表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/37

37 キャンベル辺境伯邸の晩餐

 ユーフラテスが屋敷を去ってしばらく経ち、夕餉の時間となったが、ネモフィラは自室から出てこなかった。


 食欲旺盛、食事だけが何よりの楽しみ、と公言して憚らないネモフィラ。そのネモフィラが、家族の揃う晩餐に、一番に顔を出さないなど。

 これはいったい何が起こったのか、とヒューバートは眉をひそめた。

 今日はユーフラテスとの逢瀬であったはず。

 母辺境伯夫人とネモフィラの孤児院慰問を遮るかのように、急遽打診されたもの。


 先日ユーフラテスはネモフィラに騎士の誓いを立てたばかりであるし、以前のように横柄に振る舞うなど、愚かしいことはするはずがないと考えていたのだが。しかし早計だったろうか、とヒューバートは訝しむ。

 また、茶会後ろで控えていた騎士から、ネモフィラ専属侍女の様子については、すでに報告を受けている。

 その際のネモフィラの過呼吸。それはユーフラテスの問いかけによって起こったのだという。


 ヒューバートは考え込むように、顎を撫でさすった。

 燭台の炎がヒューバートの頬に、光と影のコントラストを描き出す。思考に沈むヒューバート。


 一方で母である辺境伯夫人は、娘のいつにない反応に、浮かれた様子で歓迎した。

 ネモフィラが晩餐になっても姿を現さないこと。

 それはきっと、幼い恋心ゆえ。

 ようやくネモフィラに娘らしい感情が芽生えたのだろうと。


 ヒューバートが使用人に、ネモフィラを呼んでくるよう命じかけたところで、辺境伯夫人が否やを口にした。


「そっとしておいておあげなさい。あの子は今頃、殿下を想っては、その溢れんばかりの恋慕に、食事も喉を通らないのでしょう」


 ヒューバートは母親の、貴族婦人とは思えぬ夢見がちな言葉に苦笑した。

 だが父辺境伯もまた夫人に同意し、ネモフィラを放っておくよう言うので、ヒューバートは家長の判断に従った。

 両親二人のおめでたくも仲睦まじく、祝い合う様子に、ヒューバートは溜息をつく。

 そんな兄ヒューバートを、ハロルドは不安げに見上げた。


「お兄さま、何かご不安なのですか?」


 幼いハロルドの碧い瞳。燃え上がる太陽のように輝かしく、濃い黄金色の巻き毛。

 面立ちはどことなく、アルフレッドに似ている。

 ヒューバートの主である、王太子アルフレッド。


 王族、王族の血を引くもの達に受け継がれる、外見的特徴の一つ。それが金の髪色。

 王族の臣籍降下した経緯を持つ大貴族達のうち、金の髪を持つ人物は、それほど多くない。

 ましてや、キャンベル辺境伯家は、これまで王族がその家系図に名を連ねたことはない。


 だが。


 ヒューバートは険のある形相を解いた。それから穏やかに微笑みかける。


「いや。少し寂しくなってね。ネモフィラもとうとう、恋を知るような年頃になったのか、とね」


 ハロルドはヒューバートの言葉を受け、ぱちぱちと瞬きをする。その天使のような純粋無垢な様子。

 ほんのりと赤く色づく、ふっくらとした頬。そこに描き出される、黄金色のまつ毛の曲線。その影絵が、せわしなく羽ばたいている。

 ハロルドはあどけなく小首をかしげた。


「恋、ですか?」

「うん。ハロルドには、まだ難しいかな」


 ヒューバートがほんの少し、からかうような調子を込めてやると、ハロルドは頬を膨らませる。


「わかります! お姉さまは、第二王子殿下をお慕いしているということでしょう!」

「う~ん。そうだね……どうだろうね」


 煮え切らないヒューバートの返事に、ハロルドは胸を張った。


「お兄さま、ご安心ください。お姉さまが殿下をお慕いになっても、さみしく思われることはないですよ」


 やけに自信ありげに断言するハロルドに、ヒューバートは「はて、これはどうしたことか」と、内心首をひねった。

 ハロルドはニンマリと口角を吊り上げ、鼻高々な様子だ。

 幼いハロルドの、高慢な仕草。

 誰かを彷彿させるな、とヒューバートは苦笑する。


「さて、それはどういうことだろう?」


 ハロルドは、ヒューバートの問いかけに待ってました、とばかりに、前めりになって勢いよく応える。


「だってお姉さまはぼくが一番お好きなのです! ですからどうぞ、お兄さま、ご安心ください。お姉さまがぼくを置いて、殿下のお嫁さんに行かれることなど、絶対にございません!」


 ハロルドの無邪気な宣言に、ヒューバートはクラリとした。頭痛の種が増した気がする。

 すぐにでも、ネモフィラとハロルドを引き離さなくてはならない。

 さてハロルドはユーフラテスに懐くだろうか。素直に従うだろうか。

 だがしかし、ハロルドにはいずれ、ユーフラテスの手足となってくれなくては困る。


 そしてまた、父辺境伯と母辺境伯夫人も、ハロルドの、この王家に叛意ありとも取られかねない発言を慌てて窘めた。


 しかしハロルドはむくれながら、「それでもお姉さまは、ぼくが一番お好きですよ」と最後まで言い張った。晩餐を終えてなお、納得せずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ハロルド、かわいーーい!! 幼児らしい♡ 後にヒロインには全くその美貌はスルーされてたけど、既に美しさ爆発!! [気になる点] ネモフィラは、お菓子に釣られてテスに好意を持ってる感じが、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