34話・王太后陛下がいなくなった?
「ユノ! ユノ、大変だ──」
「どうしたの? ノル。そんなに慌てて」
ある日、ノルベールが慌てて帰ってきた。彼の「大変だ」と、言う言葉は、彼の仕事柄良くある事なので、今回も大袈裟に言っているだけかな? と、思っていたら、とんでもないことになっていた。
何と、王太后陛下がお住まいの西離宮からいなくなったと言うのだ。王太后陛下は今の陛下の母親で、前陛下が亡くなってから西離宮へ移り住まれている。
心ない一部の者からは、大公国の姫だった王太后陛下は気難しく、我が儘だと言われていた。私は初めて第1王子のフィルマンと引き合わされた時に、私達の交流をニコニコと見守っていた美しい王妃さまのことを覚えている。
気難しい顔をして見ていたのは前陛下の方だった。子供心に怖いと感じていた。前王妃さまは私達に優しかった。フィルマン王子と軽口を叩くくらいに仲の良さが見えた。その為、私はフィルマン王子が前王妃の実子だと思っていて帰り際、彼に「すてきなおかあさまね」と、言ったら、彼は迷いなく頷き、「ぼくのじまんの、ははうえさまなんだ」と、言っていたのを覚えている。
成長するに従って、フィルマンは陛下の寵愛していた女性の息子で、前王妃さまの実子は第2王子だと、周囲の話から知ることになったが信じられなかった。
──あんなにも仲の良い母子が?
私達貴族は政略結婚が主流なので、継母と継子の話は良く聞く話だ。お茶会で知り合ったご夫人の中にも、父が母親を亡くして新たに妻を娶ったが、その母親と嫁いだ今も折り合いが悪く、実家に顔を出しにくいという方もいるし、嫁いだ相手が流行病で亡くなり、次に嫁いだ相手にはすでに子供がいて、その子供が懐いてくれなくて警戒しているのか、手を焼かされているという夫人もいた。
でも、フィルマンと王太后陛下には、そういうギスギスした関係性は感じられなかった。
──その王太后陛下がいなくなった?
「どうして?」
「現在、調査中だ。どうも毒を盛られていたらしい」
「……!」
「陛下が捜索を命じられているが、フィルマンも躍起になって調べている」
フィルマンも、王太后陛下のことを心配しているようだ。
「王太后陛下に毒を盛るなんて……、誰が?」
「分からない。王太后陛下は若い頃には我が儘だとか、気位が高いとか中傷されていたようだが、俺から見る限り他人から恨みを買うような人じゃ無い。前陛下が亡くなってから、その喪に浸るように静かに暮らされてきた御方だ。聞く話によるとここ最近、食事に警戒されていたようで、まともな物は口にしていなかったと聞く」
王太后陛下は、前陛下を慕っていたと聞いていた。私から見れば、女好きの節操のない男で、どこに惚れる要素があったのか全く分からない。王太后陛下はあんな男には勿体ないほど、素敵な御方なのに……。