理由
ヨミ、耕也、双葉の三人が向かった先はヨミの自宅だ。三人はご近所様で小さい頃から付き合いがあり、それぞれの両親も顔見知りの間柄だった。以前は日替わりで遊ぶ家が替わっていたものだが、高校生になってからはヨミの家に集まるようになった。ここにはヨミ一人しか住んでいないので何かと都合がいいのだ。しかも二階建ての一軒家である。三人で使うには広さも十分で高校生の溜まり場としては申し分のないところだった。
ヨミはなぜ一人暮らしをしているのか? その疑問の答えであるが、ヨミが高校生になったのを契機に彼の両親が別居生活を始めたのだ。もっと詳しく説明すると、彼の両親はいわゆる『でき婚』というやつだった。二人とも気の多い性格で、結婚する時に『入籍してもお互いに生涯フリーでいよう』という約束をしていた。ヨミが高校生になるまではしっかり面倒を見るという方針でずっと一緒に住んでいたが、高校生にもなればもう一人前の大人だということで二人とも家を出ていった。現在、ヨミは両親からの月に一度の仕送りで生計を立てている。そんなとんでもない境遇に置かれているヨミだが、当の本人は全くそのことなど意に介していない。今も自由気ままな生活を満喫している。
「たっだいま~」
「――って、耕也。ここオマエんちじゃねーだろ。つか、ただいまとか言ったって、誰もいるわけないじゃん」
――と言った双葉だったが、その発言をした矢先にリビングの扉が開くのを見て、自分の考えが間違っていたことを悟った。
「流兄、お帰り――って、なぁーんだ、耕也さんと双葉ちゃんも一緒かぁ」
「おー、理由、来てたのかぁ」
「えっ、ワケちゃん? どうしたんだよ!? その髪」
「耕也さんには関係ありません。それとその呼び方、学校ではゼッタイにやめてくださいね」
「へぇ~、理由、ツインテやめてショートにしたんだ。随分思い切ったもんだ。もしかして、高校生になるからってちょっと背伸びしちゃったのか?」
「そんなこと……ないもん。それに双葉ちゃんもその呼び方止めてよね。わたしは『リユウ』じゃなくて『リユ』なんだから」
「わかってるって、上から読んでも『ユリノリユ』、下から読んでも『ユリノリユ』だろ?」
「もう、双葉ちゃん、それもゼッタイ禁止! 高校でもそれが定着しちゃったらサイアクだし」
「二人とも、理由のことからかうなよ~」
「まぁ、そんな堅いこと言うなよ。俺らにとってもワケちゃんは妹みたいなモンなんだからさ」
ヨミの家になぜか上がり込んでいたこのショートカットの女の子は百合野理由(15)、ヨミの従妹でこの近所に住んでいる。この春(というか、もうすぐ)ヨミたちの通う北鷹学園に入学する予定の中学三年生だ。
「――にしても、ワケちゃんはあのツインテールが可愛かったのに。なんで切っちまったんだよ」
「別に耕也さんの許可が必要なものでもないし。髪型をどうしようとわたしの勝手です」
「そんな冷たいこと言わないでよ。なぁ、ヨミも前の髪型のほうがよかったと思うだろ?」
「そーか? オレは今の理由もすごく可愛いと思うぞ」
「……………………」
「何赤くなってんだよ、理由」
「あ、赤くなってなんかないっ」
「それで、理由はなんでここにいるんだ?」
「流兄、今日は午前中で終わりって聞いたから、お昼ご飯を作りに来たんだよ。今日は流兄の好きなカルボナーラ作ってあげるからね」
「おー、そーか。いやぁ、楽しみだなぁ。お腹ペコペコだよ」
「マジ!? いやぁ、ワケちゃんの手料理が食べられるなんて、ラッキー、ラッキー」
「わたしは流兄のご飯を作りに来たんです」
