68話・王妃エリサ
王妃エリサは、執務室でお茶を堪能していた。茶葉はサクラメント産。爽やかな中にほんのりとした甘さが感じられる。砂糖いらずのこのハーブティーは、大のお気に入りで、毎食後に必ず女官達に入れさせていた。
「はああ。至福の時だわ。サクラメントには良い思い出がないけど、このお茶ぐらいは褒めても良いわね」
エリサは、サクラメントに対して複雑な思いがあった。サクラメントはこの国では特別な地だ。その地を治めるのは女領主ヴィオラ・ラウルス。結界魔法を扱える彼女は公爵家出身のご夫人で、本来ならこの国の王妃になっていたかも知れない人物だった。
その人物が溺愛する孫娘ユノは、かつてライバルだった。元第1王子フィルマンの許婚候補として、名前が上がっていた頃があったのだ。
王家としてはヴィオラ夫人の血を引く、孫娘のユノとの縁を強く望んでいた。
ところがヴィオラ夫人から色良い返事をもらえなかったようで、王宮側は他にも王子の許婚候補として高位貴族令嬢達を募ることにし、エリサは父親のごり押しで候補者として、名を連ねることになった。
彼女はヴィオラ夫人のユノのことを、脅威に感じていた。ユノは神がかった美しさのようなものがあり、誰もが彼女と接すると、「さすがは結界の聖女さまの血を引く御方」と、褒めそやす。
誰もがユノを好意的に受け止め、悪く言う者がいなかった。それが彼女には気持ち悪く感じられた。自分は虚栄で満ちた世界で生きてきた。貴族という者は表向き、清廉ぶってはみても、中身は妬み、嫉みを糧に生きている者ばかりだ。そのような者達が彼女には、邪な思いも見せずに崇めるがごとく、感心した素振りを見せる。
彼女にとって、「結界の聖女」とは、「魔女」のような得体の知れない者に思われた。
王家の意向や、評判などから第1王子の許婚はユノにほぼ決まったようなものに思われた。誰の目にもそう映ったことだろう。ところが第1王子の許婚に選ばれたのはエリサだった。
当然エリサは浮かれた。未来は安泰のように思われた。それなのに数ヶ月後、エリサは悲劇に見舞われる。第1王子から公の場で、婚約を解消されてしまったのだ。
それは未だに彼女に暗い影を落としている。
「あの神父、使えないわね」
彼女は神父ホドリーに、フィルマンが執着する女を始末するように伝えていた。それなのにその女を密かにサクラメントに匿い、後に自分の妾にしようとしていたとは呆れた神職者だ。
ペアーフィールドにいた「サクラ」は始末されたが、それはエリサの目を欺くつもりもあったらしい。子飼いのゲッカから報告が無ければ、いつまでも神父ホドリーの言い分を信じていたままだっただろう。
「お仕置きをしなくてはね」
こみ上げてくる苛立ちを、吐露したように呟いたエリサの背後でドサリと音がした。




