16話・男の罠
男が部屋を退出すると、隣の部屋に控えていた配下の者が側に寄ってきた。男装をした女性だ。髪の毛は肩まで長さしかなく茶色かった。瞳は琥珀色をしていた。その彼女は、廊下に出て人目がないのを確認すると、声を潜めて言った。
「あんなこと言っちゃっていいの? 彼女は生きているのにさ」
「問題ない。あの女は一々、自分で詳細を調べたりすることはないからな」
隣室に控えていた配下の彼女には、あの部屋での会話は丸聞こえだった。バレたら大変じゃない? と、いう彼女に、男はバレなければ良いと言ってのけた。
猜疑心に駆られているあの女は、矜恃を満たしてやればそれで満足する。細かなところは手の者にお任せなのだから、わざわざ馬鹿正直に報告してやる必要も無い。
それに自分は処分したなど一言も言っていないし、あの女が勝手に勘違いしただけだ。
男には一つだけ興味が尽きないものがあった。この世界とは違う別の世界への関心。この世界では誰も知らない未知の世界の情報を、異世界から来た女が持っているような気がしてならなかった。
だからあの女から異世界召喚の後、異世界の女が姿を見せたなら殺せと命じられていたが、何も聞き出せないまま、異世界の女を処分するのは勿体ない気がして、サクラメントへと転移させたのだ。
そこには数年前から配下の者を忍ばせていた。彼は良い働きをしてくれた。転移して気を失っている彼女を、そこを治める女領主と引き合わせ保護させた。
女はあの御方が求める異世界の女と会わせずに処分しろと言ったが、表に出さなければ良いだけの話。自分が囲ってしまえば誰にも分からないだろう。
「ゲッカに連絡が付くか?」
「兄さんに? 分かった」
「近々、例の女に会いに行くと連絡しておけ」
「了解」
廊下に西日が差して影が尾を引く。男は振り返ることなく、前を向いて歩き出す。
あの女を掌で転がし、いつかこの宮殿内部を掌握して自分の地位を確固としたものにしてみせると誓いながら。