18 婚約者との逢瀬 ※但し兄監視下
「で、ででででで殿下、ご機嫌ううううううううるま、麗しゅうござき、ございましゅっ…!」
ガチガチになったネモフィラが、淑女の礼――出来てない――を披露する。説明するまでもなく、噛みまくっている。
――くそっ!可愛い…!
ユーフラテスはムスッとした表情を崩さず、いや、ますます眉間の皺を深く、口をへの字にひん曲げて、目の前のネモフィラを眼光鋭く睨みつける。
その様子をアルフレッドとヒューバートはニマニマと嫌らしい笑いを浮かべ、少し離れたところから眺めている。
――あいつら、どっかいけ!
やりにくくて仕方ない。
ユーフラテスはネモフィラに、優しくしようと決意したのだ。それなのに決意して早々、ユーフラテスの奮闘をこんな風に兄達に面白可笑しく観察されたくない。
もう少し思春期の恥じらう少年の心を汲んでほしい。あの二人は絶対に、そんな配慮をしてくれそうにないが。ユーフラテスとネモフィラの寸劇を一瞬たりとも見逃すまいとしているに違いない。それどころかそのうち手を出してくるに決まっている!絶対に!
ネモフィラは頭から湯気が出そうな程顔を真っ赤にして、そしてプレートアーマーを身に着けた騎士のように体が強張っている。ガシャンガシャン、と鎧の音まで聞こえてきそうだ。
そしてユーフラテスは勿論気がついた。目聡くネモフィラが入室してすぐ気がついた。気がついたというより、意識してチェックしていたのだ。
ユーフラテスの贈った髪飾りをつけてきてくれているか。
――やはり似合っている!ネモフィラが、俺の色を身に着けている…!
だらしなくニヤけそうな顔を無理やり引き締める。それが一層ユーフラテスの冷たい印象を強めネモフィラの恐怖を煽るのだということを、ユーフラテスは気がついていない。
まあ今日のネモフィラはユーフラテスの顔がどんなに険しかろうとそんなことに気がつきもしないだろうが。
髪飾りをつけいつもより華やかなドレスを身に纏い着飾ったネモフィラの姿に、ユーフラテス浮かれ、高揚しきった心を鎮めようと空咳をした。
「よく来たな。…体調はどうだ?」
「は、はひっ…!と、とっても元気でしゅわっ…!」
しゅわ?
ユーフラテスは内心首を傾げた。
普段ボンヤリとヤル気のない怠惰な様子のネモフィラが、何故かガチガチに緊張して真っ赤な顔をしている。
ユーフラテスはネモフィラに会えてウキウキと浮かれているとはいえ、常にないネモフィラの様子を不審に思った。
――まさか、兄上に懸想しているのか…?
ネモフィラお気に入りの弟ハロルドはアルフレッドの濃い金髪と似た色をしているし、二人には共通点も多い。
朗らかで中性的――中性的というよりハロルドはまだ四歳――で、たおやかな美貌であること、太陽のような温かい笑顔を振りまくということ。
ユーフラテスよりアルフレッドの方が明らかにハロルド寄りだ。ハロルドがネモフィラの好みであるのなら、アルフレッドはユーフラテスよりネモフィラの好みに近いだろう。
ここにきてまさかのライバル登場か、とユーフラテスはドキドキする。兄が敵となればかなりの強敵だ。
ユーフラテスがぐっと拳を握りしめる。
「…そうか。元気ならよかった」
ユーフラテスがそう言うとネモフィラがアワアワと慌て出し、視線をあちこちに飛ばし始める。
ユーフラテスがその視線の先を追うと、そこにはアルフレッドがいた。
ユーフラテスは息を呑み、そしてアルフレッドを睨みつけた。
アルフレッドは勿論、弟の視線に気がついた。その恨めしげな目に込められた意味もちゃんとわかっている。
可愛い弟の可愛い嫉妬心。しかし恋する少年は恋する少年にありがちな勘違いをしているようだと思う。
なんてトンチンカンな弟。そしてその婚約者。
「あー。うーん…。話が進まないな…。…うん。いやでも、なんかこう、甘酸っぱい…」
アルフレッドがボソっと呟いた。
「そうですね…。まさかここまでとは思いませんでした」
ヒューバートも頷く。
アルフレッドとヒューバートは、互いに意識し合って明後日の方向へ進みかける、いや、全く進まない弟妹の様子を目の当たりにして、遠い目になった。
『ここまで不器用だとは思わなかった』
これが兄達の総意だった。