25 自我の目覚め
いや!もういや!
お願いだから、わたくしから出て行って!
ネモフィラは必死に抗っていた。
目の前に迫りくる極彩色の悪夢が、次から次へとネモフィラに襲い掛かる。まるでネモフィラを嘲笑うかのように、色も音も匂いも温度も感触も全てが鮮やかでこれでもかとネモフィラに見せつけてくる。目を塞いでも耳に手を当てても息を止めてもどこからか入り込み、ネモフィラの中で暴れまわるその奔流がネモフィラの意思を奪おうと手ぐすねを引いている。
――わたくしは、わたくしよ!
前世の女じゃない!乙女ゲームのネモフィラじゃない!
殿下はわたくしの婚約者だわ。攻略対象なんかじゃない!
◇
王城の茶会で突然ネモフィラの頭に流れ込んできた乙女ゲーム。
それから追って自身の前世と思われる記憶。
あまりに大量に溢れる情報の洪水に、ネモフィラはあの日無様に倒れたが、しかしそれでもそれらの情報と一旦は折り合いをつけることが出来た。
キャンベル辺境伯タウンハウスの自室ベッドに横たわりながら、あああれは自分の前世なのだな、と素直に受け入れられた。「この世界は乙女ゲームなのね」とか「わたくしは悪役令嬢だったのね、ありがちですわ」とか「推しキャラは前世も今世もやっぱりハロルドですわ」とか呑気なことを考えていた。
婚約者であり攻略対象の一人である第二王子ユーフラテスのキャラクターがゲームと乖離していることには、記憶が流れこんだ当初、気が付きもしなかった。
ユーフラテスはネモフィラにとって政略的に結ばれた婚約者で、前世の記憶が戻る前から常に横柄で傲慢で馬鹿にされ続けてきた。見目麗しい王子様とはいえ長い間そんな態度を取られ続けていれば、好意など抱けようはずもない。
ネモフィラは自身が好意を持たぬものについて、残りは大抵興味がない。嫌ったり憎んだりするのは、それなりに気力も体力もいることだ。だからユーフラテスに関しても無関心だった。
顔合わせをしたばかりの当初は、勝手に決められた婚約者に対し、何か反発心のようなものもあったような気もするが、茶会で顔を合わせる度に悪し様に罵られ、次第に何かを感じることもなくなった。きっと殿下も勝手に決められた婚約がご不満なのね、と思うだけだった。
それもそうよね、と。だって不器量で頭も悪く何の才もない出来損ないのネモフィラなんて、娶りたいと思う奇特な人がいるだろうか。
自分が貴族令嬢としてあり得ない、と言われるほど劣っていることは、婚約者ユーフラテスがご丁寧に説明してくれなくても、両親に家庭教師、王城の教師から溜息交じりの説教をされることから知っている。
「見て。キャンベル辺境伯家のご令嬢がいらしたわ」
「嫌だ…。本当にみっともないのね。何なの、あのお姿。豚みたい」
「ねぇ?どうしたらあそこまで大きくなれるのかしら」
「よくあのお身体に合うドレスが仕立てられたこと!採寸する方も大変だったことでしょうね」
「あのドレス、一体どこのデザイナーが仕立てたのかしら?なんてみすぼらしいの…。私、あの方がお召しになっているドレスを仕立てたデザイナーにはオーダーしたくないわ!」
「本当に!」
クスクスと聞こえてくる笑い声。
茶会に招待され、面倒なことはしたくないと欠席したかったのだが、第二王子ユーフラテスの婚約者として招待されているのだから出席は義務だと母親にキツく叱られ、仕方がなく出席してみれば、ご令嬢達から遠巻きにされ嘲笑われる。
茶会に出されたお菓子も大して美味しくはない。つまらないな、とボンヤリ時間を潰す。
「…あのようなお方が第二王子殿下のご婚約者などと…」
歯ぎしりでも聞こえてきそうな、悔しそうな声色。
ユーフラテスとの定例茶会のために登城すれば、王城に仕える侍女の囁き声がする。
