3゜
「今日もこの番組じゃないのか…」スタジオに行って最初に思ったことがそれだった。
なぜなら、この前久保に抱かれてからまだ一度も顔を合わせてないからだ。
顔を合わせたからといって何かしたいとか言いたいとかは無い…はずなのだけど、会えないとそれはそれでモヤモヤする。
「あー、イライラする」
なんでこっちがこんなにヤキモキしないといけないんだよ…。
思わずコピーした原稿の束をバンッと机に置き、大きな音を立ててしまった…。
物に当たるなんて最悪だ…。そう思い大きなため息を吐いた。
週に3回しかバイトに入ってないこともあり、久保と会うのは1ヶ月に3、4回だった。
と言うのも、久保は現在研修中でその日に付く先輩によって番組が違うらしい。独り立ちしたら固定になるようなことを言っていた気がする。
連絡先も知らないので、番組で会わなければこちらからは何もできない。
…というのは言い訳で、家の場所は知っているのだから訪ねていけばいい。実は近くに住んでいると分かった時はびっくりした。
でも、そんなことをしたらこっちが気にしていると言っているようなものなので、負けず嫌いな瀬田はそれが出来ずにいた。
「はぁー…。桑島、今日の夜、空いてるかな…」
思いたったらすぐ行動しないと気が済まない性格の瀬田は、もうスマホでメッセージを送っていた。
桑島陽太は専門学校に入学してからできた友達だ。
瀬田より2つ年上で、一度社会人を経験している。夢を諦められなくて会社を辞めて専門学校に入り直したそう。
最初は「さん」付けをしていたが、同級生だから呼び捨てでいいと言われ今に至る。
そして、瀬田にゲイバーの話をして久保に抱かれる原因を作った男でもあった。
「お疲れさん」
「お疲れ様ー」
そう言ってグラスを合わせ、乾杯して喉を潤した。
店に着いたのは瀬田の方が遅かった。
昼間メッセージを送ってすぐに、空いてると返信が来て店まで探してくれた。
社会人経験があるからなのか、元々の桑島がそうなのか、気配りが凄い。
さっきも、店に後どのくらいで着くかを聞いてきたから返信すると、タイミングを見て飲み物頼んでおくから何がいい?と聞いてきた。
桑島は絶対、相手に尽くすタイプだろうな…と関係のないことを考えて思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんだ?」
「別に何にも」
「まぁ、いいや。それよりも急に空いてるか?って、何かあったか?」
「まぁ、ちょっと…」
言いにくそうにすると、桑島がとりあえず何か食べろ…と料理の乗った皿をこちらに寄せてきた。
ある程度お腹が満たされると落ち着いてきて、話したいことも頭の中でまとめる事が出来た。
「俺、ゲイなのかな…」
ど直球な言葉を発した瞬間、目の前にいる桑島が何言い出したんだ…と言わんばかりの反応をして、思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになっていた。
なんとか吹き出さずに済んだみたいだが、気管に入ったのか咽せてゲホゲホとしている。
「はぁ?瀬田、急に何を言い出した?」
ようやく落ち着いたらしく、目を見開いてビックリした顔をしている。
ここ最近考えていたことを口に出しただけなのだが、聞く側からしてみたらかなりの衝撃だったみたい。
「この前、バイト先の人と成り行きでセックスして、それからその人のことが気になってしょうがないんだよね…」
桑島はゲイだから隠すこともないだろう。
そう思ってサラッと口に出すと、目の前で慌てた顔をしている桑島が目に入った。
「ちょっと待て、もう少し詳しく説明してくれ。なんでいきなりセックスするんだよ」
かなり端折って説明したため、混乱した桑島が詳しい説明を求めてくる。
桑島に教えてもらったゲイバーへ一人で行ったこと、そこで複数人からナンパされて困ってたところを助けてもらったことなどを順を追って説明していく。
説明するほど桑島の顔が呆れていくが、なんでそんな反応をされないといけないのか分からず、だんだんとイライラしてきた。
「はぁー」
「なんでそんな反応?」
詳しく説明しろって言うから説明したのに、目の前から大きなため息が聞こえてきたので膨れっ面をして不満を表してみた。
「そもそも、どうしてゲイバーに行ったんだ?瀬田はゲイじゃないだろ」
「そうなんだけど…。まぁ…単純に興味が湧いて…」
なんとなく気まずくなり、視線を逸らして飲み物を飲む事で誤魔化した。
「よく初めてで、しかもどんな場所か想像もできない所に一人で行ったな」
「ちょっと覗いて帰るつもりだったんだよ。そうしたら囲まれちゃって…。で、成り行きで…」
