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【完結済】ラジオの裏側で  作者: ユズ(『ラジ裏』修正版・順次更新中)
第2章:Re:sonance ― 共鳴 ―

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1゜〜野球中継〜

番外編一本目は「野球中継編」です!

用語解説は後書きに纏めてあります


先に言い訳を…

今回の話しに出てくる野球中継は色々な野球中継をミックスして書いています。

ネットワーク名や球団名など架空の名称にしようかと思いましたが、そのまま使用させていただきました。

実況者の実況内容などは実際のものと違いますのでご了承ください。


上記詳細は2024年10月30日の活動報告「日本シリーズ開催中ですね…」にもう少し詳しく書いていますので、気になった方はそちらをご覧ください。


それでは、少しでも楽しんでいただけたら嬉しく思います!

「お疲れ様です! 今日、見学させてもらってもいいですか?」


マスタールームの入口から見た感じでは誰がいるのか分からなかったので、とりあえず大きな声で挨拶してみたら…


「西條、うるさい」

「西條、うるさいぞ」


文句を言ってきたのは今日の野球中継の本社Dである瀬田とミキサー担当の久保だった。


「相変わらず二人、仲良いね。綺麗に揃ってたし」


「よくない」

「仲良いだろ」


あっ、そこは揃わないんだって思いながら笑ってしまった。


時刻は17時30分を少し過ぎた頃で、準備も終わって試合開始までのんびりと雑談していたらしい。


どうしてマスターまでやってきたかというと、野球中継の見学をしにきたから。と言うのも、9月末に人事異動が発表され、大きな移動はなかったがスポーツ部兼任になってしまったからだ。

今度からスポーツ関連の中継も担当しないといけないので、まずはすぐに見学できる野球中継の勉強をしようと思ったのと、あとは…横川に会いたかったって言うのもある。


「あれ?先輩は?」


ラックルームへ続く扉も閉まっているからそっちにも居ないだろう。でも、今日はマスター勤務だって言ってたからいるはずだと思い辺りを見回すが、やっぱり姿が見えない。


「俺に、何かあったらよろしくって言って隣までコーヒー買いに出て行ったけど、試合始まるまでには帰ってくると思うぞ」


マスターに来たら会えると思っていたので、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。思わず溜息が漏れた。


「本当にお前は優斗のことが好きだな」


久保がからかってくるが、いつものことなのでスルーして西條に今日のQシートでも見せてもらおうと思った時、聞き慣れたチャイムがフロアに響いた。



ピンポーン♪ピンポーン♪


『ニッポン放送からNRNナイターをお取りの各局さん。本日の対戦カードは日本シリーズ第一戦、横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークスです。



それでは本日もよろしくお願いします』


「ガチャ」っという音と共に同報連絡が切れた。



「久保さん、そう言うことで。今日はN本なので前CMはこちらでテイク、以降のCMはQ1で。裏喋りあるので本線気をつけてください。


試合開始18時30分で、それまでに二回、5分、25分にCMチャンスきます。

で、5分の前CM行く前に前枠行くのでCMテイクしないでくださいね」


「はい、はい。大丈夫だって」


ミキサー卓の横に設置されている同報連絡用スピーカーの前で聞いていた瀬田が、久保の方へ振り返り先ほどの内容を繰り返した。


ちょっと不機嫌そうに言う瀬田を見て、久保が以前に何かやらかしたんだな…と思った。


気になるので、あとでコッソリ横川に聞こう。


いつも不思議に思うんだけど、同報連絡のチャイムが鳴ると何故かみんなスピーカーの前に集まるの、いつ見ても謎なんだよね。マスター内に居れば充分に聞こえる音量なのに。


それにしても一緒に同報連絡を聞いていたが、何を言っているのかさっぱり分からなかった。二人に質問したくても、瀬田と久保は改めて事前確認をしているため聞ける雰囲気ではない。


