第4話 3歳の初体験!
風が心地良い――いや、嘘だ。
空気は薄く、風が心地良いどころかとても寒い。
寒さで耳と頬は赤く染まり、吐く息は白く染まる。
「カナデ、周りを見てみろ!」
カナデは冷たくなった手に息を吹きかけ手を温めると、辺りを見渡した。
そこには一面に広がる壮大な雲海が周囲に浮かんでいる。
「うわぁ~!」
こんなにも壮大な雲海を見たのは、元の世界、北海道にあるスターフィールドリゾートトマムの雲海テラスで見た雲海が初めてだ。
そして今、生まれて初めて、この世界初となる雲海を体感している。
「どうだカナデ、青龍に乗り空を飛ぶのは気持ちいいだろう!」
すごい! 本当にすごい!
語彙力がなさ過ぎて、この臨場感をどう伝えればいいのか分からない。
「すごい! すごい!」
この凄さをどう伝えればいいか分からないが、強いて言うとすれば、風の影響をあまり受けずに、飛行機の両翼に立ち空の旅を楽しんでいる。そんな感じだろうか?
父様は風の抵抗を抑えるため、青龍に乗る時は必ず風魔法を使い気流を操作している。
そのおかげで俺は風の影響をあまり受けることなく、壮大な雲海を直接目にすることができている。欲を言えば母様の得意な熱魔法で、周囲の気温を適温まで引き上げてほしいが、今ここに母はいない。
危険だからと反対する母を押し切り、父様は眷属の青龍を呼び出すと、半ば攫う様にして飛び立ち、この光景を見せてくれている。
帰宅次第、母様の雷が落ちることになるだろう。
たまに思い出したかのように苦悩する父様の姿からそれを察する事ができる。
だったら無理して連れて来てくれなくても良かったのに……。
とはいえ、何事においても感謝の言葉は必要だ。
「父様。連れて来てくれてありがとう。」
「ああ、また一緒に空を飛ぼう。」
そう言うと、父様は俺にとびきりのハニースマイルを決めてくる。
うん。この人いつか絶対に刺されるな……俺はそう確信した。
俺は男の子だから大丈夫だったけど、女の子だったらヤバかった『将来大きくなったらパパと結婚する』と言ってきかなかったかもしれない。
あの甘いマスクに、ハニースマイルは危険だ。
女性限定で、キラースマイルと言っていい程の破壊力を秘めている。
いや、一部の男性もあのキラースマイルならイチコロかもしれない。
あのスマイルで数多の女性を突発性の狭心病と失神に追い込んできたのだろう。
話が脱線した。そんな事はどうでもいい。
そもそも、なんで俺をここに連れて来たのか、それを聞いていない。
父様もまさか雲海を見せたくて青龍に乗せてくれた訳じゃないだろう。
「父様はなんで雲海を見せてくれようと思ったのですか?」
「うん? うーん。言いづらいな」
父様はそう呟くと、少しハニカミながら俺の頭をポンポン撫でる。
なぜにポンポン?
俺ときめかないよ?
「カナデは今の俺の姿を見てどう思う?」
父様の姿を見て? 当然、カッコよかったと言わざる負えない。
青龍に乗り金髪を靡かせるその様は、側から見ていてとても絵になる。
「父様? カッコいいよ」
「そうか。カッコいいか!」
どうやら、父様は俺にカッコいい姿を見せたかっただけの様だ。その為に、態々、青龍に乗せてくれるだなんて流石はお貴族様、何をやるにしてもスケールがでかい。
「カナデ、よく聞きなさい。セイリュウ家の一員たる者、近い将来、青龍を眷属とする為の儀式に参加しなければならない。この儀式はとても大切なものだ。今はまだ理解できないかも知れないが、それを心に留めておきなさい」
と思っていたら違った。
結構真面目な話もあった様だ。
「わかりました。お父様!」
眷属の青龍はセイリュウ家の証にして力の象徴。
セイリュウ家に生まれたからには、青龍を眷属とする事は必至。避けては通れない道だ。
青龍の性格は荒々しく弱き者を嫌う。
そのため、青龍を眷属とする為には、召喚した青龍に力を魅せなければならない。
父様も青龍と三日三晩戦い力を魅せる事で眷属とした。勿論、青龍に勝つ必要はない。青龍の主人として相応わしい力を魅せる事が重要となる。
それは、自身の膂力であったり、魔法であっても構わない……らしい。
俺にできるだろうか……。
自分の手に視線を向けると、ニギニギと握り、手に力を込めてみる。
うん。青龍に認めて貰える気がまるでしない。
3歳児には時期尚早と言う事か……。
ふいに視線を父様に向けると、俺の頭をポンポン撫でる。
「ふふっ、カナデ。焦る必要はないよ。これからゆっくり力を蓄えていけばいい」
「うん。青龍に力を認めて貰って、絶対にお友達になるんだ!」
元いた世界に青龍なんて生物はいなかった。
恐竜の隠れファンである俺としては、是非とも青龍さんと仲良くなりたい。
まあ、青龍さん恐竜じゃないんだけど……。
「その意気だ。カナデならできるさ」
父様のハニースマイルが眩しすぎる。
「うん。ボク頑張る!」
「ああ、頑張ろうな」
「だから父様も怒った母様を鎮めるの頑張ってね!」
俺の渾身のハニースマイルに父様は澱んだ表情を浮かべていた。