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24 乙女ゲームの違和感

 ネモフィラは不思議そうな顔をヒューバートに向けながらも、話を先の話題へと戻した。


「それで、先程のお話しなのですが、わたくし不思議に思いましたの。わたくしは第二王子殿下にとって必要な後ろ盾…。それなのにわたくしは殿下がヒロインと出会われると殿下御自らのご判断で処刑されてしまいますの」


 『ヒロイン』なる人物が第二王子ユーフラテスと恋仲になると二人が結ばれるか否かに関わらず、ネモフィラは処刑されるそうだが、そこまでの過程はボンヤリしているらしい。


 ヒューバートは頷き、先を促す。


「殿下の後ろ盾として役に立たないくらい、キャンベル辺境伯家が没落しているのならわかりますが、それはありえないのですわ。だってハロルドが次期キャンベル辺境伯として殿下の有力な側近となっているのです」


 そう。次男のハロルドが次期キャンベル辺境伯と目される状況になるらしい。そのときヒューバートがどのような状況下にあるのかネモフィラはわからないようだが、第一王子アルフレッドが王位継承権争いから脱落失墜するらしいので、ヒューバートはよくて廃嫡、悪くて死んでいるだろう。いやよくて死んでいて、悪くて廃嫡か。

 自身が主と定めたアルフレッドを裏切ってのうのうと生きることなどありえないし、主を守れず生き恥を晒すことほど自身に絶望することはない。

 おそらくアルフレッドが罠に嵌められたとき、身を挺して守ろうとしたはずだ。だからネモフィラの見た未来視において、ヒューバートは死んでいるか再起不能に陥っている。


「そうだね。ハロルドが殿下の側近となればキャンベル辺境伯家との繋がりは保てるけれど、後ろ盾としての力は弱いだろう。その時、おそらく私は既に王家から切り捨てられているはずだし、私に続いてネモフィラまで処するとなれば、殿下がハロルドを取り立てたとして、遺恨は確実に残る。わざわざリスクを犯してまでネモフィラを廃する理由はない。それにあの第二王子殿下が、私情にかまけて政略的婚約相手を貶めるとは思えないな。たとえ殿下がネモフィラを疎ましく思うようになっていたとして、形式だけでもネモフィラを側妃として娶る利益の方がずっと大きい」


 ヒューバートはそうは言ったものの、ユーフラテスのネモフィラへの執着を考えると、ユーフラテスの理性も怪しいものだと思う。そもそもあのユーフラテスがネモフィラを疎ましく思うなんてことが、まず想像できない。が、人の心は移ろうものなので、心変わりが絶対にないとは言わない。

 だがしかし、ネモフィラ以外の相手にユーフラテスがそこまで執着露わになるだろうか。その上ユーフラテスが何より優先しているネモフィラをユーフラテス自身の私情で処するなど、それまでの過程で何が起きるというのか。

 ネモフィラを処するために冤罪を仕立て上げるより、ネモフィラが実際に許されぬ罪を犯したとして、それをなかったことにする方がずっとユーフラテスとしても利となるだろう。

 だが処したように公では見せかけ、ユーフラテスの離宮にネモフィラを秘して囲うというのならば話は別だ。

 それならばヒューバートも納得できる。政務能力のないネモフィラに負担をかけさせまいと愛でるだけの妻とするため、ネモフィラを処したことにする。それは起こりうる未来として高い確率であり得そうだ

 だがそうなるとユーフラテスはキャンベル辺境伯家の力を利用することは難しくなる。父辺境伯やハロルドの了解をとってネモフィラを囲うとすれども、キャンベル辺境伯家を支持する家々や、寄子の心象は確実に損ねるし、それらの家々にまで公に秘したネモフィラの存在を明かすとは思えない。

 その上キャンベル辺境伯家の力であるキャンベル辺境伯騎士団だ。彼等は義に厚く政治的事情より、情を優先する性質だ。大切なキャンベル辺境伯家の姫を王家に処され、黙って従う筈がない。次期当主たるハロルドが、姉を処されてもユーフラテスに反発せず追従する姿など見せれば、騎士団の面々はハロルドを敬愛する主と仰ぐことはないだろう。

