30話・王妃さまは石女
それからしばらくは何事もなく、穏やかな日が続いた。さくらを攫おうとした一味については、騎士団長みずから激しく取り調べをして、何やら分かった事があったらしく、それはフィルマンに報告されているらしい。
ノルベールは相変わらず研究室に詰めるようになり、私は交流のある奥さま達とのお茶会で、様々な話を耳にした。
そこで見かけない夫人が陛下のことを話題にしていた。二十代くらいだろうか? 初顔から見るに恐らく初めて参加するこの茶会で浮かれているように思えた。しかし、ネタが悪すぎる。彼女は自分の従妹が王宮で女官をしているのだと、自分のことのように自慢し、明け透けに陛下にはご執心の彼女がいると打ち明けた。
その辺りは、この茶会に参加している情報通の皆が知っていることなのであまり驚きはしない。皆、平然と聞き流している。それが大人の対応だ。その反応がつまらなかったのか、彼女は言ってしまった。
「陛下はそのお気に入りの彼女に部屋を与え、毎晩通われています。お相手の女性はシールズ伯爵令嬢なのですよ」
陛下の愛人の名前を口にしたことで、皆が批難の目を向けたが気にしてないようだ。王家のそういった恥部に関しては、見て見ぬ振りをするのが当然なのに、彼女は知らないようだ。皆の目が一斉に自分に向いたことで関心を得られたと思ったのだろう。聞きたくもない話をペラペラ語り出す。
確かに両陛下にはお子様がいない。
王妃殿下は以前、婚約者だった第1王子に婚約解消されたことで周囲から同情されていた。婚約解消とは言っても、一度は王家に嫁入りが決まっていたものが直前で駄目になったのだ。父親の公爵は怒り、彼女を屋敷から追い出しかねない勢いだったとも聞く。
それを見かねた第2王子が彼女に求婚して公爵の怒りを収めたとか、第2王子はもとから彼女に好意を抱いていたが、兄の婚約者だということでその想いを封印してきた。婚約解消と聞いて動いたのだとまことしやかに噂されてきた。
女性達は兄に振られて嘆く彼女を、第2王子が慰めていくうちに愛が育まれて……と、いう誰が言い出したか分からない話をお茶会で美談のように語ってきた。印象操作だ。誰の意図かは考えるでもない。王家の意向が働いていた。
両陛下は人前では仲の良さを見せ付けていたし、私もお二人が不仲だなんて想いもしなかった。ノルベールに真相を聞いても、信じられなかったくらいだ。
──あのお二人が仮面夫婦だったなんて。こんなこと誰にも言えないけど。
「王妃さまは石女らしいですわ。だから陛下が他の女性に走ったのかもしれませんわ」
彼女は王妃さまが子供に恵まれないから、陛下は他の女性に走ったのだと。子供を産めない王妃が悪いのだと批難した。
貴族の女性達にとって、妊娠については重要な問題事項だ。気軽に口に出した彼女の気が知れなかった。