29話・二人は大丈夫
「お疲れでしょう? 先にお風呂に入って少し休んだら?」
「うん。そうする」
そう言いながら彼は私の手を握ってきた。そして顔を寄せてきた。
「ユノ。なんなら一緒に入る?」
「もう馬鹿」
彼から手を離そうとしても、握り込まれて無駄だった。
「もうさ、宛てられたよ」
その一言で、誰のことを察しているのか分かった私は「しょうがないわねぇ」と言いながら、お風呂場まで付き合ってあげた。一緒に入るのは遠慮した。だって恥ずかしいから。
いくら夫婦だと言っても、それ以上の恥ずかしいことしているじゃないかと言われても、夫と一緒にお風呂に入るのは相当な勇気がいる。もう先にお風呂は済ませていたし、「また今度ね」と言って逃げ切ると、ノルベールは渋々一人でお風呂に入ることにしたようだ。
その晩の寝物語は、さくらとフィルマンの話題が尽きなかった。私達にとって二人が出会うことは悲願でもあり、希望だったから心底、嬉しかった。
でも、フィルマンは、偽者サクラの背後にいる者をあぶり出す為に、今はまださくらをペアーフィールドに置くべきではないと考えていて、サクラメントで保護してもらうことを望んでいたようだ。
「せっかく会えたのに……。二人はこのまましばらく会えないままなの?」
「その辺は問題ない。二人がいつでも会えるようにしてきたから」
両思いの二人が、周囲の思惑によって一緒にいられないなんて切なすぎると言えば、ノルベールが自身の胸を叩いた。
「どういうこと?」
「ペアーフィールド屋敷にあるあいつの寝室のドアと、サクラメントにある彼女の部屋のドアに転移術を施してきた」
「それってドアを開けたら、すぐに相手の部屋に繋がっている?」
「そうだよ。昔、俺達も使ったことがあるやつ」
ノルベールと結婚する前。彼と思いを通じあって恋人同士になった私は、文通だけでは心許なく感じられて「いつでもあなたと会えたら良いのに……」と、手紙に書いたことがあった。
すると数週間後。彼は私の前に突然現れた。きっかけは部屋の壁に、いつの間にか見慣れないドアが着いていたこと。何これ? と、思って眺めていたら、そのドアがいきなり空いて、「やあ」と、彼が姿を見せたのだ。その時は驚きすぎて腰を抜かすかと思った。
ノルベールは、思いつくとすぐに行動するタイプ。突拍子もない行動は、当たり前となってきていた。あの時ほど驚いたことはない。
「でも、その転移ドアがあるなら、二人が住む場所が離れていて遠距離恋愛になるかも? と、不安に思ったけど何とかなりそうね」
「せっかく会えたのに、また会えなくなるのでは不憫過ぎるだろう」
フィルには幸せになって欲しいからな。と、ノルベールが呟く。彼の胸元に頬を寄せて「私も」と呟けば、彼の温もりに優しく包み込まれた。