眼鏡
月は替わって4月となり、ヨミ・耕也・双葉の三人は二年生へと進級した。理由も入学式を経て晴れて高校一年生となり、女子高生の仲間入りを果たした。クラスや学年は違えど、四人は変わらず仲の良い友人、仲の良い先輩後輩を続けている。変わったことと言えば、この関係にシーロが加わったことだ。さすがに耕也と双葉の二人にはシーロのことを隠してはおけない。ヨミに代わって二人に経緯を説明した理由は思いのほかあっさりとこの現実が受け入れられてしまったので、逆に拍子抜けして床にへたりこんでしまったくらいだ。ヨミという変わった人間と長年連れ立っているだけあって、二人の人付き合いの柔軟性には一般人離れしているところがある。それは理由も同様だ。今回の件に限ってはそれがいい方向に働いたと言っていいだろう。五人の関係性はうまく調和が取れていた。
「この眼鏡、赤丸が映っててずっと点滅してんだけど、何だろなこれ」
校門前のバス停でバスを待っている間、ヨミは前から気になっていたことを何気なく口にしてみた。
「赤丸が点滅? なにそれ、わたしにも見せて見せて」
ヨミの同意を得るまでもなく、理由は眼鏡を奪い取って装着した。
「なぁ~んだ、よく見える普通の眼鏡じゃない。赤丸なんて見えないよ。とゆーか、視力両目とも2.0のわたしがよく見えるって、これ伊達眼鏡なの?」
「違うよ。掛けた人間の視力に合わせて自動的に度を調節してくれんだ」
「へぇ~、今時のメガネってのは随分ハイテクなんだね」
自分にとっては伊達眼鏡と何ら変わらないことを理解した理由は、すぐにそれへの興味を失ってヨミに返却した。
「なんだろー、これ。オレにしか見えないのかなぁ」
「帰ってシーロちゃんに聞いてみれば? 元々はシーロちゃんの物なんでしょ、それ」
「そーだな。シーロに聞いてみっか」
理由が北鷹学園に入学してから二人は毎日一緒に下校している。帰る家が同じなので一緒に下校するのも自然の流れだ。ただ、ヨミと一緒にいる人間は何もしなくても周りの注目を浴びてしまうというのに、毎日一緒に帰っているともなれば学校中の噂になって当然だ。というわけで、入学早々にして理由は校内の有名人の一人になってしまった。北鷹に入るまで理由はヨミが学校でどのように思われているのか知らなかった。だが、ヨミの噂は付随する双葉の逸話とあわせて入学早々クラスメイトの口から理由の耳に入った。そのうちそれらの噂に理由自身の話題も加わるようになって、いつしかクラスメイトだけでなく他のクラスの生徒にまで一目置かれる存在になっていた。
バス停で待っている間もバスに乗っている間も、常に誰かの視線を感じていた。ヨミと一緒にいるときはいつもそうだ。こっちをチラチラ見る生徒たちがいることには気づいている。それにももう慣れた。ヨミと一緒に帰るこの時は理由にとって至福の時間だった。中学の時もヨミと一緒に下校していたが、先にヨミが進学してそれができなくなった。一年間も我慢したのだ。中学時代の同級生はそのことを知っていて当然のごとく受け止めてくれているが、高校には色々な中学から生徒たちが集まってくる。違う中学から来た生徒たちは興味津々に『付き合ってるの?』とか『あの人彼氏なの?』と口を揃えて質問してくる。それには戸惑うところもあるが、理由にとってまんざらでもない出来事だ。
二人は家の最寄りのバス停で下車すると寄り道せずに真っ直ぐ帰宅した。家でヨミと過ごす時間は理由にとって一番笑顔でいられる時だ。シーロという邪魔者がいなければ彼女にとって最高の環境だろう。
「ただいまー、シーロいるかぁ?」
「おかえりなさい……ヨミ、理由」
「ただいま、シーロちゃん」
「おー、シーロ。あんなぁ、この眼鏡なんか赤丸が点滅してっけど、なんなんだこれ?」
「それは起動シグナル」
「起動シグナル? なんだそれ」
「フレームの内側に起動スイッチがある。そこを押すと起動する」
「スイッチ?」
ヨミはいったん眼鏡を外してフレームの内側を確認した。よく見ると右側のテンプルの内側に小さなボタンのようなものが付いている。ヨミはそれを試しに押してみた。再び眼鏡をかけてみると、まるで眼鏡の向こうに液晶画面でもあるかのように文字の羅列が次々と表示されては消えていった。
「な、なんだー、これ。ただの眼鏡じゃなかったんか?」
「それは人を視るための特別な眼鏡」
文字の羅列が表示されなくなると普通の眼鏡を掛けているのとほぼ同じ状態になった。ただ一点、右目のレンズの右下の部分に緑色の丸が点灯している。
「なんか、今度は緑の丸が点いてるぞ」
「正常起動した証拠。機能が使えるようになった。理由を視てみればわかる」
「理由を見ればわかる?」
ヨミは言われたとおりに理由を見た。すると、今度は数字や文字、記号やグラフなどが次々と表示されていった。
「おー、なんだこれ? おもしれーぞ」
「それは視た人の中身を表示する眼鏡。今は理由のデータが表示されているはず」
「ふーん、『154cm』『45Kg』『B78』『W58』『H80』これって理由のことかぁ」
「えっ? 今のって……」
「それは理由の基礎データ。眼鏡が捉えた肉体的情報から検知した数値を表示したもの」
「きゃぁああ!! 何言ってるのよ! 流兄のバカ、エッチ。もう見ちゃだめぇえ~」
理由は悲鳴をあげると、両腕で体を隠すようにしてしゃがみこんでしまった。恥ずかしさのあまり顔を上げることもできない状態になってしまっている。
「色付きの棒みたいなのは何だ?」
「それは相手の親密度と信頼度。バーの長さが長いほど相手との関係が深い」
「じゃあ、この赤いハートに矢みたいなのがささってるのは何だ?」
「それは相手の恋愛感情。矢が刺さっているのは理由がヨミのことを好きだから」
「へぇ~、そうなんか理由?」
「流兄のバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカァ!」
「おい、そんなにバカって言うなよー」
「もうその眼鏡使っちゃダメ!」
「それはシーロとの契約の証……。契約が切れるまで使ってないと駄目」
「だってさー、理由」
「じゃあ、その色々わかっちゃう機能を使わないようにして! じゃないと、もう流兄と一緒にいられないよぉ」
「機能を使いたくない時はさっきのスイッチをもう一度押す」
「こーか?」
ヨミは言われたとおり、フレームのテンプル部分の内側についているボタンを一回だけ押した。すると、先ほどまで出ていた表示が消えて、もとの何の変哲もない眼鏡の状態に戻った。緑色の丸が再び赤に変わって点滅している。
「おー、何も見えなくなったぞ理由」
「本当に? 本当の本当に?」
「あぁ、安心しろ。オレは嘘つかねーぞ」
「はぁ~、よかったぁ」
「そんなに嫌だったんか?」
「流兄はデリカシーってものがないんだから。女の子のスリーサイズを言うなんて、ゼッタイやっちゃいけないことなんだからね」
「おー、あれがスリーサイズってやつだったんか」
「もう、流兄のバカ」
「でも、なんかこれ、すげーな。こんな眼鏡初めてみたぞ」
「そんな機能、使っちゃダメだよ。勝手に人の情報見るなんて悪いことだからね」
「そっか、わかった」
シーロがこちらの世界に持ち込んだ不思議な眼鏡。この眼鏡がヨミの人間性を大きく変えていくことになる。