「滅多なことを言うのではありません」
聞き咎めた女官が厳しく叱責するけれど、その女官もまた、ネモフィラに「背筋をのばして」とか「所作にお気をつけください」とか、礼儀作法の教師でもないのに小言がうるさい。
茶会でユーフラテスの尊大な自慢話や嫌味を聞き流していれば、ユーフラテスの後ろに控える侍女や護衛騎士が、たまにユーフラテスの言葉に小さく頷いていたりする。
「あれで王子妃が務まるのかしら?」
「第二王子殿下がいくら優秀とはいえ、アレがお相手では先が望めないわね」
「お可哀想な殿下…」
「あら、殿下にとっては都合がよいのでは?小賢しいご令嬢に口出しされるより、黙っていてくれる方がやりやすいんじゃない?ご出自だけはよいのだもの。ご生家の御力だけいただいちゃえばいいよの」
「それもそうね。あそこまでどうしようもないのだもの。殿下からどれほどぞんざいな扱いを受けようとも文句など言えるはずもないわ」
「殿下は今は耐えておられるのだわ。きっと未来の側妃様にご期待なされているのよ」
「ふふ、違いないわね」
どこからかネモフィラの醜態を挙げ連ねて嘲笑する声が聞こえてくることも多々あった。おそらく故意にネモフィラに聞かせているのだろうな、とぼんやりと聞き流していた。それはキャンベル辺境伯家のタウンハウスでもよく耳にすることだったから、特別何も感じなかった。
カントリーハウスの使用人達はネモフィラに思うところがあっても、当主たる父辺境伯への忠義が厚くそう容易に辺境伯令嬢であるネモフィラの悪口を叩くことはなかったが、王都のタウンハウスにおける下級使用人達は、王都で出会う他家令嬢達とネモフィラとの差異を悪し様に罵る。
「全く。キャンベル辺境伯家のご令嬢ともあろうお方があれではな…」
「まあ、そう言うな。不出来だからこそ、ご当主様も王子殿下の婚約者に差し出したわけだし。それがなければこの家の人間が王家に嫁ぐことはなかったんじゃないか?王家も長年キャンベル辺境伯家と縁付きたかったわけだし、アレが不出来だろうと見捨てずにいるだろうよ」
「果たしてどうかな?お前は王命でアレと結婚しろと言われたらどうだ?」
「やめてくれ!怖気が走る!例えキャンベル辺境伯家に婿入り出来ると言われてもゴメンだな」
「おや、そうかい?俺は婿入りできるってんなら、考えないでもないぜ。馭者なんてやってるより、ずっといい暮らしが出来そうだ。お前だって馬の糞を処理してるよりかはよっぽどいいだろ」
「糞と比べてか。悩むな」
「ご令嬢と比べないだけ優しいだろ?」
「いやいや、もしかすれば十年後には化けるかも…?」
「本気か?」
「いや、ないなあ!アレはご令嬢じゃあないもんな!」
ハハハ、と高らかな笑い声が厩に響き渡る。
ネモフィラは馬にあげようかと気まぐれを起こした餌を手に、屋敷へ戻った。
「…こんなのが王子様と結婚出来るんなら、あたしの方がいいじゃないの。この家に生まれてさえいれば!」
普段洗濯女のような下級使用人は当主家族の前に姿を表さないものだが、両親や兄ヒューバートの居ないところで、すれ違いざまにネモフィラを嘲ることもあった。
どん、とぶつけられた肩に痛みが走った。
「ハロルド様。よくお聞きください。ネモフィラ様が第二王子殿下のご婚約者になられたのは、キャンベル辺境伯家の恥だからです。本来辺境伯家の姫君ならば、相応しい御仁を己が御力で見定められるのです。ですがネモフィラ様にはその御力がなく、将来を懸念なされた当主様が仕方なく王家へ嫁ぐことを許可なされたのです」
「でも。お姫さまは王子さまとケッコンするのでしょ?お姉さまはお姫さまだから王子さまとケッコンして幸せになるんじゃないの?」
