8 先触れ再び
王家の沙汰が決まり、国王陛下より婚約の維持が正式に承認されて間もなく、ユーフラテスから再び先触れがなされた。
キャンベル辺境伯家のタウンハウスへ、ネモフィラの見舞いに訪れたい、と。
辺境伯家の執事は、先触れを受けるとすぐさま、当主である辺境伯と、また長男ヒューバートに報告した。
執事の報告を受けた辺境伯は、チラリとヒューバートを見た。
「ヒューバート。お前はどう思う」
その声はどうにも自信なさげで、ヒューバートに丸投げしたいという父辺境伯の弱音が如実に表れている。
ヒューバートは隣りでモジモジとする、可愛くない巨体を見上げた。
骨格がしっかりしてゴツゴツと岩のような額に鼻、頬。浅黒い肌、常に険しい目つきといった凶悪な顔立ち。
それがますます鬼のように険しく、眉間にシワが深く刻まれ、口を鹿爪らしく一文字に結んでいる。
そんなおそろしげな風貌の辺境伯は、筋骨隆々の太い腕を組み、一見、威風堂々としていた。
大変朗らかで人情味・男気溢れる、貴族とは思えぬ好人物である辺境伯なのだが、外見はまさに鬼将軍といった出で立ちで、あまり容姿を気にすることもないヒューバートではあるが、父辺境伯を見ていると、「私も将来こうなるのか……」と遠い目をしたくなることがある。
現在十三歳とまだまだ少年のヒューバートではあるが、父辺境伯の若い頃に似ていると、辺境伯騎士団所属の騎士達や、また辺境伯夫人である母から、専らの評判だ。
あまり嬉しくない。
そんな厳しい容貌の父辺境伯なのだが、今は震える小動物、ではなく震える巨大な熊――地球で言うと、絶滅したとされるカムチャッカオオヒグマ――のように、ヒューバートのお返事を待っている。
王家の沙汰は下されたものの、この先どうするべきなのか。
娘ネモフィラと第二王子ユーフラテスとの婚約は続行となったが、果たして言葉通り、ネモフィラが許されたと考えていいのか……。
正直なところ、辺境伯からすれば、それ以外にないと思うのだが、喜び勇んですぐさま飛びつくと、大抵の場合、嫡男ヒューバートの「待った」が入るので、父辺境伯もヒューバートに伺いを立てるのである。父辺境伯もそこは学習している。
ネモフィラの残念さは父辺境伯から受け継いでいるのかもしれない。
「それは勿論、殿下を歓迎しなくてはなりませんね」
ヒューバートが微笑んで快諾すると、それまで険しい表情を崩さずヒューバートの返事を待っていた父辺境伯は、ぱっと花が咲いたかのように明るくなった。単純な人なのだ。
「ネモフィラも床上げしましたし、ネモフィラからも礼をさせましょう。ただネモフィラもまだ万全ではありませんから……」
奇妙な発言は減ったものの、どことなく様子がおかしい、とヒューバートは感じていた。
決定的な違和感はないのだが、教えもしていない史実を知っていたことや、その直後に寝込んだこと――運動不足と美食過多のため、体調管理は元々出来ていないが――も考慮すると、据え置くわけにはいかない。
「殿下とネモフィラのお茶の場には、私も同席しましょう」
「うむ。あの子も病み上がりだ。お前が助けてやれ」
父辺境伯はすっかり安心しきって頷いている。ヒューバートは苦笑した。
「婚約者同士の逢瀬に野暮なことをしたくはないのですが」
ユーフラテスはようやく、待ち望んだネモフィラとの対面が叶うのだ。自分はさぞかし邪魔だろうな、とヒューバートはユーフラテスに少し申し訳なく思った。