8『真相』
「……本当に、先輩がスパイだったんですか?」
先輩は、無表情だ。
事ここに至っても、僕は先輩を悪人だとは思えない。
確かに仕事はしないさ。
けど、1年前、入社したてで右も左も分からなかった僕に手取り足取り仕事を教えてくれたのは、先輩なんだ。
先輩はぞんざいな口を利くけれど、その実、とても面倒見が良い。
僕ほど、先輩にお世話になった人間もいない。
今でこそ、仕事を全て僕に振り、自分はヒマつぶしに興じる先輩だけど、昔はそうじゃなかった。
僕が戦力になるまでは、電話応対・雑務をこなしつつ、その上で僕に丁寧に指導してくれた。
目の下にでっかいクマを作って、毎日毎日深夜まで働いていて、それでも僕に対しては『余裕余裕』って感じで接してくれて。
どっちが、先輩の本当の姿なんだ?
「答えてくださいよ、先輩!」
「悲しいなぁ」
先輩が無表情で呟く。
「ルーくんも、あーしを疑うんだ」
「信じたいです。でも」
こうして証拠まで出てきてしまった。
「あーしじゃないって証拠があれば、信じられるってこと?」
「は、はい」
「かーちょ」
いつもの、先輩の涼し気な声。
「もういいでしょ?」
「困るよジュリアちゃん」
「りーむー。可愛い後輩にまで疑われるとか、ちょっと耐えらんない。あーしのメンタルがクソ雑魚だって課長、知ってるでしょ? あとちゃん付けすんなし」
「もう、君は本当に」
課長が受話器を取る。
「先輩?」
――バサバサ!
先輩が、クーちゃんに紙束を投げつけた。
「何です、コレ?」
クーちゃんがそれを拾い上げる。
「先月からの水道使用ログ」
「水道の?」
「そ。この基地ってめっちゃ地下にあるでしょ? だから、給排水は超厳格に管理されてんのね」
「それが、この状況とどう関係するって言うんですか?」
「アンタが入社したその日から、爆上がりしてんのね。今度の新人めっちゃ手ぇ洗うやんって思ってた」
「なっ」
「しかもその日から、バグが増えたのよね。その香木、めちゃくちゃ臭うよね。大変だね、そんなに手荒れするまで手ぇ洗わなくちゃならないなんて」
「これは私が潔癖症なだけです!」
「じゃ、これは?」
――バサバサ!
「全社員の出退勤時間のログ。アンタ、今まで一度も8時以前に出社したことなんてなかったのに、今日に限って7時45分に出社した。何のために? 毎日8時15分出社のルーくんに見られちゃまずいことでもしてたのかな?」
「たまたま早起きしただけです!」
「じゃ、これ。各人のキャビネット開閉ログ。あらら、知らなかったって顔してるね? だってほら、ここ、帝国軍の情報という情報が集積してる秘密基地なんだよ? するでしょ、このくらいの用心は」
「じゃあなんで、キャビネットに鍵かけてなかったの⁉」
「わざとに決まってるでしょ。っていうか何であーしのキャビネットの鍵空いてるの、知ってるわけ?」
「っ! こ、こんなの全部出任せよ!」
「はいこれ。アンタの、ファイルサーバへのアクセスログ。部隊の配置計画に兵站計画、司令部の設置場所。ド新人のアンタの業務には不必要な機密情報ばっかり。ま、アクセス権限がないから全部弾かれてるけどさ。普通、アクセスログ、全部取られてるとか思わないのかな?」
先輩が、冷笑する。
「あぁ、そうか。帝国民じゃないアンタは、こういうITの常識に疎いんだね。サーバもネットも、未だ帝国の専売特許だもの――ね、敵国のスパイさん?」
「貴様ぁああッ!」
クー・ローマックが、服の下から鋭利な木製ナイフを取り出す!
「金属探知機が入口に設置されているのは知ってたのか。どうやって知ったのかな? あ、入社教育で言ってたっけ」
「戦時国際法違反の召喚勇者めッ!」
クー・ローマックが先輩に飛びかかる!
「先輩逃げて!」