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9話・わたしは誰?




「……さん。お嬢さん」


「ん……?」


「そのような所で横になっていると、妖精に攫われますよ」










 わたしは肩を揺すられて目が覚めた。木々の隙間から柔らかな日差しがこぼれ落ちる。森林の香りが心地よく感じられた。どうやら森の中にいるようだ。




 優しい声音に誘われて身を起こすと、白い日傘を差した老夫人と目があった。声をかけて起こしてくれたのはこの女性らしい。品の良さそうな老夫人は、一人の背の高い若い男性を連れていた。二十代後半くらいだろうか? 若者は茶髪に焦げ茶色の瞳を持つ端正な顔立ちをしていた。




 体を起こして気が付いたが、自分は白い小さな鈴のような花が幾つもついた、スズランの花が取り囲む輪の中にいたようだ。




「ここは……?」


「サクラメント領ですよ。私はヴィオラ・ラウルス。この森を抜けた先の屋敷に住んでいます。あなたはどなた? どこからいらしたの?」


「わたしは……、わたしの名前は──」




 美しい紫色の瞳を持つ白髪の老夫人ヴィオラは、髪を後ろで一つにまとめていた。その夫人に訊ねられて答えようとしたところ、何も言えなくなった。自分の名前が分からなかったのだ。




「あの、わたしは……、その……。な、何で? 分からない。なぜ?」




 自分の名前どころか、どうしてここにいるのか? 今までどこにいたのかなど記憶にない。何も思い出せなくて気ばかりが焦る。何だか不安で怖くなってきた。


 両手で体を抱えて戸惑っていると、ヴィオラが言った。




「このままにはしておけないわ。うちにいらっしゃい」


「あの。わたし、何も分からなくて……。ご迷惑では──」


「尚更、そのようなあなたをそのままにはしておけないわ。遠慮しなくてもいいわ。一応、お医者さまにも見て頂きましょうね。あら、あなた靴を履いていないのね?」




 どうしましょう。困ったわ。そう言いながらヴィオラは、自分の連れている背の高い若い男性を見上げた。




「ゲッカ。悪いけどお屋敷から何か穿くものを持ってきてくれないかしら?」


「あ。奥さま。オレの作業用の靴の予備で良かったら、今あります」


「じゃあ、それを貸してくれるかしら?」


「はい。お嬢さん。ちょっと汚れているけど、取りあえずこれで我慢してくれるかな?」




 そう言って老夫人にゲッカと呼ばれた彼が差し出して来たのは、スリッパのような履き物だった。スリッパと頭に浮かんだ情報に、少しだけ安心する。何もかも分からないのではなくて、何かしらの情報は頭の中に残されているようだ。


 ゲッカから渡されたスリッパを履いて、二人の後を付いていくと、森を抜けたところで煉瓦造りの西洋風の建物が見えてきた。




──西洋風?




 頭の中に浮かんだ言葉に、何か反応しそうになったのに淡雪のように触れそうになった意識が霧散する。


「お着替えをしてもらっても良いかしら? あなたが着ているその服は汚れているし、洗いましょうね」





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