試合始まってからでいいかと思い、今は二人の確認作業を眺めている事にした。


「西條、来てたのか」


「あっ、先輩。お疲れ様です」


後ろから声をかけられ振り向くとコーヒーを片手に横川がマスターに入ってきた。


「先輩、野球中継の見学に来たんですけど、さっぱり分からなくて。質問いいですか?」


「いいけど、ちゃんと来シーズンまで覚えてられるのか?」


痛いところを突かれ視線を逸らすと横川の笑い声が聞こえた。

確かに来シーズンが始まる時にはまた一から覚え直している自分が簡単に想像できるので笑われるのはしょうがない。


「そんな顔しなくても、またシーズン始まったら説明してやるから。実際にやらないと分からないしな」


頭をクシャクシャとされ、優しく笑う横川を見ると照れてしまい赤くなってるだろう顔を見られてくなくて俯いてしまった。


「お前ら…俺らが真面目に仕事してる後ろで何やってるんだよ」


久保の呆れたような声が聞こえて、見られてたことが恥ずかしくて慌てて横川と距離を取るが、それがツボにハマったらしく大笑いされた。


「今更なに照れてるんだか。なぁ、瀬田?」


「俺に振らないでください。それよりもあと5分でSB入りますよ」


久保が「はいはい」と二つ返事をすると、その隣で大きなため息を吐いて呆れた顔をしている瀬田がいた。

この二人もいいコンビだよな…と改めて思ったが、面倒な事になりそうなので言わないでおこう。

言ったら最後、瀬田から睨まれて今度飲みに行った時に愚痴られるだけだ。


でも、本番ギリギリまでこんなのんびりしてるのは凄いなって改めて思う。

来シーズンは、今、瀬田がやってることを俺がやらないといけないって考えただけで緊張してくる。


思えば、生放送のディレクションもまだ未経験だ。通常の生放送と野球中継では勝手が違うが、今度、今井に頼んでアーティスト番組の生放送時にQ振りさせてもらおうと決めた。

何事も数をこなさないと無理だ。


「まもなくSB入ります。時報明け球場立ち上がりなので、もう本線上げちゃってください」


ぼーっと考え事をしていた所に瀬田の声が聞こえ、中継に集中するため意識を切り替えた。


『10月26日、夕方、午後6時を回った横浜球場…』


野球中継が始まり、実況アナウンサーが今日の対戦カード、解説者の紹介をしているのを聞いていたら横川がプリントを何枚か手渡してくれた。


パラパラと紙をめくり確認すると、提供クレジットやCM枠一覧、イニング中の大まかな進行が書かれたものなど見慣れないものばかりだ。


「通常の番組のQシートや原稿と違うんですね」


「野球中継は本社受けアナウンサーが読むものは限られているから、必要最低限のものしかないんだよ」


言われてみると確かにそうなんだが、今まで野球中継を自分がやるかもしれないと思って聞いたことなんてなかったので、どうやっているか考えたことがなかった。


「大まかに説明すると、一回表終了後に前枠、その後一回裏に交通情報、五回裏天気情報、七回裏中枠、現場終了後に後枠…と言った感じだな」


「なるほど…」


イニング中の進行が書いてある紙に、どこに何が入るのか、提供の有無などが纏めて書いてあった。


「いつもは試合開始18時って言うのが多いんだけど、今日は18時30分スタートだから、前喋りの間に2回のCMチャンスがあるって連絡があっただろ?」


「確か、さっきの同報連絡で言ってた気がします」


自然と首が傾いていて、?が浮かんでるのが分かっただろう横川が苦笑している。なにせ、さっきの連絡の内容が理解できていないので、その単語聞いたな…ぐらいの答え合わせしかできない。


「だから、今日は前喋り中の5分で来るCM前に前枠をやって、一回表終了時はCMに行くだけになる。

まぁ、野球中継はパターン化してるから、何回かやると分かるよ」


そう言うもんなんだ…と思ってたら、横川がまた別の資料を見せてくれた。

「NRN 2024年プロ野球日本シリーズ 実施概要」と表紙に書かれていて、中を見ると進行の詳細や、どこで裏喋りがあるかなど詳細に記載されていた。


「今日は日本シリーズだから、試合が始まると意外とやる事ないよ。でも、レギュラーシーズンはディレクターによってCM明けにハイライトを入れる人もいるからDAWで常に録音して、使える所を随時編集してBGM付けて出せるようにしてるな」