「いいえ。ネモフィラ様が第二王子殿下とご婚約なされたのは、政略的なものです」
「せいりゃく…?王子さまがお姉さまを好きだからじゃないの?」
「違います。第二王子殿下が求められているのは…お好きなのは、ネモフィラ様ではなく、キャンベル辺境伯家の血です」
「ち?転んだら出る血のこと?」
「そうです。ハロルド様の御体にも流れる、尊きキャンベル辺境伯家の御血筋です」
「ええと…。血が好きな王子さまは、お姉さまが転んでケガをすると喜ぶの?お姉さま、いじめられていないかな…」
「苛め…は…。いえ、第二王子殿下にとっても王家にとっても、キャンベル辺境伯家との縁を逃すはずがありませんから、ネモフィラ様を大事にされると思いますよ。怪我など決してさせないでしょう。ご安心ください」
「そっか!それならよかった」
「ネモフィラ様は王家にとってキャンベル辺境伯令嬢であるという点において、とても大事なお方ですから」
「そうなの!お姉さま、大事にしてもらえるんだね!ぼくもお姉さまが大切だよ!お姉さまはいつもお優しいし、大好きなんだ!」
「…第二王子殿下の婚約者というお立場は、他家ご令嬢にとっては栄誉なことなのかもしれませんが、キャンベル辺境伯家に限っては違います。フランクベルト王国の武を一手に担うキャンベル辺境伯家にとって、王族との婚約で得られる利など然してありません。ですからハロルド様がネモフィラ様を尊重する必要はございません」
「ううん…。でもぼくはお姉さまが好きだよ…」
幼いハロルドにネモフィラがいかに劣っているのかをハロルド付きの侍女が毎日言い聞かせていることも知っていた。
だけど。それがなんだというのだろう。
ネモフィラが劣っているのは事実だ。生まれた時からネモフィラは出来損ないだった。人より優れるところなど何一つなく、ただ無意味に生を甘受しているだけの存在。
何も考えたくなかったし、何もしたくなかった。
生かされているから生きているだけ。死ねと言われれば、素直に従っただろう。
恵まれた環境に生まれたのだとか、貴族令嬢としての務めを果たせとか。いったい皆、ネモフィラに何を期待しているのだろう?だってネモフィラには何もない。無能だと嘲るその口で、ネモフィラに務めを果たせと言う。矜持を持てと言う。
そんなことは無理なのに。
ネモフィラが何の取り柄もない落ちこぼれ令嬢なことは誰だって知っているのに、小言を連ねてネモフィラに何かを期待しているような様子を見せる人々が、ネモフィラには不思議だった。けれどそんな人達もすぐにネモフィラに呆れて離れていったり嘲るだけになるから、そうなればネモフィラは心安らかでいられた。
美味しいものと美しいハロルド。ネモフィラの好きなもの。
あとは大抵興味がなくて、兄のヒューバートは苦手。だって兄のヒューバートはネモフィラが何の取り柄もない落ちこぼれにも関わらず、無能だとネモフィラを否定しないから。お節介な助言ばかり押し付けてくるから。それはとても鬱陶しかった。ネモフィラには何もないのだから、放っておいてほしかった。他の人達のようにネモフィラの無能さに呆れて悪口を叩いたり、諦めてほしかった。
婚約者のユーフラテスはネモフィラを馬鹿にして小言を言っているだけならいいけれど、改善を求めてくるのは面倒。婚約者として丁寧にエスコートされることは不思議。一生懸命ネモフィラに語り掛けてくることも不可解。茶会で出されるお菓子は美味しい。
そんな風に唯唯諾諾と無為に過ごしていた。
そこに噎せ返るような記憶の奔流。でもそこでようやくわかった。なぜ自分がこれほどまでに無気力なのか。令嬢としての在り様に、ぴんとこなかったのか。
