恋人同士
「流兄、大丈夫? なんだか、うなされてたみたいだけど、なんでアイマスクなんかしてここで寝てるの? ――って、うわっ、流兄が泣いてる!? シーロちゃん、何かあったの?」
ヨミの目の前には理由がいた。うなされているヨミの姿を見て、慌てて理由がアイマスクを外したのだ。ヨミは自分の頬を触ってみた。すると、その指先には確かに無色透明な液体が付着していた。
「オレ、泣いたんだ……。そっか、嫌な思いして……それで」
「どうしたの? 何か悪い夢でも見た?」
「理由が……」
「ごめんね。わたしが変なこと言ったから……。でも、心配しないで。わたし、切り替えは早いほうだから、いつまでも落ち込んでるのなんて、似合わないもんね」
「違う……そうじゃない。理由が耕也と一緒にいて、すごく仲良さそうで、幸せそうで」
「へっ!? 何言ってるの流兄」
「二人がここで楽しそうに食事してて、それからキスしてた。理由がすごく嬉しそうで」
「はぁ~!? なんで、わたしが耕也さんとそんなことしなきゃいけないの? 流兄、いったい何考えてんのよ」
「耕也のこと、好きなんじゃないのか? 違うのか?」
「さては、このアイマスク。またシーロちゃんが変な道具持って来たんでしょ?」
「それは……自分の心を見せてくれるもの。ヨミ、困ってた。だから、貸してあげた」
「それで何でわたしと耕也さんが……その……キス……なんかしてる夢を見るわけ?」
「あれ夢だったんか?」
「当たり前でしょ! なんで、わたしが耕也さんとそんなことするのよ。流兄、忘れっぽいのにもほどがあるよ。さっき言ったこともう忘れちゃったの? わたしが好きなのは流兄なんだから……。ほかの人と……するわけないでしょ」
顔を赤らめながらそう言った理由はティッシュをとってヨミの顔を拭き――
そして、そっとヨミの唇に口づけをした……。
「これ……わたしのファーストキス……」
「理由……」
ドキッ ドキッ ドキッ ドキッ
二人の鼓動が高鳴る。その音が聞こえてくるようだとヨミは思った。そして、それはさっき感じた気持ちの悪い音とは全然違う種類のものだった。不思議な心地よさがあって、きゅんっと胸が高鳴るようなそんな感覚のものだった。
「ごめんね流兄、いきなりこんなことして」
「いや、オレ……すごく嬉しかった」
ヨミのその言葉を聞いて理由は屈託のない笑顔を見せた。それはさっき悪夢の中でヨミが見たものと同じ笑顔だった。
「それ、その顔――さっき耕也と一緒にいた理由と同じ顔だ」
「だから、それは流兄が見た夢だよ。こんな顔、流兄の前でしかできないんだから」
そこまで来てやっとヨミは自分の今感じている気持ちが『本当の好き』というやつなんだと気付いた。
「流兄は――夢の中で……その……わたしと耕也さんが仲良くしているのを見て嫌な気持ちになったの?」
「うん、耕也には悪いけどすげー嫌だった。悲しくて、寂しくて、苦しくて、辛くて。オレ、たぶん理由のことが好きなんだと思う」
「たぶん……なの?」
「いや、違う……。オレ、本当に理由のことが好きだ。他の人に言った好きとは違う――ずっと一緒にいたいって、オレ以外の人とキスしないで欲しいって、これが本当の好きってやつなんだってわかった」
「嬉しい……」
涙が理由の頬を伝った。今度はヨミが理由の頬を拭く番だ。
「理由が泣いてんの見るのは鉄兄ちゃんの葬式以来だな」
「うん……でも、これは悲しい涙じゃないよ。わたし、すごく嬉しくて」
「わかってる。オレたち従兄妹だけど、今からは恋人同士になろう」
「うん。へへっ、わたし、今日から流兄の彼女さんだ」
「おー、そーだ。理由はオレの彼女だぞ」
そこで理由は今までにヨミが見てきた中で最高の弾けるような笑顔を見せた。それを見たヨミも一緒になって笑った。その場の空気が幸せで満たされ、完全に二人の世界に入り込んでしまっていたが、この部屋には全部で三人いることを忘れてはいけない。
「ヨミ、理由、二人とも嬉しそう。よかった」
「おー、シーロ、さっきのありがとな。おかげで本当の好きってやつがわかったよ」
「あ、ごご、ごめんシーロちゃん。なんだか、わたしたちだけ盛り上がっちゃって」
ぐぅぅぅぅううううう~~~
なんと、タイミングの悪いことにそこでヨミの腹が喚きだした。そろそろ食事の時間といった頃合いなのも確かだが、まるで二人のアツアツぶりにヨミの腹の虫が抗議の声をあげたかのようだった。
「なんか、安心したら急に腹が減ってきたぞ」
「じゃあ、今からお夕飯作るね。もうしばらくお腹空かせて待っててもらえる?」
「おー、わかったぞ。んで、今日は何を作ってくれるんだ?」
「今日はシチューにするつもりだったけど、他に何か食べたいものある? もし何かあるなら材料買ってくるけど」
「いや、今日は絶対にシチューがいい。シチュー食べておかねーとまた悪い夢を見そうだしな」
「わかった。じゃあ、野菜たっぷり栄養満点の特製シチューを作るから、できるまでもう少し我慢しててね」
「おー、わかった。楽しみだなぁ」
その日の夕食は二人にとって昨日までとは違う特別な時間になった。恋人同士になるということが、こんなにも嬉しくて幸せなものだということをヨミはこのとき初めて知ったのだった。




