6゜
「瀬田、おはよう」
「……」
今日もか…。思わず大きなため息が出た。
もう7連敗目か?俺もよく数えてるよな…。
いつも瀬田が一番最初にスタジオにいる事はわかっている。だから少し早めに行って声を掛けるが、ここのところずっと無視され続けている。
嫌われているというよりは怒っているんだろう。雰囲気で何となく分かるんだが、いかんせん話掛けても全く相手にしてくれないからお手上げ状態だ。
原因は間違いなくアレだろうな…。
先日、瀬田に好きだと言われ、さらに俺になら犯されてもいいなんて発言までしてきて…。
俺は「勘違いだろ…」と言って答えをはぐらかしてしまった。
まさか瀬田が俺のことを好きになるなんて思ってもみなかったし、それを聞いた俺自身も動揺して冷静になる時間が欲しくて瀬田を帰そうとした。
結局は瀬田が怒って一人で帰ってしまったが…。
とりあえず、今日も大人しく仕事をして帰ろう。
そう決めて番組の準備を始めた。
「イチさん、いつもの」
何となく飲みたくなっていつものバーに顔を出した。
ここも兄貴が経営しているバーの一つで、瀬田とセックスをするきっかけになった店だ。
ここのマスターをしているのは兄貴の会社のスタッフでもある東宮一で、名前が漢数字の「一」だからお客からは「イチさん」と呼ばれている。
「何となく機嫌悪そうだけどどうした?」
お酒が出て来るのと同時にそう聞かれ、思わず顰めっ面をしてしまった。
特段、顔に出していたつもりも無いし、自分では至って普通にしていたつもりだが、バーテンダーというのは本当にその辺りの機微に聡い。
「別になにも」
「何もって顔ではないと思うけど」
「やっぱりイチさんには隠し事出来ないか」
ため息を吐いてから、話をしたい相手が全く取り合ってくれないと言うと、イチさんが相手まで言い当ててびっくりした。
「相手が怒ってる事に対して陸也の中でちゃんと答えが出てるのならいいけど、答えが出ていないままだったらまた怒らせるだけだよ。
ちゃんと答えが出てるのなら、まずは誠心誠意謝ってそれから相手が怒っている事に対してきちんと答えること。
最後に、年下だからとか思わないで、ちゃんと対等な立場の人として接すること」
イチがグラスを磨きながら「まぁ、当たり前のことなんだけど、それが難しいんだよね」と言いながら微笑んだ。
「答え…か…」
週明け最初の番組の時にちゃんと謝ろう。
いつもより早めにスタジオに向かう事にした。
「ちょっと早かったか?」
まだ誰もいないスタジオに入って、とりあえず照明を付け機材の電源を入れていると、瀬田が番組で使用するものを入れたカゴを持って現れた。
「おはよう」
「……」
俺を見た瞬間、瀬田が入り口で息を呑んで固まったのが分かった。
「瀬田、この前は勘違いだって言って一方的に否定して悪かった。
もう一度ちゃんと話をする機会をくれないか?」
頭を下げたまま、瀬田が返事をしてくれるのを待ったが返ってきたのは大きなため息だった。
思わず頭を上げて瀬田を見ると、怪訝な表情をしてこっちを見ていた。でも、ここで了承してもらわないともう機会は無いだろう。
「瀬田がこの前言ってくれた事に対して、ちゃんと答えを出したから」
「だからお願いだ…」と言うと、ようやく首を縦に振ってもらえた。
「瀬田、ごめん。帰れると思ったら別の番組のゲスト収録をしてほしいって。遅くなるかもしれないから、俺の家で待っててもらっていい?」
「…分かった」
不貞腐れた顔をする瀬田に財布からカードキーを抜き取って渡した。
瀬田とちゃんと話し合うって決めたのに、こう言う時に限って邪魔が入るんだよな…。
仕事だからしょうがないんだけど空気読んでほしい。
「結構時間かかったな…」
先に打ち合わせをしておいてくれればよかったのに、みんな揃ってからスタジオで打ち合わせを始めたので収録がスタートしたのは集合してから30分も後だった。
時計を見ると夜8時近くになっていた。
瀬田、怒ってないといいんだけど…。そう思いながら急いで帰宅すると…。
「これは…」
瀬田がクッションにもたれて寝ていた。
寝かせてあげたいけど、こんな所で寝かせるのも…。それに話もしたいし。
