27話・さよならは言わない
「恐らく相手は異世界から来たきみを欲しがっている。異世界の情報を知りたがっているとでも言えば良いか」
「わたしの持っている情報なんて、大した事は無いですよ。この世界には魔法とかあるし、わたしがいた世界よりも遙かに凄いと思います」
「まあ、納得出来ないかも知れないけど、相手の狙いがそうなら、きみが記憶を取り戻したと知れば接触してくる可能性がある」
「だからミュゲのままでいた方が良いということですね。分かりました」
さくらは落ち着いていた。内心は不安でいっぱいだと思う。でも、彼女には私達がついている。
「一応、きみの身を守る為にこれを渡しておくよ。御符のペンダントだ。何かあれば助けてくれる」
「これが御符?」
さくらにノルベールが渡したのは、御符をペンダントにしたものだった。滴型の青い石は魔石で、本人の身に危険が迫った場合、安全な場所へ避難出来る優れ物。私も過去何度かお世話になったことがある。
半信半疑のさくらに付けてあげた。
「ノルの御符は100人力よ。これであなたは何者からも物理的な攻撃からは守られるわ」
「そんな凄いものをありがとうございます」
「ようやくきみに渡すことが出来た」
ノルベールはこれを、何かあった時の為に密かに制作していたようだ。彼の計画では、この御符ペンダントはフィルマンから彼女の手に渡る予定だったらしい。
そのことを寝物語に聞かされる事になろうとは、この時の私は知らないままだった。
私達夫婦は一週間ほど屋敷に滞在した。その間、私はさくらと仲良くなり、街に二人で買い物に出たり、観光名所にお祖母さまやノルベールも一緒に出かけたりして過ごした。楽しい時間はあっという間で、王都に帰る日がやってきた。その頃にはさくらと別れるのが惜しくなるぐらい、彼女のことが好きになっていた。
さくらは目を潤ませて見送りに出てくれた。それを見たら抱きしめたくなった。
「そんな顔しないで。また、近いうちに会えるわ。私達は会おうと思えばいつだって会えるのよ」
だからさよならは言わない。そう決めてさくらに微笑むと彼女は力なく笑い、馬車に乗り込んだ後の私達に向けていつまでも手を振り続けてくれた。それが何となく嬉しかった。