72話・あなたはなぜ、王太后陛下に毒を盛ろうとした?
「その上、あなたはなぜ王太后陛下に毒を盛ろうと?」
「王太后さま? わたくしは何も……」
「陛下の耳から密告がありました。貴女の手の者が王太后陛下に毒を盛ったと」
王太后陛下が離宮から出て、サクラメントに来ていたのは、毒を盛られていることに気が付いたからだった。信頼の置ける女官のアージアや、剣聖の護衛を連れて、サクラメントに避難してきていた。
フィルマンを怪訝そうに見つめ返した王妃は、ゲッカに目をやってから言った。
「……わたくしが命じました」
「違う。エリサさまじゃない。俺だ。俺がやった」
これまでの態度から白を切るかと思われた王妃は、素直に認め出した。そこに縛られて床に転がされているゲッカが割り込む。
「あの女は……、嫁であるエリサさまに辛く当たった。だから見かねて俺が毒を盛った」
「お止め。ゲッカ。それ以上、王太后さまを愚弄する発言は許しません」
「エリサさま」
「クロウの長。わたくしはどのような罪に問われても構いません。でも、このゲッカはわたくしの命を拒めず従ったのみ。少しだけでも情状酌量の余地があると有り難いわ」
「止めろ。全て俺がやったことだ。罰するなら俺だけにしろ」
ゲッカは本気で主人の身を案じていた。そこにはただの、主従関係を超えているような絆さえ感じるものがあった。
「美しい主従関係と言いたい所ですがあなた方、何かを隠していますよね?」
「いいえ。何も」
フィルマンがここにきて、態度を変えた王妃に訝る様子をみせると、王妃は首を横に振った。
「あなたさまは王太后陛下とは、以前から仲が良かった。それは私も覚えております」
フィルマンの婚約者だった頃から、王妃は王太后陛下の元にご機嫌伺いに何度も通っていた。王太后陛下は尊大な態度から誤解を受けやすいが、自分を慕ってくれる者を邪険にするような性格ではない。
「王太后陛下に盛られていた毒は、先代の陛下に盛られていた物と同じなのは分かっております」
フィルマンは揺さぶりをかける為に、王妃の首に小刀を当てた。すぐにでも首を刎ねる勢いだった。王妃は青ざめながらも口を割る様子は無い。でも、その代りに床に転がされているゲッカが口を開いた。
「止めろっ。それを命じたのは──」




