20話・私達の夫婦事情
早くに人生に諦めが付いていたせいなのか、私は親が勧めた大学に行き、親が希望した大企業に就職することが出来た。就職が決まった時、両親は大喜びしていた。親としてはやり尽くした感があって「良かった」「良かった」と、口々に言う。
私は自分のことなのに、それをどこか他人事のように受け止めていた。就職試験も面接も頑張ったのは自分のはずなのに、その成果が現れた結果だと言うのに喜べなかった。
心のどこかで、親に押付けられたことをやり通しただけという思いが締めていたせいなのかもしれない。
「ユノ?」
「ん……?」
向かい側の座席で目を瞑っていたノルベールが、目を覚ましたようだ。
「そろそろドナートに着くみたい」
「ドナートはパスタが美味いからな。食事にするか?」
「うん」
窓から見える街並みに目をやって彼が言う。馬車を降りると、目の前を10歳ぐらいの子供達が駆け抜けていった。
その背を見送ると一瞬、前世の自分が、高架下で夢を語っていた頃の自分達が見えた気がした。
「ユノ?」
「何でもない」
「悪いな」
そう言いつつ、ノルベールが手を繋いできた。彼は誤解しているようだ。
「本来ならあの年頃の子供がいてもおかしくないのに」
「何言っているの? 別に私は望んでないわよ」
実は私達には子供がいない。その事でノルベールは私に引け目を感じている。魔術師としての能力に優れた彼の唯一の弊害が、子種がないこと。
それは結婚して3年目に分かり、彼は一度私を解放すべく離婚を切り出してきたこともある。でも、それを拒んだのは私だ。女の幸せが子供を抱くこととは限らないと言って。私は彼の事を愛している。貴族としては家の存続を大事に考えるべきなのだろう。
大概の貴族の結婚は政略ありきで、まずは家と家との結びつきを考えて婚姻が結ばれる。3年経っても子が出来ない場合は、離縁もあり得る。
私は彼と別れたくなかった。私がそれでもあなたと一緒にいたいのだと言ったことで、切り詰めたような表情で「離婚しよう」と、言ってきた彼は、安堵したようだ。泣き笑いのような表情を浮かべて「ありがとう。ユノ」と、抱きしめてきた。
こんな情けない表情の彼も私は好きだ。彼を手放せないと思ってしまうぐらい愛している。
「でも今……」
「ああ。今の子供達を見て、前世の自分を思い出していたの。あの頃は夢も希望もあったなって」
「夢や希望か」