従兄妹
「流兄、まだ学校にいたんだ? 一緒に帰ろっ」
ヨミがバス停で次のバスを待っていると、そこに生徒会の仕事を早めに終えた理由がやって来た。それから間もなくバスが来て、ヨミと理由は一緒にバスに乗り込んだ。二人で帰るのは久しぶりだ。
「流兄はこの時間まで何してたの?」
「クラスのやつと話してた」
「へぇ、流兄がすぐ帰らないで放課後に誰かと話をしてるなんて珍しいね。何の話をしてたの?」
「オレの好きは本当の好きじゃないんだってさ」
「えっ、何それ?」
ヨミはバスの中を見渡してみた。乗客はほとんど北鷹の生徒だ。同性の友達同士で談笑している生徒もいれば、異性の友達と横並びで座っている生徒もいる。あれは友達だろうか? それとも恋人同士なのだろうか? とヨミは思案した。このように周りを気にしたり、あの二人はカップルかなどと考えることをヨミはしたことがなかった。しかし、先ほどの和泉との会話がヨミにちょっとした変化をもたらした。今まで自分の世界でしか生きてこなかったヨミが他人のいる外の世界に出てこようとしている。
「流兄、どうしたの? なんだか、いつもと違うみたい」
「なぁ、理由、オレたちってどう見えてんだ?」
「どう見えてるって、それどういう意味?」
「友達か? 兄妹か? それとも恋人同士に見えるか?」
「流兄、何言ってるのよ」
ヨミにそう言われて理由は少し気恥ずかしくなった。改めてそう問われると変にそのことを意識してしまう。
「オレたち従兄妹同士って知らないのもいるしな」
「やっぱり今日の流兄は変だよ。なんでそんなこと気にするの?」
そう言われてヨミは急に押し黙ってしまった。なんで気になるのか当の本人が理解していない。どうしてそうなったのか、昨日から今に至るまでに起こった出来事をヨミは思い出そうとしていた。ヨミが過去を振り返るなんて本当に稀なことだ。だから、ヨミは色んな出来事を片っ端から忘れていってしまう。ヨミとはそういう男だ。ちょっと前の記憶でさえ、すぐに無くしてしまう。なので、それが今朝の出来事であっても思い出すのにはけっこう時間がかかった。 理由はヨミが何か考え事をしていることに気づき、ヨミのほうから話を切り出してくるのを待った。そんな沈黙の時間が流れること数分――バスがヨミの家の最寄りのバス停に到着し二人は下車した。
バスを降りてから自宅に向かってゆっくりと歩いている間もヨミは考え込んでいた。そして、もうすぐ自宅に着くというところでようやく口を開いた。
「あいつが言ったんだ。オレの好きは本当の好きじゃないからダメだって」
「流兄、また誰かに告白したの?」
「いいや、あいつにオレのこと好きなのかって聞いた」
「どうして……そんなこと聞いたの?」
「眼鏡、使ったんだ」
その一言で理由は大体の状況を理解した。流兄はその人のことを好いている。流兄はよく考えもせずに眼鏡の力を使って気になる人のことを調べた。その相手は流兄のことが好きで恋愛感情を抱いている。それを知った流兄はやっぱりよく考えもせずに自分を好きなのかと聞いた。そこで相手は好きだと言ったが、流兄の気持ちが恋とは違うことを知っていて彼女にはなれないと言った。
「使っちゃダメって、わたし言ったのに……。それで流兄はどうしたいの? その人と恋人同士になりたいの?」
「オレ、わかんねー。好きな相手には好きって言うもんだと思ってたし。だって、うまいもん食ったらうまいって言うの当たり前だろ? だから、好きなやつには好きって――」
「はぁ~、流兄らしいと言えばそうなんだけどね。とりあえず、家の中に入ろっか」
二人は自宅に着くと各々の部屋へ行き、部屋着に着替えてリビングに下りてきた。そして、シーロが横で見守る中、さきほどまでの話の続きを始めた。
「じゃあ、流兄は恋人が出来たとして、その人と一緒に何をしたいの?」
「何をする? オレも相手も好き同士ってのがわかって……あとは別に何もしねーぞ」
「それ、ゼッタイ間違ってる。付き合うっていうのは――恋人同士っていうのは、一緒にいる時間が一番長くって、友達よりももっと深い関係になるってことなんだよ? それに、大人になれば恋人同士は結婚して夫婦になって一緒に暮らすかもしれない。友達同士の好きと恋人同士の好きは違うの」