「二人の分がないなら、オレも今日はいいよ。さっきコンビニで色々買ってきたし、それ食うからさ」
「そんなぁ……。じゃあ、二人の分も作る」
「おっ、そーか。悪いなぁ、理由」
「だって……せっかく流兄に食べてもらおうと思って練習したんだから……」
「ん、どーした? やっぱり無理か?」
「何でもないです! 今作るからちょっと待ってて!」
「理由のやつ、機嫌悪そうだけど、何かあったんかなぁ」
「理由も難しい年頃なんだよ。ヨミにはわかんないだろうけど」
「――って、お前だってワケちゃんと一つしか年違わねーじゃん」
「アタシみたいなのと一緒にすんなよ。うちらの違いを一番わかってんのは耕也だろ」
「そうか、そんなに違うか……。俺にとってはお前もワケちゃんも同じ女の子だけどな」
「アンタ……一度、本気でしばくよ」
「ぐふっ、不意打ちとは卑怯な」
耕也の腹部には見事に双葉の肘鉄が入っていた。
「なーんだ、双葉はまた照れてんのかー。耕也も大変だなぁ」
「誰が照れてるってぇ!?」
双葉は昔から照れるといつも耕也に肘打ちを食らわせていた。それはもうヨミの記憶に残るくらいあからさまにだ。
「おい、双葉。ヨミを傷つけたらワケちゃんが悲しむ。だから、そーゆーのは俺だけにしておけ」
「わかってるよ。ったく、そろいもそろって余計なことばかり言うやつらだよなぁ」
「耕也、双葉、こんなとこで話してないで、早く中入ろーぜ」
「そうだな。んじゃ、お邪魔しやーっすと。ヨミ、メシはリビングで食べるのか?」
「オレの部屋に行っててくれ、理由の料理ができたら持ってっから」
「おっけー。じゃあヨミ、悪いけどヨロシクな。ワケちゃんにも料理楽しみにしてるって言っておいてくれ」
「おー、任せとけ」
「よっし、耕也、今日こそリベンジだからな。今回ばかりはアタシが勝つ」
「懲りねぇやつだなぁ。何度やっても俺には勝てないって」
「やってみなくちゃわっかんねーだろ」
二人が二階へ上がっていくのを横目に見つつ、ヨミはリビングのドアを開けて中に入った。リビングは向かって左側がキッチンになっていて、右側にはテレビ、ソファー、テーブルなどが置かれている。
「理由、耕也が料理楽しみにしてるってよー」
「だから、耕也さんのために作ってるんじゃないって言ってるのに」
理由はちょうど茹で上がったパスタの湯切りをしているところだった。湯切りしたパスタをフライパンの中に入れて、予め作っておいたソースとパスタを絡めている。ヨミはソファーに座って調理する理由の後ろ姿(エプロン姿)をじっと眺めている。
「流兄、そこで何してんの?」
「理由のこと見てるぞー」
「え!? ちょっと、恥ずかしいから見ないでよぉ」
「理由はきっといいお嫁さんになるなー」
「な、なに変なこと言ってるのよ!? お料理失敗しちゃうでしょ」
「大丈夫。理由の作った料理は何でもうめーもんな。あとどれくらいで出来るんだ?」
「もうすぐできるよ。あとは卵黄とパルメザンチーズを加えるだけだから」
理由はフライパンの中に卵黄と粉チーズを投入して手早く絡め、出来上がったカルボナーラを予め用意しておいた器に盛り付けた。
「でっきあがり~、流兄、みんなで一緒に食べよ」
「おー、持っていくの手伝うぞ」
トレイを二つ用意して、二人は出来上がったカルボナーラを二階のヨミの部屋へ運んだ。
「おまたせ。耕也さんと双葉ちゃんの分もちゃんと作ってあげたから」
「おっほー、うんまそーな匂いだぁ。んじゃ、ちゃっちゃと終わらせてワケちゃんの手料理を頂くことにすっか」
「耕也、てんめぇ、アタシを舐めるのもいい加減にしろ」
