企業秘密
「ひとまず状況を整理してみましょうか」
ヨミ、シーロ、理由の三人は再びリビングのソファーに座り、顔を付き合わせて話合うことにした。三人の中で一番しっかりしてそうな理由が進行役になるのは当然の流れだ。
「あなたの名前はシーロ。二階のトイレに出来た得体の知れない空間の向こう側からここにやって来た。他のことは全く覚えていない。つまり記憶喪失みたいなもの……ってことよね? それで自分の国に戻ることもできない」
「うん……」
「――で、なんでしばらくここに住むってことになるわけ?」
「契約した……ヨミと」
「契約? いったい何のこと?」
「あぁ~、それはな理由、この眼鏡のことだ」
「眼鏡がどうしたの?」
「契約ってやつをしたら、この眼鏡くれるって言うから、契約したぞ」
「流兄、意味わかってしたの?」
「いやぁ、金はいらないって言うからさぁ。眼鏡くれるかわりにこの家に住むって意味だったんか?」
「もう、流兄はもう少し考えて行動してくれたらいいのに。でも、そこが流兄のいいところでもあるから、仕方ないか……」
ヨミの能天気な性格は短所だと思うが、そんなヨミのことが好きなのも事実。これは理由の抱えるジレンマだった。結局、彼女が出す結論としては『大好きな流兄は今のまま。そのかわり自分がそばに居て流兄を守る』というところに落ち着くのだ。
「それで、シーロちゃんが記憶喪失ということであれば、まず病院に連れていくべきだと思うけど」
「そーだよな。オレもシーロは病院に行ったほうがいいと思う」
「それは駄目。それにもうしばらくすれば色々思い出す」
「何でそんなことわかるの?」
「企業秘密」
「シーロちゃんは何でここに来たの?」
「企業秘密」
「二階のトイレに出来た空間はなんなの?」
「企業秘密」
「……………………」
この子は本当に記憶喪失なのだろうか――と理由はシーロのことを激しく疑っている。
「企業秘密じゃあしょーがねーな。もういいだろ理由。どーせ、オレ以外に誰もいねーんだし、ちょっとの間ここにいても問題ないって。暫くすれば色々思い出すって言ってんだしよ」
「流兄はいいかもしれないけど、この子と流兄がひとつ屋根の下で一緒に暮らすなんて、わたしは嫌なの」
「そんなこと言ったってなぁ。契約しちまったんだし。それにあのトイレのこと誰かに話したりなんかしたら、頭おかしくなったと思われんぞ。それか、どっかの国の専門家とかがうちに乗り込んで来て大変な目に合うかもしれねーし」
ヨミにしてはしごく真っ当で珍しく的を射た発言だった。理由も今言われたことは承知しているが、いかんせん乙女心というのは複雑なものである。
「わかったわ。じゃあ、シーロちゃんがいる間はわたしもここに泊まることにするから」
「お、おい、理由、本気かぁ?」
「流兄は見ず知らずの女の子を泊めておいて、従妹のわたしは泊められないって言うの?」
「いや、そーゆーわけじゃねーけどさ」
「じゃあ、問題ないよね。わたし、今からもう一度家に帰って泊まる用意してくるから」
理由はそう言うとドカドカ大きな足音を立てながら、有無を言わさない感じで外に出て行った。
「なんだか、最近の理由はどうもご機嫌斜めなんだよなー」
理由が沸かしたお風呂はもうかなりぬるくなっていたが、そのことには誰も気がついていないのだった。




