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やっと話が少し進みます
(2025/11/03 修正版差し替え)
十二月に入りやっと冬らしくなってきた。
今年は十一月に入っても暑い日があったりして、本当に冬なのかを疑うような気候が続いていた。
そんな感じでも、街ではイルミネーションにクリスマスの飾りと、年末特有の浮き足だった空気が流れている。今年も残りわずかなんだな。
局でも頻繁にクリスマスソングがオンエアされるようになってきた。それに、色々なことがどんどんと年末進行になっていく。進行表の作成やCM、収録番組なんかの前倒し搬入も。特に年末年始はイベントごとが多い。どこもかしこもバタバタだ。
毎日の仕事をするだけで精一杯なのに、年末年始の仕事も追加される。隙間時間さえなくて、技術部に顔を出せない…。
「あ〜。仕事は溜るし、先輩には会えないし…もうムリ」
もう、投げ出しちゃいたい…。思わずデスクに突っ伏した。
そんなやる気ゼロの俺の上から声がした。
「西條君、おつかいお願い」
俺の顔の横に置かれたプリントの束をチラッと確認した途端、ガバッと起き上がり席を立った。
「行ってきます!」
今井さん、タイミングバッチリすぎ。一気にやる気出た。
「お疲れ様です」
いつものように、技術部のドアを開けると同時に挨拶をしてフロアを進んでいく。
声で俺だと分かったからか、みんな反応すらしない。いつも先輩のところへ直行するからなんだろうな。
そんな中でも、柏木部長の視線だけはグサグサと刺さるけど無視だ。
どうやら今日は自分のデスクで仕事をしてるらしい。
「はい、先輩。年末進行の連絡票です。よろしくお願いします」
大きなため息が聞こえたと思ったら、笑顔でプリントの束を差し出す俺の方を見てまた溜息を吐いている。
「あのな、これは俺に渡すんじゃなくて今日のマスター勤務者に渡せ」
それだけを言うと、また作業に戻ってしまい受け取ってもらえなかった。
「だって、一番話しかけやすい技術部の人ってなると先輩なんですもん」
なおも食い下がるが、「だって も でも もない」と怒られた。
「今日のマスター勤務者は南さんだから、それは南さんに渡して」
もう、これ以上は話すことないと言わんばかりの空気を感じ、しょぼんとしながら隣のマスタールームへ向かった。
久しぶりに先輩の顔を見れたのに…。もっと話したかったな。
挨拶をしながらマスタールームへ入っていくが、フロアを見渡しても南さんがいない。
よく見ると奥のラックルームへ繋がるドアが開いている。大声で呼べば気づいてもらえるかな。
「南さんいますか〜?」
「お、珍しくこっちに持って来たな」
笑いながらラックルームから出てきた南さんに連絡票を渡すと、一通り確認して、その中から一枚を抜き取り返された。
どうやら関係ないものまで紛れていたらしい。
「最初、技術部の方で先輩に渡したんですよ。受け取ってすら貰えませんでしたけど」
「ハハハッ。それはまぁ、しょうがないだろうな」
無意識に首を傾げていたのか、南さんは苦笑しながらも理由を教えてくれた。
「あいつは今、来年の6月に予定している機材更新の資料作りや打ち合わせで忙しいから邪魔しないでやってくれ。3月からはメーカーとの仕様調整でまた忙しくなるしな。
大学時代の先輩だからって懐くのもわかるが、あいつの事情も考えてやれ」
それを聞いて反省した。先輩と仲良くなりたい、好きになってもらいたいっていう気持ちが先走りすぎて、先輩のことを考えていなかった。
「今後気をつけます」
「おう、そうしてあげてくれ」
南さんにお礼を言ってマスタールームを後にした。
なんか、自分って考え方がほんと子どもだな…。
師走とはよく言ったもので、気づいたら今年もあと十日。年末進行のバタバタがピークに差し掛かり、俺もあちこち走り回っていた。
ここ最近は残業も増えて疲れが溜まっていたけど、今日は週に一度の午後出社の日だ。久しぶりにのんびりと朝を過ごすことができた気がする。
「おはようございます。今井さん、今日は午前からなんですね」
「おはよう。西條くんは今日は午後出社?夜なにかあるの?」
隣のデスクの今井さんに挨拶すると、不思議そうに疑問形で返された。
毎週木曜日の21時からは地元アーティストが30分間の生放送をしている。今井さんはこの番組の担当なので、木曜はだけは今井さんに付いている自分も午後出社している。
今日もいつも通り生放送だから午後出社したのだけど…今井さんが午前出社してる。不思議に思っていた時、今井さんのデスクの内線が鳴った。
『はい、はい、…えっ? 連絡票まわってないですか?確認して折り返します』
今井さんがこっちを見てくるが、俺、なんかやったか?深刻そうな表情のまま受話器を置くと、慌てて聞いてきた。
「今、技術部からの内線だったんだけど…。西條くん、アーティスト番組、今日と来週の2週分は完パケ送出だって連絡票まわした?