桑島が完全に呆れてるが、そんなこと構わずに話を続ける。
「セックスした後からずっと顔を合わせてないんだけど、連絡先も知らないし、バイト先でもタイミングが悪くて会えないからなんかモヤモヤしてるんだよね」
「相手はこう言うことに慣れてる感じの奴か?」
「そうだと思う。バーでお互い楽しく過ごせる相手を探すって言ってたから」
この前久保が言っていたことを思い出しながら話していると、抱かれた時の事まで思い出して顔が赤くなってくる。
もう何日も経ってるのに、さんざん抱かれた時の記憶は忘れたくても忘れられない。
やっぱり今度会ったら文句の一つでも言ってやろう…そう決意した。
「で、瀬田はその男の事が好きになったのか」
「え?」
「だって、相手のことが気になってゲイか悩むって事はそう言う事だろ。まぁ、話を聞いてる限り本気にならない方がいいと思うけどな」
なんで?って言葉が顔に出ていたらしい。
「相手は遊び慣れてる感じがするから、瀬田が物珍しくて手を出したんじゃないかな。それに瀬田自身、想像以上に刺激が強すぎていつまでも記憶に残ってるからだと思う。なんて言えば分かりやすいかな…」
うーん…と考えてる桑島を見ながら思い返してみるが、確かにそうなのかもな…。
そんな時、桑島がドヤ顔したのを見て絶対に碌なこと言わないな…と思った時だった。
「そうだ、初体験が凄すぎて体だけの関係なのに愛されてるって勘違いした…みたいな?」
「なんだよ、それ…」
はぁーっ……。何を言い出すんだよ。思わずため息吐いちゃったじゃないか…。
桑島って普段はすごくしっかりしてるのに、たまに残念な発言するんだよな。
「でも本当に、もう少し時間を置いてから考えたほうがいいと思うぞ。それこそ、相手から何かアクションがあってからでも遅くないと思う」
「俺、せっかちだから待つとか無理なんだよな…」
思い立ったらすぐ行動するタイプで、猪突猛進ってよく言われる。
今まで数は少ないけど付き合ってきた女の子からは、揃いも揃って「ギャップが凄くて残念」って言われ振られた…。
見た目で判断したそっちが悪いだろ…とは思うが、ずっと笑顔を強要されるのも辛くていつも振られた後はほっとしていた…。
そんな性格だから、こういった状況になると冷静な判断ができずに失敗することが多い。
桑島の言っていることは正しいのかもしれない。そう思い相手からのアクションがあるまで我慢して待つことにした。
「それにしても、瀬田がこっち側に落ちてくるとはな」
「まだわかんないだろ。一時の気の迷いかもしれないし」
「だけど、そんなに良かったのか?」
「それは…」
「そんなに良かったのかー」
思い出して顔を真っ赤にした瀬田を見て桑島がニヤニヤしていた。
頬が熱い気がして、氷の入ったグラスを押し当てるとひんやりと気持ちいい。
「…優しくてマメってずるいよな…」
ぼそっと言った言葉に桑島が耳聡く反応して身を乗り出してきた。
あー…これ、話すまで今日は解放されないな…。
「なになに?というか、相手はどんな人なんだ?」
「どういう…って。見た目は爽やか系イケメンだと思う。
背が高くて鍛えてるのか案外ガッシリした身体つきで、声が良い」
「瀬田って、放送局でバイトしてるんだから、もう少しボキャブラリーないのか?」
なんか酷い言われようだが、確かに今の説明で想像しろと言う方が無理なのかもしれない。
「ちゃんと体調も気遣ってくれて、翌朝、家まで送ってくれたし」
「は?朝まで一緒にいて、家まで送ってもらうって…瀬田愛されてるな」
「そうなのか?」
冗談でもそう言うこと聞くと、ワンチャンあるかもって期待しちゃう。
でも、そもそも自分がゲイなのかも分からないのにワンチャンってなんなんだよ…。
「俺だったらバーで引っ掛けた相手と朝まで一緒にはいないかな。セックスしたらさよならってなる」
「久保さんもそう言ってた。あ、久保さんってセックスした相手ね。しかも自宅だったし」
「ますますわかんないな…。普通ならラブホ行くだろ。自宅の場所知られたくないし、何より後片付けが…」
「俺が知ってる相手だから…とは言ってたけど、本当はどうなんだろうな」
桑島が腕組みをして考えているが、俺だって久保が何を考えてるのか分からない。
やっぱり会ったら問い詰めるか…。
でも、こっちから話をすると負けた気がする。だけど瀬田の性格上ハッキリさせないと気が済まない。
難しい顔をしていたのか、桑島がいかにも他人事と言わんばかりのテンションで無茶振りをしてきた。
「まぁ、進展あったら教えてよ。…あと、その久保さんの写真撮ってきて。見たい」
「はぁ?無理だから」