そう言われてディレクター席にいる瀬田の方を見ると、瀬田の目の前にDAW端末が置かれているのが確認できたが、今日は使用されてなかった。



「そうだ、どうせならどっちが勝つか予想しないか?二組に分かれて」


突然、久保が振り返ってニヤッと笑いながらそんなことを言い出した。

顔を見る限りなんか企んでそうな感じがする。


「久保さん、単純に予想するだけじゃないでしょ…。どうせ碌なこと考えてない」


「そんなことないぞ?」


瀬田の位置からは久保がどんな表情をしていたかなんて分からないのに、的確なツッコミを入れてくるのはさすが恋人…と言って良いのか…。


でも、どちらが勝つか予想するのは楽しそうだと思い久保の提案に乗ることにした。


ただ単に予想するだけかと思い話を聞くと、どうやら久保横川組、瀬田西條組に分かれて予想し、外した方は当てた方の言うことをそれぞれ一つ聞くという罰ゲームつき。

負けた方のどちらに罰ゲームを振るかは、勝った方が好きに指定できるみたい。


つまり、もし俺が負けたら久保と横川、両方から罰ゲームが振られるかもしれないし、瀬田に振られたら俺は何もやらなくていいかもしれない…ってことか。


って、なんで俺らが負ける予想してるんだよ。

やっぱり瀬田の言う通り、碌なこと考えてなかったな。


「いいんじゃないか?」


隣からした声にびっくりしてそちらを向くと、意外にも横川がこの話に乗り気で、こっちもなんか嫌な笑みを浮かべている。

さすが幼馴染というべきなのか…。多分考えてたことが一緒だったんだろうか?ある意味こっちも息ぴったりだ。


「久保さん、雑談ストップ。そろそろ5分のCMチャンス来るんで前枠行きますよ」


「了解、Qワード来たらテーマ出すから」


瀬田は久保に指示を出した後、トークバックでブース内にいるアナウンサーに前枠へ行く事を伝え、久保はPON出し画面を見て送出する素材を指差し確認をしている。


雑談に夢中で全く中継を聞いていなかった事に気付いた。

雑談に参加しながらもちゃんと状況把握しないとダメだな…と反省した。



前枠、前CMと消化し中継に戻ると球場では選手紹介が始まるところで、実況アナウンサーが球場内の様子を紹介している。


「今日はTV中継もあるからやり易くて助かるよな」


ディレクター席の正面にはTVモニターが設置されていて、そこにテレビの野球中継映像が映されている。


俺がそれを見ていたのに気付いたのか、久保がそう呟いた。サッカーと違って、野球は必ず…とまではいかないが、ほとんどの試合をどこかのチャンネルで放送しているものだと思ってたけど、そうでもないらしい。


「テレビで野球中継がない時ってどうしてるんですか?」


「そう言う時は、配信かアプリで野球速報を見るんだけど、配信はディレイがあるからあんまり役に立たないな」


そう話している間にも順番に選手が紹介され、その度に炎が暗闇に浮かび上がり、派手な演出がいかにもお祭りっぽい雰囲気を後押しいている。


「で、さっきの話の続きだけど、瀬田は西條とでいいか?」


久保が瀬田に確認すると、瀬田は顰めっ面をして大きなため息を吐いた。


「なんでもいいですよ…。西條も横川さんも参加するんですよね」


「うん、なんか楽しそうだし」


「西條、後で後悔しても知らないからな」


諦めたような表情をしている瀬田を見てちょっと早まったかもと思ったが、予想が当たればいいんだからと自分に言い聞かせた。


「それよりも久保さん、これ以降はQ1でCM送出なんで設定、ちゃんと確認しておいてくださいね」


「はいはい」と二つ返事する久保に向かってまたしても溜息を吐く瀬田を見ていると、この二人が付き合っている事が信じられなくなる時がある。


久保はいい意味で自由な人だから…。俺なら付き合うとか無理だなって思ってしまう。


「瀬田と西條はどっちのチームがいい?俺と優斗はソフトバンクかな。それで良いだろ?優斗」


「あぁ」


どうやら久保、横川チームはもう決まってるらしい。と言うか、これ、絶対にさっき思い付いた訳じゃないな…。


「被ったらジャンケンな」と言ってる久保を見て、そのまま視線を瀬田にスライドさせるが、瀬田はどうでもいいって顔をしてる。

ほんとこの温度差。ある意味コントだ。


「じゃあ、横浜でいきます」


今シーズンぶっち切りで勝ち上がってきたソフトバンクだが、今日は横浜がホームだ。

やっぱりホームゲームのアドバンテージはあるんじゃないかと判断して横浜に決めた。



間もなくしてQ1信号で二本目のCMが送出されると、いよいよ試合開始時間が迫ってきた。


始球式が終わり、試合が始まる。


「さて、どっちが勝つか楽しみだな」




『〜3アウト、試合終了! 3対5、日本シリーズ第一戦、横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークス。初戦は福岡ソフトバンクホークスが白星を勝ち取りました。