進行表も完パケ送出にしてもらわないといけないから、連絡票をまわして素材も登録しておいてねって月曜日に念押ししたよね?」
言われた瞬間、周りの音が消えた。
言い訳?謝罪?今後の対応?もう、何も考えられずに固まった。
「…すみません!忘れてました!」
なんとか謝罪を口にするけど、心臓がバクバクとうるさくて、それに気を取られて何も考えられない。
まだ日にちがあるから大丈夫って、他の仕事を優先させたんだった。そのせいですっかり頭から抜け落ちてた。確かに月曜日にそう言われて、「分かりました」と返事をしたのを覚えてる。
今、技術部から連絡が来なかったら放送事故になっていただろう。そう思うと血の気が引いて何も考えられなくなり、その場で立ち尽くしてしまった。
「西條くんは今すぐ今日の進行表担当者の所へ行って、完パケ登録のための枠を作ってもらって登録してきて。私は柏木部長に謝って、変更対応してもらえるように頼みに行ってくるから」
俺の顔の前で“パンッ”と今井さんが手を鳴らした。
「固まってないで動く!」
その音にハッとして慌てて動き出した。
今井さんとの会話が編成部のフロアに響いていたらしく、今日の進行表担当の樋口さんが何時の枠なのかを大声で聞いて来た。
「21時から30分間です」
返事をしながら樋口さんの所へ行くと、もう枠を作ってくれたらしく、ファイリング指示書をプリントアウトしていた。
「ここで登録するより、マスターで担当者立会いの元登録した方が早いから」
お礼を言って編成フロアを後にした。
慌てて階段を駆け下り技術部へ入ると、そのままマスターへ駆け込んだ。
「すみません、ファイリング指示書と素材持って来ました」
今日のマスター担当者だった先輩が明らかに怒っているのが分かった。でも、文句は後回しにしてくれるらしい。
「素材登録立ち会えよ」
俺の手からファイリング指示書と素材を取り上げると、すぐにDAW端末で作業を始めた。
「クレジット…1k…頭、で途中の波形も問題無し。アナ尻28‘35“、最後のCM入りが29’20“で素材は30‘超えてるから大丈夫だな。途中のQ信号も全て問題無し」
先輩が一つずつ確認していくのをボーッと見ていた。
「西條、登録するけどいいか?」
そう聞かれ、何も確認していないことに気付いた。
自分が起こしたトラブルの大きさに恐くなって、頭は回らないし呼吸の仕方すら忘れた気がした。
「…すみません見てませんでした。もう一度お願いします」
「おまえな…まぁいいや。言いたいことは後だ」
先輩は溜息を吐きながらもう一度確認作業をしてくれた。
「今井さん、データ書き換えるんで立会いお願いします。生放送と違うところありますか?」
先輩は赤ペンと進行表を持って別の端末へ移動していった。
「ごめんね横川くん。とりあえずAst立ち上がりになってるのを完パケ送出に変えて。それで、CM Qが入ってるからCMは全てQ信号で出るようにお願い。
最後はEND Q打ってあるから大丈夫だと思うけど…」
端末を見ながら話ている二人の後ろで作業を見ていたが、何も頭に入ってこなかった。
その後、今井さんに連れられて技術部長に謝りにいった時、今回のことがなぜ発覚したのか教えてもらった。
どうやらミキサーの久保さんがデータチェックをしていて気が付いたらしい。
久保さんは今日のアーティストさんと友達で、二週分、収録だって聞いてたそう。でも、生放送になっていたから確認した方がいい、と柏木部長に言ったそうだ。
今日、久保さんが気付かなかったら放送事故になっていただろう。
最近はそれなりに仕事が出来るって思っていたけど全然だった。
それに、トラブルが発生して固まってしまった自分が悔しくてしょうがなかった。
なによりも、先輩に迷惑を掛けてしまった。こんなこと、二度としちゃ駄目だ。
冷たくなった手をギュッと握りしめた。
*完パケ
「完全パッケージ」の略。
これだけで送出ができる(放送が成立する)状態になっているもの。
Q信号が入っている場合が多い。
CMが入っているものを完パケ、無いものを半パケと言う局もあるが、両方とも完パケと言う局もある。
*Q信号
ネットワーク番組などでキー局からローカル局へ出す制御信号のこと。
今回のEND Qは放送進行上の次の制御をするための信号。
END Qではなく、STOP Qのシステムもあります。
他にはSTANDBY Q、START Q、CM Qなどがある。




