22話・記憶がない女性
「お祖母さま~」
「いらっしゃい。ユノ、ノルベールくん」
「お久しぶりです」
サクラメントのお屋敷に着くと、玄関先でお祖母さまが使用人達と出迎えてくれた。隣には例の彼女がいた。
「こちらがミュゲさん?」
「初めまして。こちらにはヴィオラさまのご好意で住まわせて頂いております」
ミュゲは黒髪に琥珀色の瞳をした、綺麗な女性だった。清楚な感じがするお嬢さんだ。言葉遣いも丁寧でお祖母さまが気に入った理由が、何となく分かったような気がした。
私の隣で「彼女だ」と、ノルベールが呟く。ノルベールはフィルマンの夢の中に入って「さくら」を見たことがある。もしかしたら彼女がその?
彼女は慎ましい女性に思えた。私はミュゲに好感を抱いた。この世界の特権階級者の女性は特に、多少なりと傲慢な一面を持っている。それが彼女からは一切見受けられなかった。
「わたしは嫁ぐまでお祖母さまと一緒に暮らしていたから、その後を心配していたの。でも、あなたのような人がお祖母さまの側にいて下さって安心したわ」
「ミュゲはとても良い子なのよ。朗らかな子で使用人の皆とも仲が良いし」
「それは皆さんが良くして下さるので」
「ミュゲさんは、すっかりお祖母さまのお気に入りね」
お祖母さまはべた褒めだった。気持ちは分かるような気がした。私やお祖母さまは立場柄特殊だ。使用人達と対等な立場で考える人は、貴族の中では少ない方だ。
私達は使用人達を家族の一員として迎えていたから、使用人を家具のようにしか考えていない高位貴族とは考えが相容れなかった。ミュゲは使用人の皆とも仲良くしているようだ。
ノルベールは、ミュゲに下手に話しかけてボロを出さない為だろう。沈黙していた。それをお祖母さまは怪訝そうに見ていたけど、何も言わなかった。
「二人とも長い移動に疲れたでしょう? 中へどうぞ」
お祖母さまに促されて応接間へと移動しようとしたら、ミュゲは馬車から荷下ろししている使用人達に混じって、荷物を運ぼうとしていた。
「ミュゲ。何処へ行くの? あなたはこっちよ」
「はい」
お祖母さまが苦笑しながら彼女を招き寄せる。彼女は打算なくそういった行動が取れる人なのかと思うと、ますます気に入った。
彼女は控えめな人だ。お祖母さまのお気に入りだからと言って侍る様子も見せなければ、私達を前に遠慮していた。
お祖母さまに促されて居心地悪そうに、隣に収まるとノルベールは彼女に聞いた。
「きみは記憶がないそうだね?」
お祖母さまからの手紙の内容は彼にも伝えてあったし、お祖母さまも彼女には失った記憶を取り戻す件で、私達が訪ねてくることをミュゲに伝えてあったのだろう。彼女は頷いた。ノルベールは一か八かの心境で訊ねた。私は思わず両手を握りしめてしまった。