そこでは耕也と双葉がテレビゲームで熱いバトルを繰り広げていた。二人が白熱のバトルを繰り広げているのは先月発売したばかりの3D対戦格闘ゲーム"Guns or Swords"だ。プレイヤーは銃を扱う勢力と刀を扱う勢力の二つに分かれて、銃と刀――人間が使う武器としての生き残りをかけた戦争に身を投じていくという設定のゲームだ。キャッチフレーズは『銃と刀、キミはどっちを選ぶ?』で、使用するキャラクターのレベルが上がると武器も進化するという育成要素も盛り込まれている。二人はヨミの家に来るたびにこのゲームに明け暮れているが、対戦成績は耕也の圧倒的勝利で、双葉は耕也に勝ったことがない。
「はい、勝負ありっと。さっ、早く食べよーぜ」
「くそぉ~、耕也めぇ~」
「ちょっと待った。リアルでの攻撃は反則だぞ双葉」
「ちっ、現実じゃあぜってー負けねーのによ」
握り締めた拳の持っていき場を失い。双葉は右腕をぐるぐる回した。
「はいはい、そこまでね。みんな冷めないうちに食べちゃって」
「おー、じゃあ理由、いただきます」
自分の作った料理をヨミが一心不乱に食べている様子を見て、理由はとても嬉しそうにしている。
「おぉ、うめーな。どこのどいつか知らんが、ワケちゃんをお嫁にもらう野郎が羨ましいぜ」
「だろ? ぜったい、理由はいいお嫁さんになるんだから。間違いない」
「ふ、二人とも何いってんのよ」
「てゆーかさ、理由はもう立派な通い妻じゃねーか。今年中にはもう結婚できる年になるんだし、ヨミにもらってもらえよ」
「な、双葉ちゃん何言ってんの!?」
「だって、理由はヨミのこと好きだろ? 誰が見てもわかるって。いや、訂正――ヨミ以外の人間にはすぐに分かるって」
「そ、そそ、そんなことない……も……ん」
双葉の指摘に理由は頬を赤らめて俯いてしまった。
「あー、双葉、バカにすんなよー。オレだって理由がオレのこと好きなの知ってんぞ」
「え……流兄……何言ってんの?」
「おぉ!! ヨミ、言ったなぁ。その発言、ちゃんと責任とれよっ。ワケちゃんを泣かすんじゃねーぞ」
「へぇ~、それまた面白いことを聞いたな。んで、どーしてオマエに理由の気持ちがわかるんだ?」
「だって、鉄兄ちゃんがオレに言ったんだ。理由は流のことが好きだから、理由のこと頼むなって」
「鉄兄のやつ、何余計なこと言ってんのよ」
今話題に上った人物は百合野鉄人(享年20)、病により若くしてこの世を去った理由の実の兄だ。双葉と同じ道場に通っていたことがあって、耕也とも面識がある。皆に好かれ、尊敬される人物だった。
「鉄兄ちゃんの言うことだから間違いない。それに、理由は耕也だって双葉のことだって好きだぞ。だって、嫌いなやつのために料理作ってくれたりしないだろ」
「オマエなぁ~、どうせそういうことだろうと思ったよ。理由もいくら好きな相手とは言え、こんなやつの世話するはめになって大変だなぁ」
「だから、さっきから何でその前提で話が進んでるのよぉ」
「ワケちゃんほどの子をヨミなんかの嫁にするにはもったいない。そのうち、俺がいいやつ見繕ってやるから、安心しな」
「けっこうです。耕也さんのお世話になるくらいなら、一生独身で構いません」
「これから女子高生になろうって子がそんな発言するなんて悲しいねぇ。これもみんなヨミのせいだな。ヨミ、オマエちゃんと責任とって理由のこと嫁にしてやれよ」
「あー、もうっ、しつこい! だから、そんなじゃないって!!」
「だから、理由のことからかうなって。それにオレと理由は従兄妹なんだ。お嫁さんには出来ない。理由だってそのくらいわかってるって」
