4゜
あれから問い詰めたい自分を抑えられるか自信がなかったが、我慢するしない以前に久保に会えなかった。
絶対に物欲センサーが働いてる。そうとしか考えられない。
局に来る度にドキドキして会ったらどうしようと考えるものの、スタジオに行くと居なくてホッとすると同時に残念な気持ちになる。
問い詰めたい…でも自宅に突撃するのは負けた気がする…思考がずっとループして動けない自分にもイライラする。
「あー、俺らしくない」
来週も会えなかったら突撃するしかないか…。
「おはようございまーす」
いつものようにスタジオで原稿のコピーをしていたら、入り口から今一番会いたいと思っていた人物の声が聞こえた。
平静を装って挨拶を返すと久保は「来るの早いなー」って瀬田に声をかけて番組の準備を始めた。
え?それだけ?確かにここでこの前の事に触れられても困るけど、今は二人しかいないんだから多少は何かあるだろ…。
あまりにも普通すぎて拍子抜けし、コピーした原稿を落としそうになった。それとも、久保の中ではこの前のことは無かった事になっているのか…。
久保を観察してみるが、こちらを気にする感じは全く無い。なんだか瀬田だけがずっと気にしていたのがバカみたいに思えて文句を言おうと口を開きかけた時、他のスタッフが入ってきて口を閉じた。
番組中もずっと仕事をしながら観察をしていたが、他のスタッフと笑いながら雑談をしたりといつもと変わらない。
「そういえば、そろそろ暑気払いしようぜ」
「だったらいつものビアガーデンにしようよ。あそこなら営業に言えば席抑えてもらえるし」
番組中、誰かがそんな事を言い出してみんなが盛り上がり出した。
ディレクターまでもがトークバックでDJに確認し出す始末。
そんな会話をぼんやりと眺めていたら、久保が「瀬田も行くだろ?」と話を振ってきたので慌てて首を縦に振った。
横ではまだビアガーデンの話で盛り上がっているが、それどころじゃない。
なんなんだ?やっぱり気にしてるのは自分だけで、久保にとっては数いる遊び相手の一人に過ぎなかったって事なのか。
そう思ったらなんだか腹が立ってきて、不機嫌が顔に出そうになったが何とか我慢した。
番組が終わっても久保からは何のアクションも無かった。
全て片付けて一番最後にスタジオを後にし、編成部に顔を出してから帰宅した。
「とりあえず、スマホと財布さえ持ってれば大丈夫だよな」
あまり早いのもな…と思い、晩御飯を済ませてから家を出た。
夏の夜独特の蒸し暑い空気が体に纏わり付く。そんな中、時折り吹く風が申し訳程度に頬を撫でていく。
「あちぃーな…」
Tシャツの胸元を掴んでパタパタと風を送るが全くと言っていいほど効果は無い。
目的の場所へ到着すると、緊張からか余計に汗が吹き出てきた。
半地下の階段を降りた先にある木製の重厚なドアを押すと、カウンターに数人座っているのが見えた。
が…。
目的の人物は見当たらなかった。
「あれ?この前ここに来た子だよね?」
可愛いから覚えてたんだよねーとカウンター席に座ってた客の一人がこっちに近づいてきた。
笑顔で話しかけられてるのに、背筋がゾクっとして変な汗が流れた。
「とりあえず飲みながら話でもしない?」
「人を探してるんで…いないみたいなので帰ります」
踵を返して帰ろうとしたら腕を掴まれて店の中へ連れて行かれた。
掴まれていた腕は気づいたら腕を絡められていて、無理やりカウンター席に座らせられ、思わず睨んでしまった。
「俺、未成年ですよ。何かしてきたら警察に行きますから(本当は18歳だけど…。)」
その言葉で距離の近さと不快感から脱出することに成功した。
今度こそ帰ろうと席を立った時だった。
「そう言えば誰を探してたの?」
名前を出していいのかな…。
「この前俺の事を助けてくれた人」
「あぁ、陸也ね。今日は来てないよ」
どうやらそれだけで誰のことか分かったらしい。
「そうですか、ありがとうございます」
しょうがない、今日は諦めて家に帰ろう。というのも、実はこの店に来る前に久保の家にも寄っていた。