前世でネモフィラには兄がいた。前世今世どちらのネモフィラとも違い、前世の兄はとても優秀だった。まるでヒューバートのように。前世の兄はエリートコースを進み、両親は兄を褒めたたえていた。兄しか見ていない両親だった。彼等にとってネモフィラは最後までいらない子供だった。
――生まれた時から出来損ない。あれは前世の呪いだったのね。
ネモフィラはすんなりと納得した。
それがわかると、次第にネモフィラの中で何か熱のようなものが生まれるのを感じた。ネモフィラはネモフィラだ。前世とネモフィラは違う人間。落ちこぼれで構わないけれど、あの呪われた前世をそのまま引き継ぐのは嫌だ。せっかく乙女ゲームの、推しのいる世界に生まれ落ちたのだ。
押しキャラだったハロルドの幼児姿だなんて。
天使という他ない愛くるしく美しいハロルド。そのハロルドの姉でいられるなんて、なんて幸せなんだろう!是非ともハロルドにはヒロインと恋に落ちて、あの美しいスチルの数々を再現してほしい。
前世ではいなかった年下のきょうだいのハロルド。ネモフィラにとって初めてできた庇護すべき存在。
記憶が流れ込んですぐは、前世の推しキャラであるハロルドの幼児姿に興奮を抑えきれなかったが、次第に姉としてハロルドを慈しむ気持ちへ落ち着いていった。ヒロインといつか邂逅してほしい、という願望は少しあるけれど、ハロルドが自分で気に入った女性と結ばれればいいと思う。
ハロルドはリカちゃんのハルトくんでもバービーのケンでもない。着せ替えごっこは、もうおしまい。
そうして少しずつ周囲に目を向けてみれば、父キャンベル辺境伯と母キャンベル辺境伯夫人は前世の両親と違い、ネモフィラに呆れながらも愛情を傾けてくれていることに気が付いた。
それから兄ヒューバート。親切そうな顔をして穏やかで、どこか底知れない前世の兄と少し似ている。前世で唯一ネモフィラを気にかけてくれていた人だったが、そんなところも似ている気がして、ネモフィラは笑ってしまった。
前世の兄はヒューバートとは違い、イケメンに分類される顔つきだったけれど。
そして。
婚約者ユーフラテス。
ヒューバートに乙女ゲームの話を乞われて答えるうちに気がついた。ゲームのキャラクターとあまりに違う。
えっ。これはもはや別人じゃないだろか。
ネモフィラは戸惑った。ちょっと考え込んだ。年齢が違うせいだろうか。今は十歳のおこちゃまだからだろうか。ゲームの紳士なユーフラテスはただの擬態で、本性はこちら、傲慢俺様王子なのだろうか。
うーんと考えを巡らせるネモフィラの脳裏にちらっと浮かんだこと。
――もしかして殿下は、ツンデレだったりするのでは…?
前世のスラングが浮かび上がる。が、すぐにいやいや、と頭を振った。ツンデレというのはそもそも対象者に好意を持っていることが前提だ。どう考えてもネモフィラに好意を持たれる要素はない。
ふくよか体型に地味顔地味色と残念容姿だし、頭も悪いし、礼儀作法も最悪だし、ユーフラテスへの態度だって褒められたものじゃなかったし。性格だって振り返ってみれば、極悪とは言わないまでも、生きる気力に乏しく全てに投げやりで、ユーフラテスが驕慢な様子ながら頑張って話題を振ってきてもぼんやりと生返事しか返さないという、退屈この上ない婚約者だった。あれは会話じゃなかった。
ユーフラテスは四年間も月に一度の茶会なんて苦行をよく耐えていたと思う。王子って大変だ。
こんなのが婚約者で将来の伴侶だなんて、それは小言だって言いたくなる。だってユーフラテスはちゃんとネモフィラの顔を見て、目を合わせ、向き合おうと努力していたのだから。それらを全部どうでもいい、と無関心でいたのはネモフィラだ。
ユーフラテスは一応ネモフィラを婚約者としてそれなりに丁重に扱っていた。嫌味に自慢ばかりだったけど、エスコートは完璧だった。