それにしても今日の試合は…』


無事に試合が終了し、実況アナウンサーと解説の人が今日の振り返りをしている。


「試合終了が22時19分だから…現場終了は36ってところか?」


「どうでしょうね、日本シリーズだから長くなるかもですね。ヒーローインタビューと、多分、監督インタビューもあるんじゃないんですか?」


瀬田と久保の会話を聞きながら、試合が終わったからってすぐ終了するわけじゃないんだと思った。

明日、改めて野球中継の流れだけでも押さえておこうと心に決めた。



ピンポーン♪ピンポーン♪


『ニッポン放送からNRNナイターをお取りの各局さん。本日の日本シリーズ第一戦、横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークスの試合は3対5で福岡ソフトバンクホークスが勝ちました。


試合時間は3時間46分、試合終了時刻は22時19分です。現場終了時刻は監督インタビュー中に改めて連絡します。


本日のQ1送出は全部で20本になります。これ以降のQ1送出の予定はありません』


「横川さん、これ以降Q1無いので後CMまで飛ばしてください。久保さんはQ1外しておいてください」


「了解」

「はいよ」


同報連絡スピーカーの前で連絡事項を聞いていた瀬田が横川と久保へそれぞれ指示を出した。

それを聞き、APS端末の前でスタンバイしていた横川が端末を操作し、瀬田と久保にファーストスタンバイが後CMになっているかを確認してもらっていた。


放送ではいつの間にかヒーローインタビューが終わり、監督インタビューに切り替わっていた。



『ニッポン放送からNRNナイターをお取りの各局さん。本日の現場終了時刻は22時41分です。先ほどもお伝えしましたが、これ以降のQ1信号の送信はありません。



本日もお疲れ様でした』


思ったより長いな…と言いながらディレクター席に戻る瀬田は時計と睨めっこしている。


「久保さん、41分現場終了で後CMいってください。戻ってきたら後TMお願いします。後枠行きます。明日の告知や後クレジット消化したら時間までBGM引っ張って45分FOで」


「はいはい」



中継の方は監督インタビューも終わって、実況アナウンサーと解説者が今日の試合の振り返りと明日からの話で盛り上がっている。


「さて、そろそろだな」


久保のそんなつぶやきが耳に入り、実況を聞いたらアナウンサーが締めに入っていた。


「キッチリ時間で上げてくるから。毎回思うけど、見事だよ」


横川がそう言うので時計を見ながら実況に耳を傾ける。



『〜

日本シリーズ第一戦、横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークスは3対5で福岡ソフトバンクホークスが勝ちました。試合時間3時間46分、観客数33147人の横浜スタジアムから解説XXさん、実況ニッポン放送XXでお送りしました』



