9『すべての道はログに通ず』
――バシュン!
「ぎゃっ⁉」
鋭い音がしたかと思うと、クー・ローマックが倒れ伏した。
音がした方――部屋の入口を見てみれば、
「軍警察⁉」
軍警察官数名が雪崩れ込んでくるところだった。
警察の1人が、電撃を受けて動けないでいるクー・ローマックを後ろ手に拘束した。
「アンタ!」
クー・ローマックが、血を吐くような叫びを先輩に投げかける。
「ゼロスキルなんてウソじゃない! ここまで詳細な探査能力! それを裏付けるログまで調べて! 上級魔法の【探査】でもできっこない! 聖級魔法【万理解析】でしょ⁉」
「ウソじゃねーし」
先輩が、冷たい目でクー・ローマックを見下ろす。
「ウソよ! アハハ! 私は帝国の捕虜という扱いになる。そしていずれは捕虜交換で本国に戻るわ! そうしたら、帝国がグーハ陸戦条約で禁じられている『召喚勇者のスキルの戦争利用』をしているって事実を世界中に喧伝してやる! 今まで中立を保っていた国々も、帝国と敵対するでしょうね! ざまぁみろ! 帝国はおしまいだ!」
ショウカンユウシャ――え、召喚勇者⁉
あまりにも強力なスキルが危険視されて、勇者同士が戦ったら世界が滅びかけないからという理由で、モンスター退治以外に対する使用が禁じられた究極の存在、勇者。
先輩が、その勇者だって⁉
「いかにも私は地球からこの国に拉致られてきた被害者出席番号25番だけど」
先輩が溜息をつく。
「ゼロスキルってのはホント。アンタも知ってるでしょ? あーしがお弁当も温められないくらい、魔力が少ないってコト」
「そんな……じゃあ、本当に?」
クー・ローマックが絶望の表情で先輩を見上げる。
「そ」
先輩が、得意げに笑う。
「すべての道は、ログに通ず――このクソみたいな異世界で、あーしが唯一好きな言葉だ」
「王国万歳!」
そのとき、クー・ローマックが叫んだ。
クー・ローマックが――クーちゃんが、僕を見て、笑った。
「さよなら、楽しかった――【大爆裂】ッ!」
クーちゃんの体が光に包まれる。
「「「【物理防護結界】ッ!」」」
クーちゃんを取り押さえていた軍警察官が慌てて飛び退き、他の軍警察官たちが結界を発動させ始める――が、間に合わない!
「先輩!」
僕は全力で走り、先輩に突進した。
激しい破砕音。
天地が引っくり返ったような衝撃。
全身のあちこちが痛い。
痛いけれど――…僕の鼻先に、何やら暴力的なまでに柔らかい何かが押し付けられている。
「ぷはっ⁉」
息ができず、慌てて顔を上げると、
「あはは、土壇場で庇ってくれるとか……男の子じゃん」
先輩の、少し照れくさそうな顔。
と、とととということはつまり、僕の顔がさっきまで埋まっていたのは――
「うわわわわっ⁉ すみま――ぎゃあ⁉」
背中に鋭い痛み。
「少年⁉」
軍警察官の一人が駆け寄ってきた。
「もう大丈夫だ。【中治癒】」
じょじょに痛みが引いていく。
「ったく、人間爆弾なんて」
先輩が溜息をつく。
「そうだ! クーちゃん――クー・ローマックは!?」
振り返ると、クーちゃんが横たわっていた。
軍警察の1人が治癒魔法をかけている。
助かるかどうかは分からない。
助かるべきなのかどうかも、今の僕には判断できない。
頭を振って気持ちを切り替え、
――そうしてようやく、気付いた。
「あれ……? 何、この煙?」
クー・ローマックの自爆と同時に発生した煙が、いつまで経っても晴れないことに。
そしてその煙が、曰く言い難い臭い――果物が腐ったような臭いをしていることに。
虫寄せの香木、ルヨガシムの木の臭いをさせていることに!
――ヴゥゥゥウウウウウ!!
「あぁ……何てこと」
オペレータの、切羽詰まった声。
「全サーバからの応答、途絶えました!!」