エスコートって。
十歳の少年だぞ?初めて会ったときなんか六歳だった。
六歳から十歳。幼稚園年長さんから小学校四年生。そんな少年なんてボール蹴ったり棒でも振り回して無邪気に庭でも駆け回ってるんじゃないのか。それなのに一つ年下の、生きてるのか死んでるのかわからないような退屈な女の子のエスコート。異様に無気力で怠惰とはいえ、ネモフィラに介護が必要なわけでもなし。
やっぱり王子って大変だな、としみじみ思う。
そういえば王城でのお茶会で、お花摘みから戻ろうと廊下を歩いていたとき。王城は広く、どこを見渡しても煌びやかで、その豪華絢爛な造りに装飾はネモフィラの目では似たり寄ったりで見分けがつかないので、道に迷ってしまった。ネモフィラの背後に城つきの侍女もいたのだが、侍女は無言でネモフィラの後ろに従うだけ。
どうしようかとボンヤリ廊下で突っ立っていると、例の如くネモフィラを嘲る使用人達がいた。侍女にも使用人達にも道を尋ねる気にもならず、ぼーっとしていると、帰りの遅いネモフィラを不審に思ったのか、ユーフラテスが自ら迎えにきてくれた。
そしてそのとき、ユーフラテスは使用人達の嘲笑を耳にしたのだろう。ネモフィラまで凍り付くんじゃないかという絶対零度のブリザードがユーフラテスから吹き荒れた。廊下の片隅で怯える使用人達に向けられた恐ろし気な眼差し。
ユーフラテスは一言も発せず、ネモフィラに腕を差し出し、茶会の席へと二人で…いや、ユーフラテスの後ろに付き従う護衛騎士と、ネモフィラの背後に控える侍女の四人で戻った。そして次の茶会の席からはキャンベル辺境伯家の侍女を連れてくるように言われた。
その日ネモフィラを嘲笑った使用人達やネモフィラを守らなかった侍女は、解雇されたと後日ヒューバートから聞いた。ヒューバートはいつもの穏やかな微笑みを浮かべていたけど、ちょっと不穏な空気を醸し出していた。
考えてみればみるほど、ユーフラテスは結構いいやつだった。
しかも王子教育も頑張っているらしく、優秀な王子だと聞く。それなのに婚約者がネモフィラ。あんまりだ。不憫すぎる。
ユーフラテスはネモフィラのことが疎ましいだろうに、王子だからと耐えている。これはヒロインに救ってもらわないと可哀想だ。ユーフラテスが報われない。
だけどネモフィラだって処刑されたくない。
それにネモフィラが悪いとはいえ、あの罵詈雑言を受け続けるのもやっぱり嫌だ。うんざりだ。
どうにかこう、穏便に離れていけないものか。
ネモフィラなりに考えた。いろいろと。
これまでの振る舞いに対してだったり、ネモフィラが婚約者でごめんね的な申し訳さ。でもこれからもきっと一言口にすれば百返ってくるみたいな会話になる。ヒロインと幸せになるならユーフラテスもネモフィラから解放されるけど処刑されたくないし、の堂々巡り。エンドレス。
うん。これは駄目だ。考えても無駄。
そうしてネモフィラは思考を手放した。元来無気力で怠惰なのだ。前世を思い出したからとて、そう変わるものでもない。
そういえば乙女ゲームについてしつこく問いただしてくるヒューバートだ。
ヒューバートは優秀だし、乙女ゲームで失脚するっぽい王太子の側近候補。兄ヒューバートに王太子失脚を防いでもらおう。その上なんかうまいこと言ってもらって、ネモフィラの婚約を円満に解消してもらえばいいのではないだろうか。出来たら「事件が起こったけど未然に防ぎました!」みたいな十年近く先の話じゃなくて、今すぐに解消してもらえないだろうか。
うん、これは我ながら名案だ。ネモフィラはそう思った。
「あの、お兄様。実は思い出したことがございますの」
そうしてネモフィラはヒューバートに語った。乙女ゲームが開始するまでの設定は、確か、こんなお話。