部屋の明かりがついていなかったのでインターフォンまで押して確認したが、反応は無かった。
それならと思いここまで来たのだけど、結局は無駄足になっただけだった。
店を出ようとドアの取っ手に手をかけた時、またもや呼び止められた。
「いい加減にしてください、まだ何かあるんですか?」
流石にイライラして睨み返したが、思わぬ言葉にぽかんとしてしまった。
「陸也に連絡してみようか?って俺がじゃなくてイチさんが…だけど」
「え?」
「あっ、イチさんってここのマスターね。多分、イチさんがかければ繋がると思うから。わざわざここまで探しに来るぐらいだから何か急用なんでしょ?」
連絡が取れるかもと聞いただけで心臓がドキドキして何故だか顔まで赤くなって来た気がする。
「お願いします」
近くにいるらしくすぐに来るそうだ。マスターにそう言われて仕方なく店で待つことに。
「なんでこんなところにいるんだよ」
店に入って来た久保は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「とりあえず行くぞ」
「へ?」
手首を掴まれ、店の外へ引き摺るように連れ出された。
掴まれた手首が凄く熱く感じたが、涼しい店内から蒸し暑い外に連れ出されたから…ではない…と思う。
しばらくお互い無言で歩いていたが、沈黙に耐えきれなくなって口を開いたのは瀬田の方だった。
「なんで来たんだよ」
喧嘩腰の口調に心の中でしまった…と思うが一度出た言葉は取り消しできない。
掴まれていた手首を振り払うように解いて、久保を睨みつけた。
「お前こそ、この前のこと忘れたのか?」
呆れたような顔をしてため息を吐いた久保を見て、心配してくれたわけじゃないんだ…と思ったら、寂しさと同時に心が締め付けられた。
え?今、一瞬寂しいとか…なんでこんな気持ちになるんだよ…。
しかも、さっき来てくれた時、顔を見てホッとしなかったか?
『初体験が凄すぎて体だけの関係なのに愛されてるって勘違いした…みたいな?』
「マジかー…」
この前桑島が言っていたことを思い出して、頭を抱え込んで蹲ってしまった。
「おい、どうした急に。大丈夫か?」
上から心配した久保の声が降ってくるが、「もしかしたら好きなのかも…」と自覚した瞬間、まともに久保の顔を見ることが出来なかった。
なんだか顔が熱い…。両手を頬に当てるとヒンヤリ感じるぐらいだから相当真っ赤になってると思う。
ヤバい、本当に久保のことをまともに見れない…。
「おい、本当に大丈夫なのかよ」
久保がしゃがみ込み顔を覗き込んできたので、見られたくなくて顔を逸らしたが、両手で顔を挟まれて強引に目線を合わせさせられた。
思わず、恥ずかしさのあまり咄嗟に目を伏せてしまった。
「お前、男の前でそういう顔するなって言っただろ…。また犯されるぞ」
「……」
「ほら、帰るぞ」
久保が大きなため息を吐いて立ち上がると、瀬田の手を引っ張ってくれた。
今度はすぐに離されてしまった手を残念に思った。さっきはあんなに鬱陶しかったのに…。
夜も遅くなるとさっきまで僅かながら吹いていた風も止み、じっとりとした空気が滞留して時間さえ止まったような錯覚に陥る。
密度の濃い重苦しい空気の中、無言のまま前を歩く久保の背中を見ながらぼんやりと着いていくが、気付くと後ろから服の裾を引っ張っていた。
「…久保さんなら…いいですよ…」
「はぁ?」
「だから…久保さんになら犯されてもいいって言ってるんです」
精一杯の言葉を分かってもらえなくてイライラして久保を睨みつけた。
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるか?」
「分かって言ってますから心配してもらわなくても大丈夫です」
呆れたような顔をした久保に「分かったから大声出すな」と言われ、しんと静まった住宅街に声が響いている事に気付き、慌てて口を押さえた。
「とりあえず俺の家に来い」
気付けば久保と瀬田の家の中間辺りまで来ていた。
「…分かった」