「流兄……従兄妹同士は結婚しても大丈夫……なんだよ」
「えっ、そーなんか?」
「オマエ知らなかったのか? 日本の法律じゃ結婚しても問題ないんだ」
「ヨミがそんなこと知ってるわけないだろ。つーか、それでもワケちゃんをヨミに渡すわけにはいかない」
「耕也、理由はオマエのモンじゃないだろ」
「……………………」
理由はしばらく黙ってパスタを食べていたが、食べ終えるとすぐに部屋を出て行ってしまった。
「理由のやつ、今日はなんだかずっと変な感じだなぁ」
「ヨミ、オマエが核心をつくようなこと言うからだろ。まぁ、あの年頃の子は色々と難しいもんだ。今はそっとしておいてあげよう」
「そうだな。ワケちゃんのことですっかり話が立ち消えになっちまってたけどよ。本題は今日のヨミの反省会なんだからな」
「そうだよ。ヨミ、いったいなんで高山先輩にコクったりなんかしたんだよ? だいたい、オマエ先輩と接点があるようには全然見えなかったぞ。まぁ、どうせ耕也が焚きつけたんだろうけど」
「焚きつけたとか人聞きの悪いこと言うなぁ。俺はただヨミに的確なアドバイスをしてやっただけだ」
「んで、どんなアドバイスをしたって言うんだ?」
「目が合ったんだ」
そこで突然、ヨミが独白を始めた。
「送る会の時、高山先輩と目が合ったんだよ」
『送る会』というのは先月開かれた一、二年生が主催する卒業生向けの歓送会のことだ。クラスごとに出し物をするのだが、ヨミのクラスは劇を上演した。その中でヨミは高身長を買われて街灯の役を仰せつかった。どうやら、その時に観覧していた高山先輩と目が合ったと主張しているらしい。
「耕也に言ったら、先輩はぜったいオレに惚れてるって」
「オマエ、ほんと救いようのないバカだな。つか、耕也もいい加減、ヨミにあれこれ吹き込むのやめろ」
「まぁ、いいじゃねーか。男はやっぱ自分からコクる度胸がねーとな。ヨミだって、高山先輩のことが好きだからコクる気になったんだし、今回は縁がなかったってだけさ」
「まぁ、ヨミのことだから、好きでもない相手にコクるとか、そんなことはないだろうけど。気持ちが昂ぶったらすぐに告白するってのも、どうかと思うぞ。ちゃんと、相手のことも考えて少しは成功する確率とかも計算してやってみたらどうだ?」
「それ、双葉に言われたくねー。双葉だって耕也に何回も告白して、毎回断られてるじゃねーか」
「あ、アタシのことは関係ないだろ。それにオマエと一緒にすんなよ。アタシは誰彼構わず告白してるわけじゃないからな。耕也が首を縦に振りさえすれば全てが丸く収まるんだ」
「耕也も双葉のこと好きなのに、なんで付き合わねーんだ?」
「ヨミ、オマエほんとバカだな。告白されて何度もフってるやつが、アタシのこと好きなわけないだろ」
「何言ってんだよ。俺は双葉のこと好きだぞ。でも、俺は特定の人を作らない主義なんだ。願わくば、双葉には早く別のやつを探してもらいたい」
「な……なんだよそれっ、オマエいい加減なこと言ってんじゃねぇぞ」
双葉は顔を真っ赤にしながら、部屋を出て行ってしまった。
「あーあ、やっちまったかなぁ。フォローしとかねーと。じゃあ、ごちそうさん。俺、ちょっと双葉のこと追っかけてくっから。すまんが、後片付け頼むわ」
「おー、任せとけ。双葉を泣かせんじゃねーぞ」
「そのセリフ、まさかヨミに言われるとは思わなかったわ。んじゃな」
部屋にポツンと一人残された格好のヨミ。周りには空いた食器が4つ。あのような話をしながらもしっかりと残さず食べきるあたり、さすがに高校生の食欲は旺盛である。




