43話・ロータスの緊張
「あんた、この人の知り合い?」
「はい。どうかなさいましたか?」
「この人、うちのお店のパンを万引きしたのさ。パンのお代を払ってもらってもいいかい」
「申し訳ありません。今すぐお支払い致します。お幾らでしょう?」
アージアは見ているこちらが気の毒になるぐらいに、ぺこぺこと頭を下げてお金を支払い、おかみさんに何度も謝罪していた。ベネベッタ夫人と同世代のように思えるが、白髪交じりの頭髪からして、仕える主人に相当苦労させられているように感じられる。当の本人(主人)はケロリとしているので、おかみさんが終いには同情していたくらいだ。
野次馬は問題が解決すると、波が引くように引いていった。人だかりが消えた後は、おかみさんは店の中に戻って行き、その場にはベネベッタ夫人と、アージアが残されていた。ベネベッタ夫人は、アージアに叱られていた。
「ベネベッタさま。あれほど言ったではありませんか。あなたさまは目立つので馬車の中でお待ち頂くようにと」
「だって街中って興味が湧かない? このサクラメントでは、どのようなものが売り買いされているのか気になったのよ」
「そのような尤もらしい言い方をしても、誤魔化されませんからね。食べ物の美味しそうな匂いに誘われて、馬車から勝手に降りられましたね?」
「だってあなたが戻って来るまで、待てなかったのだもの」
お腹が空いていたのよ。と、言うベネベッタ夫人に、アージアは呆れているようだ。
世間知らずの主人と、しっかり者の使用人という組み合わせに、可笑しな主従だなと思いつつ、通り過ぎようとしたらアージアに声をかけられた。
「あの。済みません。サクラメントのご領主さまのお屋敷はどちらでしょうか? ご存じでしたら教えて頂きたいのですが?」
彼女達はサクラメントの領主屋敷に用があったらしい。ヴィオラ夫人からは来客があるとは聞いていなかった。この間、王宮騎士を名乗る怪しげな騎士達の来訪を受けたばかりだ。警戒心が湧いてくると、背後から声が上がった。
「叔母上?」
「ロータスなの? まあ、お父さまに良く似て……、大きくなったわね」
ロータスは、荷馬車に粉袋を運び終えたようだ。戻って来た彼は、アージアを見て驚いていた。
「ロータス。こちらの御方は?」
「俺の叔母だ。母の妹で、離宮で働いている。でも、叔母上、どうしてこちらに……?」
アージアは、ロータスの血縁者だった。彼は離宮で働いているはずの叔母が、どうしてここにいるのかと訝る様子を見せた。そしてアージアの隣にいるベネベッタ夫人に目を留めると、うわずった声で聞いた。
「叔母上。警護の者は?」
「デモンテ卿が来ています」
アージアは、顎をしゃくって見せた。その先には眼光の鋭い、顎髭のある中年男性がいて、こちらを窺っていた。
「……師匠」
「詳しい話は後で。それよりもヴィオラさまにお会いしたいの。案内を頼めるかしら?」
アージアの言葉に、ロータスは険しい顔付きになった。彼はぎこちなく頷くと、ベネベッタ一行を屋敷へと案内することになった。いつになくロータスが緊張していた。普段は泰然としている彼にしては珍しいと思っていたら、その理由は後で知れた。




