32話・ノルベールさんは最高の魔法使い
「この部屋にはもう転移ドアは施せないな。俺の魔法の収容量を超えるようだ。じゃあ、どうすっかなぁ」
ノルベールの口調の変化に驚く。サクラメントで会った時には、畏まった物言いだったはずなのに、言葉遣いがくだけたものに変わっていた。もしかしたらこちらの方が素なのかもしれない。王宮魔術師長という肩書きに似合わない物言いに、意外なものを感じた。
「フィル。おまえの寝室を見せてくれ」
「僕の寝室? 何も無いよ」
「じゃ、そこでいいや」
フィルマンとは手を繋いだままだった。エスコートっていつまでされたままなのかな? と思いながらも彼が手を離す様子がないのでそのままにしていた。
彼の寝室へと案内されると、寝台の他に洗面台やクローゼットがあるぐらいだった。思ったよりもさっぱりしている。ゲームの中の描写ではそこまで描かれていなくて、彼に会うには執務室か庭で会っていた。その為、彼の寝室ってどのような感じだろうと思ったけど、スッキリしていて彼らしいと思った。ゲームの中でも彼は自分が贅沢をするようなことはなかった。なるべく税収は領民の為に還元することを考えていて、現実の税ばかりかさむ世界に生きる自分としては、彼の領民達が羨ましく思ったぐらいだ。
「ここに転移ドアを作る。それで構わないか?」
「僕は構わないけど、サクラは?」
「わたしもそれで構わないです」
考え事をしていたら、何かノルベールに確認を取られていたようだけど、考え無しにわたしは了承していた。そのことが後に困ることになろうとは思わずに。
ノルベールは指を壁に当てると、指が触れた場所が光りを放ち、彼の指先に従って光る輪が現れた。その輪の輪郭にどこかの国の言語なのか、記号なのか分からない文字を連ねていく。彼が指の動きを止めると、美しい輪のような文様が浮かび上がりドアに変化した。
「これは?」
「転移用ドアだ。これでこの部屋とサクラメントにあるきみの部屋まで行き来可能だ」
「嘘? 本当に?」
「信じられないか? ドアを開けて見たらどうだ?」
得意顔のノルベールに言われて、確認の為にドアノブに手をかけて回すと、ドアが開いて見覚えのある部屋に出た。サクラメントでわたしが使用している部屋だ。
「凄い~。一瞬で向こうにいけるなんて。ノルベールさんは最高の魔法使いね」
わたしが感嘆の声をあげると、ノルベールは「まあな」と、胸を叩いた。