「そーなんか。それは困るなぁ」
「どうして困るの?」
「だってよー、耕也とか双葉とか、理由とかシーロとか、みんなと遊べなくなっちまう。今もみんな忙しくて会えてねーのに、もっと会えなくなっちまうだろ」
「でも、恋人っていうのは一番一緒にいたい人のことなんだよ? だから付き合って恋人同士になるの。もし、その人とずっと一緒にいたいって流兄が思ってないなら、それは本当の好きというか、恋人になりたいっていう意味の好きとは違うと思う」
「そーなんか?」
「さっきも言ったけど、恋人同士がもし一生一緒にいたいって思ったら、結婚して夫婦になるんだよ。だから、流兄がずっと一緒にいたいって――心からそう思える人がもしいたなら、付き合ってくださいって告白するの。そうじゃない人はお友達として好きってことだから、流兄が今までしてきたみたいに誰にでも好きって言っちゃダメだよ」
「そーか、じゃあ、オレは今度から誰にも好きって言わないことにすんぞ」
「え!? ど、どーしてそうなるの? 何もそんな極端に考えなくても」
「だって、誰かと恋人同士になっちまったら、理由の面倒見れなくなるみたいだからな」
「わ、わたしのことは関係ないでしょ。これは流兄の問題なんだから」
「鉄兄ちゃんと約束したからな。理由のことはオレが一生守るんだ」
「流兄……それは、こんな場面で使う言葉じゃないよ」
理由は俯いて黙り込んでしまった。その胸の裡にはヨミが自分のことを『一生守る』と言ってくれたことへの嬉しさと、その言葉が本来自分が望んでいるものとは違う種類のものであることへの寂しさが同居していた。
「わたし、ちょっと上で休んでくるね」
「どーした? 具合でも悪いんか?」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃったみたい」
理由が抱えている複雑な気持ちをヨミは理解していない。ヨミの真っ直ぐなところや真っ白なところは時に人を傷つけてしまう危ういものだ。本人が自覚していない時点で凶器にもなってしまうものだが、だからと言って誰もヨミのことを責められやしない。
「流兄、守るって言ってもらえて嬉しいけど、わたしそういうのは望んでない。わたしは流兄に守ってもらわなきゃいけないほど弱くなんかないよ」
「理由、どーした? 泣いてんのか?」
ヨミの位置からは理由の表情を伺い知ることはできない。ただ、涙を拭うような仕草を見せられて震える声まで聞かされれば、彼女がどんな表情をしているかは容易に想像がつくだろう。
「わたし……この際だからはっきり言うけど……。流兄のこと好きだよ。それはね誰よりも一緒にいたいって、恋人になりたいって意味の好きなの。大人になったら……結婚したいって意味の好き……なの。従兄妹は結婚できるから、だから……」
そこまで話して理由はリビングを出て行った。その告白はヨミにも理解できるほど率直で真っ直ぐなものだった。今まで何度も告白をしてきたヨミだが、告白されることには慣れていない。しかも、その相手が理由でこうも純粋な思いを正面からぶけられて、ヨミは心底戸惑っていた。
「なぁ、シーロ。理由の好きは本当の好きだったんだな」
それまで二人のやり取りを黙って横で見守っていたシーロがおもむろに立ち上がった。
「ヨミ……ちょっと待ってて」
そう言ってシーロもリビングから出て二階へ上がって行ってしまった。
しばらくすると、シーロは手に何かを持ってリビングに戻ってきた。
「なんだ、それ?」
それは黒いアイマスクだった。シーロが二階に行って取ってきた物ということは、ヨミがかけている眼鏡と同じく、何か不思議な力を備えた道具に違いない。
「ヨミ……困ってるみたい。多分、自分のことがわからなくて困ってる。これを使えばヨミの知りたいことがわかるかもしれない」
「そーなのか? それどう使うんだ?」
ヨミの質問に答える代わりに、シーロはヨミの眼鏡を外してかわりにそのアイマスクをヨミにつけさせた。見た目や使い方は普通のアイマスクと全く同じだ。違ったのは、それをつけたときに見える景色。そこにあったのは真っ暗な世界ではなく、ちゃんと色のある景色――とても見慣れた風景だった。




