19話・前世の私
夫のノルベールが長期休暇をもらったのは3年ぶり。私の実家に帰省して以来だ。彼の魔術師としての能力を、陛下を始め、皆さんが買ってくれているのは良いのだけど、毎日休みなく働いている状態なので気が気でない。
もしかしたら陛下以上に忙しいのでは? と、勘ぐってもいる。
その彼は馬車に乗り込むと、馬車の揺れで眠りに誘われたのか寝入ってしまった。その間、私は窓から映る景色を楽しむことにした。
王都に住んでいると、特に出歩くこともないし、私にとっても帰省は楽しみでもある。彼は子爵の爵位持ちでもあるので、お屋敷では私は奥さまと呼ばれて、使用人達に傅かれている状態だ。
前世とは違って自分で洗濯もしたことがなければ、買い物もしたことがない。料理、洗濯、身の回りのことですら使用人がしてくれる生活。前世で夢見た世界がここにあった。
前世では中流家庭に生まれ育った。父は中小企業会社役員。母は保険外交員をしている。子供の頃から塾に毎日のように通わされていた。親は言った。人生は学校の成績でほぼ決まると。
だからといって両親が高学歴の持ち主と言う訳ではない。父は学生の頃から起業家に憧れていて、自分で会社を起こそうと考えていたらしいが、現実は険しく、自分では無理だと諦めて就職したらしい。
母は旅行会社の仕事をしていたが、ほぼ女性達は腰掛け状態で、次々寿退職していく。そのうちいつまでも居残っている母に、上司から「結婚はしないのかね?」「誰か良い人はいないのかい?」と、言われるようになり、口うるさい上司から逃れるようにして、付き合っていた父と結婚したのだと言っていた。
学校では私のように、親に期待をかけられて塾通いをしている子は少なくなかった。逆に塾に通っていない子の方が稀だった。ほぼ勉強漬けの毎日。自由がなく、たまに塾帰りに塾仲間とスーパーへ寄って、駄菓子を買うのが楽しみになっていた。皆とは夢を語り合った。
ある子は父のように、イベント会社を興すのだと言っていた。幼い頃に遊園地で見たヒーローショーが忘れられないと。だから今度は自分がご当地ヒーローを生みだして、この地に定着させるなんて言っていた。
ある子はアイドルになりたがっていて、密かに親の目を盗んでオーディションを受けまくっているらしい。大手会社からお誘いがあったら、その時は親に打ち明けると言っていた。
他には手堅く教師を目指したいが、教員資格を取っても採用される学校があるかどうかと思い悩む子もいたし、親の持つ建設会社を継ぐべく勉強している子もいた。
塾が終わると駅の高架下で、駄菓子を頬張り皆で夢を語り合った。あの頃のユノの夢はお嫁さんになること。親の願いとは別に解放されたかった。
どうせ進学や就職には、親が口だししてくるのは目に見えている。自分の人生なのに、ままならないものだと考えていた。