第五十ハ話『結婚を賭けた殺し合い④』
カミュが魔法陣を展開した時、修也は跳んだ。
「なっ!」
一瞬でカミュの懐に入った事で、彼はそんな声を上げて、修也に手をかざした。そこからは青色の魔法陣が展開され、ちらりと氷の矢が見える。
「ッ!」
修也はそれを無視して錬剣を振るった。狙いはカミュの首。放った斬撃は結界に受け止められてしまう。このまま氷の矢を食らうかと思ったが……。
ガシャン! と、まるでガラスが割れるような音と共に、結界が砕けた。幾何学模様がバラバラに分解されて空に消える。錬剣はカミュの首を切断した。
首無しのカミュの体は、首が跳んだのにも関わらず魔法を放った。先程カミュが出していた氷の魔法。氷の矢が修也の胸元を狙って放たれる。
だが、修也にはそれがはっきりと見えていた。常に魔力で強化している目で、氷の矢の姿を捉えることができた為だ。いや、今は魔力ではなく闘気か。
錬剣を振るい、氷の矢を打ち砕く。続けて魔法陣から放たれた氷の矢も、連続で錬剣を振るうことで弾き、砕いた。
カミュの首が元に戻る。少年の顔は焦燥感に駆られていて、先程までの余裕の形相は見る影もない。カミュの背後に、何十もの魔法陣が形成されていく。
「ハァッ!」
戦闘中には上げなかった気合を上げて、カミュは色とりどりの魔法を放つ。火の槍に風の刃、氷の矢に土の礫。それぞれが凄まじい威力を持っている事がなんとなく分かってしまう。
「おおッ!」
だがそれでも、修也は前に進んだ。闘気で強化している目で、全ての魔法の姿を捉える。錬剣に闘気を込めて、魔法を斬り始めた。
まず、近くまで来た土の礫を一振りで斬る。正確に言えば、錬剣を振るったことによって起きた衝撃波によって、土の礫が吹き飛ばされていく。
真正面から迫ってくるのは氷の矢。これもまた走りながら打ち砕いていく。ガシャン! というガラスが割れるような音と共に、氷の矢を斬る。
数本の火の槍がこちらに迫ってくる。あれに限らず、火の魔法は物理的な質量を持っていない。だから剣で迎撃する場合は壊すのではなく散らす必要があるわけだ。
「ッ!」
手首のスナップを効かせて、真正面から火の槍を連続で散らした。錬剣に当たったところから火の槍が蝋燭を吹き消す時のように消えていく。
火の槍が無くなったので、一気に肉薄する。カミュはそれを見て、空中にあった魔法陣を消した。
「これだから、闘気使いは嫌いなんだ! 魔法使いの利点を無意味な物にして、今までの努力を踏みにじって!」
カミュはそう言うと、両手を前にかざして――巨大な魔法陣を展開した。そこから放たれるのは青白い光。魔力そのものを利用した魔法だろう。
火の魔法や風の魔法が加工された道具だとすると、魔力そのものは加工される前の道具だ。身体能力の強化にも使えるまっさらな魔力を攻撃に転用するというのは、《魔力物質化》でしか起こせない事象なはず。
先程の魔弾然り、この魔法は規模を大きくした魔弾だと容易に想像できた。
「おおおおおおッ!!」
闘気を錬剣に込める。青白い光ではなく赤い光。修也の闘気の色に染まった錬剣は、修也のイメージをもってその形態を変えていく。
錬剣に込めた闘気が、薄く長く伸び始める。それはだんだんと剣のような形を取っていき――気がつくと、巨大な剣、大剣が錬剣の周りをを纏うように出現した。
歯を食いしばって、修也は闘気を生成してからずっと感じている頭痛に耐えていた。今は魔力で身体能力を強化しているので滅多に感じられないが、元いた世界での全力疾走の後のような痛みである。
闘気を、《魔力物質化》の時のように操作した事で、更にその痛みが増して、だんだんと息が荒くなっていく。それでも修也は走る。いわば《闘気物質化》とでも言うべき物を使っている修也は、剣の間合いに踏み込んだ。
そして、そのまま大剣を振り下ろす。
カミュもまた、魔法陣から青白い魔弾を――規模が違いすぎるので訂正しよう――破壊光線を放出した地面を抉りながら破壊光線が修也に迫る。
それらは、大剣と破壊光線は放たれた刹那――轟音と共に激突した。
凄まじい衝撃が、修也の腕に走る。カタカタと錬剣が震え、赤い大剣が更に赤くなった。だが、修也の足は依然止まらず、むしろ直進していく。
摺足で少しずつ進んでいく修也を見て、カミュは破壊光線の威力を上げたような気がした。衝撃が更に重くなり、足が止まる。
今地面から足を離せば、体が吹き飛ばされる上に、錬剣に込めた闘気が無駄になってしまう。それは駄目だ。カミュの息切れを待つしかない。
破壊光線が止まれば勝負が決まる。逆に言えば、修也の《闘気物質化》が破られた時点で負けが確定する。闘気を生成できるようになった時点で短期決戦だと分かってはいたが、まさかこれほど早く終わりそうになるとは……。
遂に踏みしめている床が割れて、それから城の壁全体にヒビが入っていく。大きな力と力のぶつかり合いによって、人工的な地震が起きてしまっている。
別に、この場にいるのが修也とカミュの二人だけなら良かったのだ。だがこの場にはサミナの迷宮に入ってきた六人がいる。ユリアは心配なさそうだが他の五人はどうだろうか。
他の事に気を取られている暇はない。ここで《闘気物質化》を解けば間違いなく修也は死ぬ。跡形もなく体が消滅するだろう。体の一部分が持っていかれるだけならまだいい。
城の倒壊を防ぎつつカミュを倒すには――早くこの均衡をなんとかすればいいのだ。
「おおッ!!」
今生成できる闘気を全て錬剣に回す。すると、僅かだが修也の大剣が破壊光線を押し返しているのが見えた。少しでも良いから前へ、前へ、前へ進め。
「ぐ……おおおおおおッ!!」
意外な程近くから、カミュの声が聞こえた。魔力と闘気の光でよく見えなかったが、どうやら相当カミュの近くに来ていたようだ。それは、あと少しでこの決闘が終わることを示唆している事の証明でもある。
魔力の光と闘気の光、青と赤。それぞれの光が混じり合い、やがて白のような、黒のような、赤のような、青のような、黄色のような、緑のような、紫のような――色とりどりの光が、修也の目に写った。
もうすぐ決闘が終わる。いや、終われ。
すると、修也の大剣に僅かな手応えを感じた。遂にカミュの肉を斬り裂き始めたのだ。カミュの苦悶の声が聞こえたような気がする。修也は更に大剣に力を込めて――グシャッ! という音が聞こえてくる。
グシャッ! グシャッ! と、謎の音はだんだんと大きくなっていき……。
と、ここで。
シュルッという音が聞こえてきて、修也は胴体をチラリと見た。
それは紛れもなくユリアの髪の毛だ。意図が分からない。なぜここでユリアが横槍を入れてくる。一体、なぜ。
城が崩れる音が聞こえた。どうやら修也とカミュとの血からのせめぎ合いに城が耐えきれなくなったらしい。城の瓦礫が落ちてくるのを、視界の端に捉えた。
「……あ」
破壊光線が消えて、大剣を振り抜く。光でよく見えないが、確実な手応えを感じた、その直後、
『――シュウヤの勝ちだよ』
頭の中に、そんな声が聞こえ――意識が、暗転した。
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