持って別の端末へ移動していった。
「ごめんね横川くん。とりあえずAst立ち上がりになってるのを完パケ送出に変えてもらって、CM Q入れてあるから枠はそのままで大丈夫。で、最後29’20” にEND Q打ってあるからそれで最後のCMが走るようにしてもらえれるかな」
端末を見ながら話している2人の後ろで作業を見ていたがやはり何も頭に入ってこなかった。
その後、今井とともに技術部長に謝りにいった時、今回のことがなぜ発覚したのか教えてもらった。
どうやらミキサーの久保がデータチェックをして気付いたとのこと。
久保はアーティストと友達で今日と来週は収録だと知っていた。でも、出社したら生放送になっていたので確認した方がいい、と技術部長に言いに来たそうだ。
今日、久保が休みだったら完全に放送事故になっていただろう。
最近はそれなりに仕事がこなせるようになって来たと思っていたが全くだ。
それに、トラブルが発生して全く動けずに固まってしまった自分が悔しくてしょうがなかった。
*完パケ
「完全パッケージ」の略。
これだけで送出ができる(放送が成立する)状態になっているもの。
Q信号が入っている場合が多い。
CMが入っているものを完パケ、無いものを半パケと言う局もあるが、両方とも完パケと言う局もある。
*Q信号
ネットワーク番組などでキー局からローカル局へ出す制御信号のこと。
今回のEND Qは放送進行上の次の制御をするための信号。
END Qではなく、STOP Qのシステムもあります。
他にはSTANDBY Q、START Q、CM Qなどがある。