58話・男の失敗
「王太后がサクラメントに?」
「間違いないよ。あれは王太后陛下だった。眼光鋭い親父を伴っていた」
「それはきっと剣聖だ。厄介だな。サクラメントに逃げ込まれるとは。前回で失敗しただけに、今回は慎重にならざるを得ない」
男はため息を漏らした。本来ならば、今頃、異世界の女を連れ出して自分の所有する館で囲っている予定だったが、失敗に終わってしまったのだ。
いつでも切り捨てられるようにと、無名の下っ端の王宮警護騎士らを買収したのが悪かった。彼らはちっとも役に立たなかった。魔女の護衛騎士一人、倒すことも出来ずに次々、逆に叩きのめされて、向こうの使用人達に拘束されてしまった。その上、天敵のノルベールが駆けつけて来たことで、男は正体がばれるのを恐れて逃げ出すしかなかった。買収した警護騎士らは、ノルベールに連れて行かれた。その後は容易に想像出来る。
自分の正体は明かさず、ある高貴な女性の依頼を匂わせていたので、捜査の目がそちらに移っている間に、彼女を連れ出したかった。ゲッカを通じて彼女に渡った花束には毒性がある。その花による幻覚で彼女を誘導し、自分の元へと来させる予定が狂い出した。あの女が邪魔したせいで。
「王太后め」
脳裏に王太后のことを罵りながら、亡くなった母のことを思い出す。あの女は自分達母子の幸せを奪った女だ。あの女さえ、いなかったのなら。そう何度、思ったことか。
あの女のせいで自分達親子は王宮を追われ、細々と暮らすしか無かった。
「諦めた方が良くない?」
「何を言う? 私にとってこれはまたとないチャンスなのだ。異世界のまだ知らぬ文化に、触れる機会などそうそうない」
幼い頃から手駒になるべく育ててきたゲッカが、もう無理だろうと言ってきた。しかし、諦められるはずもない。男にとって異世界とは未知であり、興味の尽きない分野だった。その世界への鍵を持つ女が欲しかった。
「彼女は王太后陛下と親しそうだった。下手に接触すると剣聖にも目を付けられると思うよ」
男はううむ。と、唸り出す。ゲッカと二人きりの聖堂は、ステンドガラスがはめられた窓から柔らかな陽光を差し込んでいた。会話の内容が場違いに思えるほど、神秘的で美しい光景だった。
ペアーフィールドの領主が、毎月寄付してくれる高額なお金で孤児院は成り立っているが、それを男は何食わぬ顔で着服していた。男はここでは神父として存在しているが、それはあくまでも表向きの顔。その事は男に手を貸しているゲッカは良く知っていた。