よくあれだけのことを噛まずにキッチリ入れ込んで時間に上げられるなと感心してしまった。

やっぱりプロは凄いなと思わされる。


『〜

日本シリーズ第二戦、予告先発は横浜XX、ソフトバンクXXで、横浜球場で18時試合開始です。


以上で野球中継を終わります』


「時間までBGM引っ張って、最後絞ってください」


瀬田の声で実況の余韻に浸っていたところを現実に戻された。

いつの間にか本社受けアナウンサーが明日の告知や後枠を読み終え、番組自体終了する所まできていた。

考え込むと周りが見えなくなる癖をなおさないとヤバいな…と真剣に思った。


「お疲れ様でした!」


次の番組が走ったことを確認して、みんな口々に「お疲れ様」と挨拶をする。

その瞬間、マスター内の空気が一気に緩くなった気がする。

生放送終了後のこの開放感は野球中継でも一緒なんだな。


「どう?一通り見学した感想は」


「とりあえず…分からないことばかりなのと、個人的に反省することが多くて…とにかく来シーズン頑張ります」


正直、本当に反省点が多くて凹んでいたのだが、なんとか笑顔を作って返事をするとバレバレだったらしく、横川が頭をクシャクシャっとして慰めてくれた。




中継が無事に終了して、あらかた片付けも終わった時だった。


「西條、ちょいちょい」


笑顔で手招きをしている久保の方へ近づくと、目を閉じて口を開けろと言われたので訝しみながらも従う…


「…ん…っ」


一瞬、何が起きたか分からなかった。


ビックリして目を開けると、目の前に久保の顔があってキスされていた。

しかも、逃げられないように腰に手を廻され、片手で頭を抑えられている。


そうしているうちにも久保の舌が口腔内に入り込んできて舌を絡め取られ、吐息が漏れ出た。


「……あっ…」


前にキスされた時も思ったが、久保はキスが上手だ。

気持ちよくなってボーッとしてきた時、久保が離れたと思ったら角度を変えて再度キスを貪られる。


あまりの気持ちよさで頽れそうになった時、後ろから両肩を引っ張られ強引に久保から離された。


「はぁ〜。陸也、もういいだろ。西條返してもらうぞ」


「仕方ないなぁ〜」


状況が分からずボーッとしてると久保がまた顔を近づけてきた。思わず身構えると耳元で「俺からの罰ゲーム。優斗にお仕置きしてもらえ」と物騒なことを言って離れていった。


なんとなく横川の方を見る勇気がなくてその場で固まっていると後ろから抱きしめられた。


「今夜…うちに泊まってくよな」


横川が甘い声で囁くが、多分、そのまま受け取っちゃいけないヤツだと瞬時に悟った。

背筋がゾワっとして逃げ出そうと踠くがびくともしないので、諦めて頷くことしかできなかった。


恨みがましく目の前の久保を睨むとお腹を抱えて笑ってる…。


「俺が上に片付けにいってる間になんかあったよね?どうせ久保さんが何かしたんだと思うけど…」


編成部へ片付けに行っていた瀬田が、明らかに様子のおかしい俺を見て眉間に皺を寄せジトーっと久保を見ている。


「あっ、優斗は罰ゲームどうするんだ?」


これ以上瀬田に何か言われる前にと慌てて横川に話を振ったので、俺が久保にされたことを言おうとしたら…


「…くっ…」


「そうだな…。今回は別にいいかな」


“…黙ってないと…分かるよね?”

横川に手で口を塞がれ、耳元で囁かれた言葉に対して頷くことで返事をした。


「え?横川さん、何か言ってくれていいですよ?こっちが負けたんで」


「じゃあ、今日はサクッと撤収してもらえると嬉しいかな」


瀬田が不思議そうな顔をしながら、そんなことでいいなら…と言って帰るために私物を片付け出した。


「で、久保さんは?」


「俺は西條に無茶振りしたから」


「はぁ?ほんと、何言ったんだか…」


瀬田の大きな溜息がこっちにまで聞こえた。本当にこの二人が付き合ってるのが不思議になってくる。


「本当に久保さんと瀬田って付き合ってるんですよね?」


思わず聞かずにはいられなかった。今日の野球中継を見ていても、終始、瀬田が久保に呆れていると言うか、冷たく当たっていてどう見ても実は嫌ってるよねって感じだったから。


そんな事を思い返していたら、目の前で久保がニヤニヤして何か言いたそうに瀬田の方を見ているが、瀬田はこちらに背を向けて帰る準備をしているのでそんな久保には気づいていない。


「ちゃんと付き合ってるよ?瀬田は二人の時だと…」


「久保さん、それ以上言ったらもう口聞きませんからね。西條も余計なこと聞かない」


だらしない顔をしていた久保が瀬田の一言で口を噤んだのを見て思わず笑ったら瀬田に睨まれた。

この話をこれ以上聞くと俺まで口聞いてもらえなくなると思い、素直に「はい」と返事をした。


「さて、陸也と瀬田くんはもう帰れるなら先帰っていいよ。西條は置いていってくれていいから。俺は夜勤の人に引き継ぎしてくる」


そう言って技術部の方へ消えて行く横川を見送ってると久保が近寄ってきて「楽しみだな」ってニヤッと笑いながら言って、瀬田と帰っていった。


この後のことを考えるとため息しか出なかった。

*NRN / 全国ラジオネットワーク

ニッポン放送と文化放送をキー局としたラジオネットワークの一つ


*N本/ NRN本番カード

NRNで放送する野球の試合のこと

局によっては自社で別の試合を放送することもある


*Q1 / キューワン信号

ネットワーク番組などでキー局からローカル局へ出す制御信号のこと

Q1以外にもQ3信号などあり


*CMテイク

CMテイクボタンを使用し、手動で任意のタイミングでCMを送出すること


*SB /ステーションブレイク

番組と番組の間に流れるCMのこと


*裏喋り

CM、ニュース、天気、交通情報などの裏で喋っていること

局によってCMを入れない、情報を入れない場合など、無音にならないようにするため

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