18話・お祖母さまからの手紙
ノルベールが研究室に帰って、色々と調べた所、召喚術に綻びがみられたらしい。その綻びにはノルベールではない魔術師の触れた形跡があり、どこかに転移の重ねかけがされていて、恐らく本物のさくらはそこに飛ばされたらしいと、帰宅したノルベールがぐったりして言った。
「やられた。何者か分からないが俺が召喚術に気を取られている隙に、脇からちょっかい出されていた」
「相手は誰か分かったの?」
「いいや。身内でないのは確かだ」
ここでノルベールの言う身内と言うのは、自分の部下の王宮魔術師達の事だ。信頼している部下が裏切ってなかったのは幸いだった。
でも、そうなると、別の誰かがさくらを攫ったことになる。ノルベールや、フィルマンはそれから必死に「さくら」の行方を捜した。でも、芳しい情報は得られないまま、さくらの捜索だけに日々が費やされて行った。
フィルマンは本物のさくらの行方を探るべく、偽者サクラを泳がせていたけど、相手はなかなか尻尾を掴ませない。焦燥感だけが、フィルマンとノルベールの肩にのし掛かって来る。
特にノルベールは、フィルマンの為にと行動した結果、二人に取って悪い結末になってしまったと、嘆くようになってしまっていた。
そこへお祖母さまから久しぶりに手紙が届いた。その手紙の中に最近、記憶喪失らしい女性を保護した。と、書いてあり、もし良ければノルベールに彼女を見てもらいたいとあった。
お祖母さまはその女性を「ミュゲ」と、名付けて側に置き、親身にお世話をしているようだ。その女性はある日、森の中で倒れているのを見つけたようで、スズランの花の輪の中に倒れ込んでいたから、そこから「ミュゲ」と、名付けたのだと説明があった。
私はこのミュゲが気になった。彼女に会ってみたくなった。お祖母さまは表向きには気の良い夫人を演じているが、実は結構、人を見る目は険しい方だ。ニコニコと微笑んで見せていても、よそ者や馴染みのない者には一線を引いて、距離を取ることが多い。
それなのにこの「ミュゲ」に対しては、文句なしに気に入ったようで、常に側に置いているらしい。それだけお祖母さまのお眼鏡に適った彼女が、どのような人物なのか確かめたくなった。
私も嫁いでからは、お祖母さまのことは気になりつつも、3年前に里帰りしてからは、なかなか帰省出来ないでいた。
私がいなくなってから、人づてに聞くお祖母さまはやや、気落ちしているとも聞く。お祖母さまは彼女のことを「今時いない、良いお嬢さんだ」と、褒めまくっているので尚更、心配だ。素性の知れない女性にそこまで入れ込むなんて。騙されたりしていないと良いけど……。
帰宅したノルベールに、お祖母さまから届いた手紙のことを打ち明けると、私の心配を見て取ったのか、
「じゃあ、長期休暇をぶんどってくるから、ヴィオラ夫人のところに会いに行こう」と、転移して王宮に戻って行った。行き先は陛下の執務室。
帰ってきたばかりなのに無理をさせてごめんね。と、内心、誤っていると、彼はすぐに帰ってきた。
「緊急徴集に応じるなら二ヶ月だろうか、三ヶ月だろうが良いってさ」
「良いの?」
「陛下のお許しが出た。緊急時には転移することでケリがついた」
「まさか脅してないでしょうね?」
「いや。陛下はちょっとお目出度いことがあったらしくてさ、反対もなかった」
「へぇ。ご機嫌だったの?」
「まあな。王妃が知ったら荒れるかも知れないけど。俺達には関係ないことだ」
何のことかは分からないけど、陛下が機嫌良く長期休暇をくれたと言うのだから、もらっておこうとノルベールは言う。
さっそく翌日に私達は、サクラメントを目指して屋敷を出た。