21話・私は毒されているのかもしれない
ノルベールは、私が子供を望んででもいるとでも思っているのだろうか? とんだ勘違いだ。間違いを訂正すべく前世のことを口に出せば、彼は遠い過去を懐かしむようにして言った。
「あなたは前世ではどうだった?」
「俺は塾に通っていた。勉強漬けだったよ。俺の場合は夢なんて抱いてなかったな。夢も希望もなかった」
「そうなの?」
「親が転勤族だったからさ、同じ場所に留まれないし、誰かと仲良くなってもすぐに別れる事になるって知っていたから、過剰に期待しないようにしていた」
「そう」
彼もやや不憫な状況にあったらしい。子供の頃の彼に同情していると、私が沈んだように見えたのか、彼はわざとらしく明るく言った。
「ああ。でも、今生では友人にも恵まれたし、可愛い嫁さんにも恵まれた。これ以上、何かを望んだら俺、罰が当たりそうだよな。あ──、腹減った。あそこの店、どう?」
あそこの店で何か食うか? と、手を引かれる。頷くと彼は大股で歩き出した。私は小走りぎみに付いていく。
「ノル。早いよ。少し、ゆっくりお願い」
「ああ。悪い、悪い」
「もう、ノルったら」
ノルベールは、私の指摘で歩く速度を緩めた。一つのことに夢中になると、他のことが疎かになりがちな彼。でも、嫌いにはなりきれない辺り、私は毒されているのかも知れない。ノルベール・アガリーという人に。