16゜
本日2話更新します。
どうしても最終話と分けたかったのですが、そうするとどちらも短くなってしまうので…。
今日でとりあえず西條、横川編は完結します!
「やっぱり来てよかったのかな…」インターホンに部屋番号を入れたまではよかったが、いざ呼び出しボタンを押そうとしたところで手が止まった。
でも、今回に限っては最初にアクションを起こしたのはあっちだ。
悪い話ではないと思う。そう自分に言い聞かせ、インターホンの呼び出しボタンを押した。
エレベーターが上昇すると共に、西條の心拍数も上がるのが分かる。
部屋の前に着いてからも踏ん切りがつかず、とりあえず落ち着け…。そう言い聞かせ何回か深呼吸をした。
玄関で出迎えてくれた横川は無表情で、そこから今日の呼び出しの理由を推測するのは難しそうだ。
それに、何となく元気がないというか、暗いというか…普段の誰にでも笑顔でいる横川らしくない。
リビングに通されると、先にソファーに座った横川が隣を指差した。
「前に俺のことが好きだって言ってくれただろ。それは今もか?」
横顔しか見ることが出来ないので表情は分かりづらいが、声はとても弱々しく辛そうだった。
「好きか嫌いかで答えるのでしたら、多分、今でも好き…なんだと思います。でも…正直なところ分からなくなりました」
「そうか…」
さっきから部屋の空気が重苦しい。話の内容からそう感じるのではなくて、横川の雰囲気からきてるものなんだと思う。
それよりも、この後の話の展開が全く読めないから、緊張して余計な力が入って呼吸が詰まりそうだ。
「俺は西條のことが好き…と言うか、大切なんだって最近分かったんだよ」
一瞬言われたことが理解できなくて思わず横川の方を見たら目が合った。
「どうしてそんな辛そうな顔をするんですか…」
思わず横川の頬に手を伸ばしていた。
「それ、前にも言われたな」
全然記憶に無くて首を傾げると、横川が柔らかい笑顔を見せてくれる。
「前に無理やり組み敷いた時、傷つけられるって分かっているお前が逆に俺を心配してきて、脅すだけで止めるつもりだったのに酷くしてしまった…」
さっきやっと笑ってくれたのに、あの時のことを思い出しているのか、また辛そうな表情に戻ってしまっている。
でも、今の話を聞いて思い出した。どうして横川のことを嫌いになれなかったのか…。
それどころか、嫌いになれなかっただけじゃない。
多分…。
「さっきの答え…」
「え?」
「さっきの答えですけど、今でも先輩のことが好きです。俺に酷い事をしたのは嫌われるためですよね」
「……」
目の前で苦虫を噛み潰したような顔をしてる横川を見て、自分の考えが正しいんだと分かった。
今になって思い返せば、これまでの横川の態度は中途半端というか、迷いがあるんだろうなっていう言動ばかりだ。
「無理やり抱かれた時も、嫌われたいのならそのまま放置しておけばよかったんです。なのに、ちゃんと体を綺麗にしてベッドに寝かせてくれて…。
この前俺が倒れた時もです。瀬田に聞きました。一番最初に駆けつけて、病院まで付き添ってくれたって。
そんな先輩を嫌いになれるわけないじゃないですか」
「でも、俺はまた西條を傷つけてしまうかもしれない…」
手をぎゅっと握りしめ視線を逸らす横川を見て、本当に大事に想ってくれてるんだという事が伝わってくる。
だからこそ、ちゃんと気持ちが伝わるようにと精一杯の柔らかい笑みを作って横川を見つめた。
「先輩は俺が前に言ったこと覚えてないんですか?」
「え?」
「先輩になら何をされてもいいって。それに、俺は先輩に何をされても嫌いになんてなれないです」
「お前は強いな…」
「何年先輩に片想いしてると思ってるんですか。だから大丈夫ですよ」
「そうか…。ありがとうな」
泣きそうな、でも笑ってくれている横川を見てようやく心が繋がったんだと思った。
嬉しくて思わず横川に抱きつこうとしたとき…。
さっきまで笑顔だった横川が真顔でこちらを見てきた。
一瞬緩んだリビングの空気がまた張り詰めるのを肌で感じた。
「少しだけ話を聞いてくれるか…」
なんとなく声に出して返事をするのが躊躇われて、こくんっと頷いた。
「よくある話なんだけどな…。俺は学生時代、家庭教師だった女子大生に無理やり犯されたことがあるんだ。何回も…」
いきなりの告白に衝撃が隠せなくて思わず横川の方を見るが、酷く辛そうな顔がこちらまで引きずられそうな程だった。
「普通なら周りが気づくんだろうけど…。でも、両親はアメリカにいたからすぐには気づかなかった。
俺がおかしいと気づいた陸也に問い詰められ、おばさんから両親へと伝わり、家庭教師が変わるまで続いた」
「……うん」
「次に来た家庭教師は男子大生だった。俺の興味のあることに凄く詳しい人で、質問すると何でも答えてくれて俺はすぐに懐いた。
それに同性だったから安心してたんだろうな。
でも、またしても同じ事が起きたんだ。俺が無意識に誘ってるんだって言われたよ」
白くなる程握りしめられている横川の手にそっと自身の手を重ねると、ビクッと震えるのが分かった。
「その後家庭教師が付けられることは無かったけど、性格は歪んだんだろうな。身内以外は信用できなくなった。
相手からの好意が分かると身体目当てだと思うようになり、それなら逆に俺がメチャクチャにしてやろうと思うようになっていた」
思わず横川を抱きしめていた。西條が泣いたってしょうがないのに、昔の横川を思うだけで涙が流れてきた。
「西條が泣くことないだろ。でも、ありがとう。今でも何がきっかけかわからないが、相手をめちゃくちゃにしたくなることがある…」
この前のことを思い出しているのだろう。横川が辛そうな顔をして西條から顔を背けた。
「どんな先輩でも俺の好きな先輩に変わりはないです。だから側にいてもいいですか?」
「…ずっと側にいてくれ」
横川がはっとしてこちらを向いたと思ったら抱きしめられ、耳元で囁かれた声はとても小さかった。
でも、力強く抱きしめられている今の状況がどんな言葉よりも心が温かくなって幸せなんだと感じた。