39話・愛しの旦那さまの為に
普段は彼が騒ぐ側で、私がそれに対して何があったの と、聞く立場。それが今日は逆転していた。
「なにがあった?」
「さくらがフィルからプロポーズされたって」
ジョウロをその場に置き、神妙な顔付きで聞いてくるノルベールに報告すれば、段々とその顔に緩みが出て来た。
「本当か?」
「本当よ。嘘は言わないわ」
「やったな」
ノルベールは私を抱擁した。前は機嫌良くなると、私を持ち上げてくるくる回ったものだけど、もう若くないせいかそのような事はしなかった。
「来年、挙式だって」
「そっか。これできみも一安心だな」
「うん」
これで私は悪役令嬢のお役御免となった気がした。漫画のようにさくらを虐めることはなく、彼女と仲良くなった。それというのも彼女が良い子だったからだ。虐める気にすらならなかった。良かった。これで彼女も報われる。
「ようやく二人が結ばれるのね」
今まで原作にはなかった横槍があったり、彼女が攫われようとしたりして二人が会ってもすぐに交際、結婚と進まなくて焦れったいものを感じていたけど、それなりに二人は仲を深め、交流していたようだ。
「本当に良かった……」
二人はハッピーエンドに向かっている。これというのも愛しの旦那さまの協力があってのことだ。
「キューピッドさまもご苦労さま」
「じゃあ、褒美をくれるかい?」
そう言われると思ったので、自分から彼にキスをしてみた。場所は褒美を強請った唇に。
「それだけじゃ物足りないな」
「きゃっ……!」
いきなり横抱きにされ、大股で歩き出したノルベールの首に縋り付く。
「どこにいくの?」
「誰も邪魔の入らないところ」
そう言って向かうのは二人の寝室だ。
「まだ日も高いのに? あなたこれから仕事じゃなかった?」
「休みだ。休み。休む」
「それでいいの?」
「まあ、何とかなるだろう」
そう言ってベッドの上に起こされて、彼がクラバットをシュッと音をさせて外すのに見惚れていたら、いきなり廊下側のドアが開いた。
「ノル!」
「何だ? 邪魔するな」
ノルベールは私しか見ていない。そんな彼の首に腕を回して止めた者がいた。
「フィル?」
「悪いな。急ぎの用だ」
「俺、今日はやす……」
「さあ、行くぞ」
有無を言わせずフィルマンは、ノルベールの首根っこを掴む。ノルベールは情けなくもズルズル引きずられて行った。
「ユノ……、なるべく早く帰ってくるから……」
それでも抵抗するかのように言うノルベールが必死すぎて、可愛かった。思わぬ二人の相互関係を見たような気がしたけど、フィルマンは子供の頃から相手に適わないと思わせる何かがあった。
「今日はノルの大好きなビーフシチューでも作ろうかな」
愛しの旦那さまの為に、私は愛妻料理を振る舞うべく調理場へと足を向けた。