 するとユーフラテスは宰相の傀儡となる道を選ぶのか。


 何某かの多大なる利のためにネモフィラを処するということは、ないことはないが、悪手には違いない。第一王子アルフレッドが脱落したとして、まだ第三王子エドワードの存在があるし、何よりアルフレッドとユーフラテスにとって、エドワードを擁する純血主義の上位貴族派閥が最大の政敵だ。彼等にわざわざ餌を与えるユーフラテスではあるまい。


 ネモフィラは困惑した顔でヒューバートを見た。


「わたくしは…政治的なことはわかりませんわ。ですが、わたくしが処刑されてしまったら、お父様はお怒りになると思うのです」

「確実に怒り狂うね」


 ネモフィラの言う通り。もしネモフィラが処刑などされれば、父辺境伯はそれこそ反乱の狼煙を上げかねない。

 アルフレッドに聞かされた事実として、先の茶会にてネモフィラの危険性が囁かれ、ネモフィラの処遇についてかのご令嬢を儚くさせよう、と言い出す人間は多かったという。しかしそれらの声を翻させたユーフラテスは、父辺境伯の性質を挙げたのだ。

 あの時ネモフィラが王家によって処されていれば、父辺境伯は王家への忠誠を捨てただろう。父辺境伯はかつての愚王レオンハルトが先祖ナタリーに向けた狂愛を有難がっている節がある。情に重きを置く人間なのだ。

 そんな父辺境伯のことだ。愛情深い愚王レオンハルトと同じ王家の人間が、冷酷にも娘ネモフィラを政治的理由を優先させ処していたら。もっと悪いことに、もしユーフラテスが他の女にうつつを抜かした故にネモフィラを処するのなら。

 確実に父辺境伯は王家に反旗を翻す。


 ネモフィラは首を傾げる。


「もしわたくしが悪事を働いたとしたら、お父様はわたくしに断頭台に立てと仰るかしら」


 ヒューバートは言葉に詰まる。

 確かに父辺境伯は真っ直ぐな人だ。冤罪を仕立て上げられ、揺るがぬ証拠だと見せつけられれば、父辺境伯は責任の所在を明らかにするだろう。

 その時は確かにネモフィラに罪を償うよう断ずるに違いない。だが。


「…ネモフィラの罪が許されざるものだと父上が判断されれば、おそらくは。しかしそうなれば父上はネモフィラを止められなかったご自身の罪もまた明らかにされるだろう。つまり、キャンベル辺境伯家はどちらにせよ、第二王子殿下の後ろ盾となりえない。第二王子殿下は我がキャンベル辺境伯家の力なくして第三王子殿下率いる最大派閥、純血主義派と争うことになる」


 ヒューバートはネモフィラを見る。派閥争いに疎いネモフィラが理解出来ているかを確認するためだ。

 ネモフィラは蒼い顔を強張らせて聞き入っている。ヒューバートはさらに踏み込むことにした。


「もし第二王子殿下が立太子なさって、他国の王女を正妃として迎え入れることが叶えば、第二王子殿下は統治に当たって正妃の生国の力を借りることができるかもしれない。しかしその場合、我が国と正妃の生国との力関係がどのように変移するのか。第二王子殿下はとても難しい判断を迫られることになるだろうね」


 ぷつりと糸が切れたかのようにヒューバートに向けられていたネモフィラの鬼気迫る視線が途切れ、ユラリとネモフィラの体が傾ぐ。ヒューバートは慌てて立ち上がり、向かいの席で倒れ込もうとするネモフィラの肩を抱えた。


「この婚約はネモフィラを守るためのものだったはずなのにな…」


 ヒューバートの腕の中で目を瞑り苦悶の表情を浮かべながら、「うう」と小さく唸るネモフィラ。キャンベル辺境伯家としては異例の政略的婚約を決めたのは、父辺境伯が貴族令嬢としてあまりに不出来だと思われるネモフィラを守るためだった。しかし今、ネモフィラを守ろうとした婚約を契機にネモフィラの未来に暗雲が立ち込めている。

 もう今更ユーフラテスとの婚約を解消することなどできない。そんなことをすればほぼ確実に王命が下る。


「第二王子殿下にはくれぐれも働いていただかなければ」


 ヒューバートは乱れて額に垂れた前髪の間から昏い目を光らせ、口元に歪んだ笑みを浮かべた。

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