19 ツンデレの克服
「バート、先日の茶会では、テスが気障な振る舞いを乱発してたって言ってなかったっけ?」
「ええ、確かに第二王子殿下はこちらが胃もたれするくらい甘ったるい場面を作りあげていらしたんですが…」
チラチラとこちらに視線が向けられているのがわかる。
――そこ、聞こえてるからな。
ユーフラテスは羞恥に頬が赤く染まらぬよう、拳を握りしめる。
だってあのときは、久々にネモフィラに会えて、浮かれていたのだ。
ユーフラテスの目の前で倒れ、己の腕の中でだらんと動かなくなったネモフィラ。城で養生させ、その様子を隣で見守っていたかったが、断腸の思いでキャンベル辺境伯家に送り届けた。そしてその後、すわ婚約解消か、ネモフィラ永遠の別離か、という大変不穏な城内で、ユーフラテスは孤軍奮闘した。そうしてようやく、ようやく会えたのだ。
正直なところ、途中からヒューバートの存在を忘れていた。
たまに思い出しても、ネモフィラと言葉を交わし、淡い水色の瞳を見ると、ユーフラテスの頭の中はネモフィラでいっぱいになった。ヒューバートのことなど、すぐに脳裏から消え去った。
「…座ったらどうだ」
ネモフィラにソファに座るよう勧める。
「はっはいぃっ!し、しちゅれい致しゅ、致しまじゅ…!」
人はこれほどまでに顔を赤くできるのだな、と感心するくらい真っ赤な顔で、ネモフィラはユーフラテスの言葉に頷き、相変わらず全身板金鎧を装備しているかのような、ぎこちない動きでソファに腰かけた。
「緊張せずともよい。兄上のことは、いないものだと思っていい」
ユーフラテスは開き直って、野次馬を無視することにした。気にしていても仕方がない。ユーフラテスが倦厭しようと、遠ざけようとも、あの二人が遠慮するわけがない。
案の定、またコソコソし始めた。
「酷い!王太子をいないものと思えだって!不敬だな!」
「アルがそんなことを言い出したら、妹がますます硬直しますよ」
「それもそうだね!」
うるさい。
ユーフラテスは眉を顰めた。あいつらは完全に無視しよう。そうしよう。
膝の上で手を組み、ユーフラテスはネモフィラの淡い水色の瞳を真っすぐに見つめる。
…いや、だめだ。目線は鼻先辺りにしておこう。
「今日は茶会でもないのに呼び出して悪かった」
「い、いえ…っ!」
ネモフィラは千切れんばかりにドレスを握りしめている。その様子を見て、ユーフラテスがふっと笑った。
「…その髪飾り」
「っ!は、ははいっ!」
ネモフィラが思わず髪飾りに手を当てる。ユーフラテスは口元を引き締め、組んだ両手にぎゅっと力を入れ、ごくりと喉を鳴らした。
険しく眉を寄せるが、その目尻はどこか赤い。
ネモフィラはまたもやドレスを握りしめ、ユーフラテスを見る。
「よ、よく、似合っている」
「え、ええっ?」
ネモフィラが素っ頓狂な声を上げると、ユーフラテスは力強く頷いた。
「似合っている。つけてきてくれて、…嬉しい」
「ひぇ…!」
ネモフィラは混乱しながらも、ユーフラテスから目を離せず、しかし状況が呑み込めないのか、両手をわけもなくブンブンと振り回している。
ユーフラテスが、ぎこちなく微笑む。
「その、今日は、いや、今日も、か、可愛いと、思う…。綺麗に着飾ってきてくれた、んだな。…ありがとう」
ユーフラテスがなんとか言い切ると、アルフレッドがわざとらしく驚きの声をあげた。
「テスが!紳士ぶってる!」
「いえいえ、先日の第二王子殿下はあんなものじゃなかったですよ。実に甲斐甲斐しく妹をエスコートしてくださいました」
「へえ!どんなふうに?そこ詳しく!」
アルフレッドの喜色に満ちた声がユーフラテスの機嫌を急降下させる。
「そうですねぇ。まず第二王子殿下は妹が立ち上がろうとすると、妹の手を取り、その背に…いや腰だったかもしれません。腰に手を回してくださいました。妹は第二王子殿下に支えられて立ち上がり、歩を進めるときも常にお声がけをくださいましたよ。大変細やかなお心配りを賜りました。ああ、エスコートも最初のうちは通常通り第二王子殿下の腕に妹の手が載せられ、その手を殿下がまた覆う、といった形だったんですが、最終的には妹の腰を抱いていらっしゃいましたねぇ」
ヒューバートのねちっこい声がユーフラテスの繊細な心を羞恥に悶えさせる。
「いやらしいな!下心が透けて見える!」
「いえいえ、それは第二王子殿下の誠実なお人柄が偲ばれる、労りに満ちた丁寧なお気遣いでしたよ。兄の目から見ても、大変健全なご様子で」
「む。僕とは違うと?」
「そうですね。アルとは違いますねぇ。アルでしたら下心満載でしょうけれど」
「まあね。僕は健全な男で、好きな子には勿論触れたい!意地悪をして怖がらせるより、優しくしてコロッと靡いてほしい!」
「妹の相手がアルではなくてよかったな、と初めて思いました」
「ははは!しかし僕ならネモフィラ嬢を泣かせないし、優しくするよ?劣等感を煽ることなどしないし、十分に愛されている自信を持たせてやり、唯一無二の大切な存在だと信じさせてやるだろう。どうだい?これでも僕ではだめかな?」
「それはいいんですけどね。でもアルはスケベですからね」
「それは否定しない!」
「ですよね」
「しかしテスだって似たようなものだと思うけどなぁ。いや?まだ精通はきていないのか?」
「アル、やめてください」
「ははは!悪いね!」
「妹に聞かせたくないんですが」
「そう言わないでくれよ、僕にとっても義妹だよ!少しくらいいいじゃないか」
「よくありません」
実に、実に鬱陶しい。