41話・おじいちゃまのようなひととけっこんしたい
「今日はビーフシチューか。やったあ!」
食堂に入るなり孫達は喜び、夫も義息子夫婦も顔を綻ばせていた。皆がこのビーフシチューが大好きなのだ。
「美味しいね。このお肉のほろほろ加減が堪らない」
「肉の旨みもシチューに伝わっていて、なかなか王都のレストランでも出せない味だよ」
皆が喜んでシチューを頬張るなか、一人だけ仏頂面をしている者がいた。
「どうしたの? ノル。全然、進んでないじゃない」
あなたの好物を作ったのに? と、言えば、彼は渋面を作った。
「これは確かに美味しいが、きみが作ったものじゃない」
「……!」
皆があ然とする中、見る間にマリアの瞳に涙が堪っていく。私はノルベールとは反対側の、隣の席に着いていたマリアの頭を撫でた。それで察したのだろう。ノルベールが慌て出した。
「これはマリアが作ったのかい? 美味しく出来ているよ」
「……たしは……まだ、おばあちゃまとおなじ……もの……つく……れない……」
「マリア。泣かなくて良いのよ。お爺ちゃまはね、特殊なの」
「とくしゅって?」
涙目で見上げる孫娘に問われて何と説明しようかと悩んでいたら、孫達が口々に言った。
「お爺さまはお祖母さまが一番大好きなんだ。だからお祖母さまが作るものは何だって、お爺さまの中では一番って事だよ」
「お祖母さまが大好きすぎて、他の事はどうでも良くなってしまう病気なのさ」
息子達の発言に「何てことを言うのだ」と、息子夫婦は青ざめていたが、ノルベールは気を良くしたようだ。
「さすが分かっているじゃないか。ユノの作るものが一番なのさ。ユノが作るものが例え、煤だらけになろうが、人の口には合わないだろうが、私の口には一番合うって事だよ」
その言葉に、マリアは涙を引っ込めた。
「おじいちゃまは、おばあちゃまがそれだけだいすきってことね?」
「そうだよ。きみのお祖母ちゃまは、きれいでやさしい。私の自慢の妻だよ」
マリアは微笑んだ。
「おじいちゃまもすてきよ。あたし、おじいちゃまのようなひととけっこんしたい」
そう言っていたマリアは、成長すると一人の誠実そうな男性と結婚することになる。そして自分の子供達にこのビーフシチューの味を教え、その子供から孫へと「思い出のビーフシチュー」は引き継がれていくことになった。
私は夫のノルベールと共に天寿を全うした。先に逝ったのはノルベールで、その後を追うように一ヶ月後、目を閉じることになったけど、この人生に私は満足していた。