「…瀬田。瀬田、起きて」
肩を軽く叩いてみるが、起きる気配がない。
とりあえずベッドまで運んだほうがいいな。
「…うん? あ…久保さん、おかえり…」
目を擦りながら瀬田がぼんやりとこっちを見てきたが、これは心臓に悪い…。
「ただいま。大丈夫か?眠い?」
「…うん、大丈夫…。クッションにもたれ掛かってたら眠くなってきちゃって…」
そう言いながら、頑張って起きようと伸びをしてる瀬田を見て思わず笑顔になった。
怒ってるのも可愛いけど、こっちの方が絶対にいい。
眠気覚ましのコーヒーを淹れるためにキッチンへ向かいお湯を沸かしてると、瀬田もキッチンへ移動して来てカウンターに座りこっちを見てきた。
「この前ははぐらかしてごめん。瀬田にずっと無視されて辛かったけど、それはしょうがないなって」
話しながらペーパーフィルターを折り、ドリッパーにセットし、コーヒーの粉を入れる。
何か作業をしながら話す事で、少しだけ心を落ち着かせる事が出来る気がした。
「正直に話すと、今でも瀬田が俺のことを好きになったって言ってくれた事が信じられないんだよ…」
「それは本当…」
瀬田が俺の言葉に被せるように言葉を発したが、全部言わせて…と言って話を続けた。
「バーでの出来事が最悪だっただろ?だから、嫌われる事はあっても好かれる事は無いと思ってた。
セックスした後に寝てる瀬田を見て俺のものにしたいとも思った。
でも、無理やり抱いた俺のことなんて嫌いになるに決まってるから、せめてこれ以上嫌われないようにしようと何も言わずに家まで送ったんだよ」
沸いたお湯で丁寧にコーヒーを淹れ、瀬田の前に置いた。
「砂糖とミルクいるか?」
「いらない」と言って、ブラックのコーヒーに口をつける瀬田を見て話を続けようと…思ったが…。
両手でカップを持ってコーヒーを飲んでる瀬田を見たら「やっぱり可愛い、俺のものにしたい」って気持ちしか湧いてこなくて、もう説明はいいや…ってなってしまった。
「ごめん、瀬田」
「え?」
瀬田が顔を上げ、怯えたような表情をしたのを見て「あっ、言い方間違えた」と思った。
慌ててカウンターの向こう側に周り、瀬田を後ろから抱きしめ耳元に顔を近づける。
「本当に瀬田が好きだよ。俺だけのものにしたい。だから俺と付き合って」
説明は今度するから…そう耳元で囁く。
「……」
思っていた反応が無くて不安になり、瀬田の方を見ようとした時…。
抱きしめていた手を掴まれ、気付いたら振り解かれていた。
「え?」
多分、間抜けな顔をしていただろう。だって、瀬田からすぐに返事をもらえるつもりでいたのだから。
瀬田はハイスツールから降り、俺の目の前に立つと首に腕を絡め軽く触れるキスをしてきた。
唇が離れると、瀬田が耳まで真っ赤にして見つめてきた。
「…あとでちゃんと説明しろよ」
瀬田がそう言った瞬間、再び唇を重ねる。
今度はさっきのような軽いキスではなく、お互いを求めるように深く…。
久保が舌で瀬田の唇を突つくと、それに応じるように瀬田が口を開いた。
口腔内を舌で愛撫するように舐め、絡めあう。
「…んっ…」
苦しそうな吐息が聞こえて唇を離すと、瀬田の口の端から飲み込めなかった唾液が溢れてるのを見て思わず舌で舐め取っていた。
「…あ…っ」
ザラっとした下の感触に感じるのか、それだけで瀬田の口からは甘い声が出てくる。
潤んだ目で見つめられ、気付いたらを瀬田の腰をギュッと抱いて下半身を押し付けていた。
「ちょっと…待って…なんでキスだけでこんなになってるんだよ…」
「瀬田だって人のこと言えないだろ」
ニヤッと笑いながら瀬田の下半身に手を伸ばすと布越しにも分かるぐらい硬くなっている。
ゆるゆると触っているだけでも感じるのか、体を捩って逃げようとするのでさらに強く腰を抱いた。
「…ちょっと待って。せめて…ベッドに…」
気づいたら瀬田を抱き上げていた。
「ごめん、今日は抑えが効かない…」
瀬田の耳もとで囁くと顔を真っ赤にしてギュッとしがみついてきた。
次の更新で完結します!
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