第五十五話『結婚を賭けた殺し合い①』
最初に仕掛けたのは、カミュだった。
魔法陣を展開して、そこから緑色の光を放った後、風の刃が修也を襲う。攻撃の魔法という牙が、初めてこちらに向いた瞬間である。
修也はそれをどうにかする術を思いつかずに、取り敢えず見てから避けた。避けた所を狙っていたように、風の刃が襲ってくる。避ける術は無く、錬剣で風の刃を斬り裂くしか魔法を迎撃するすべはない。
「ッ!」
勢いよく、錬剣を下から振り上げる。ヒュッ! と空を切る音を響かせて風の刃を斬り裂いた。
「何っ!」
カミュはそんな声を上げた後、洪水のように勢いよく魔法を放った。赤色の魔法陣と青色の魔法陣、そこからは火の玉と氷の槍が数発出現し、迫ってくる。
「くっそ!」
右手に持つ錬剣を、続けざまに振るう。先程の一幕で魔法は錬剣で斬れるということか分かったので、少し強気に魔法を迎撃した。火の玉も氷の槍も、あっさりと散らし、砕く。
「そうかその剣、アドミウムと何かの金属の合金だな? 魔法を斬るなんて離れ業、アドミウム製の武器でしかできないもんな」
「…………」
「あくまでも剣に頼っているのなら、こちらも戦法を変えるとするか」
カミュはそう言って、複数の魔法陣を同時に展開した。素人の修也でも分かる。あれは異常だ。魔法陣の同時展開、どれだけのイメージ力が必要なのだろうか。
とにかく、こんなふざけた決闘で死ぬわけにはいかない。修也にはまだ生きていなくてはならない目的があるのだから。
そもそも、この決闘の勝利条件なんてクソだ。どちらかを殺せば勝ちなど……カミュは不老不死なので、どう足掻いても殺せない。
「はぁ……」
どうしてこんな事になってしまったのか。取り敢えず攻撃してみて、致命傷を与えてもなお殺せなければ諦めよう。降参でもすれば、命だけは見逃してもらえるはずだ。
修也は唐突に訪れた命の危機に向き合う覚悟を決めた。全身から気迫が溢れる。
「……なかなか手強そうだな、君は」
「勝てる訳がないしな。なに、ロクターンの五大迷宮には、文字通り死ぬ気で挑んでるんだ。今更こんな事でくたばってたまるかよ」
「有言実行できる事を祈るよ、青年」
複数の魔法陣から、強大な威力を持った魔法が放たれる。一撃一撃が即死級。当たれば死ぬなんて、どんな無理ゲーだ。
取り敢えず、全ての攻撃に対して、全力の殺意を持って迎え撃とう。自暴自棄になったじゃないが、全ての魔法を斬る事だけを考えることにする。
「おおッ!」
目を常に魔力で強化しているためにその魔法の軌道が、その姿が、はっきりと観測できる。放たれた所から軌道が曲がり、修也の視覚外に行った魔法は無視して、迎撃できる魔法を切断した。
複数の火の矢を斬り、冷気を発している岩を斬り、突風を斬り――修也は進む。
続けて放たれるのは石つぶて。迎撃しようと思ったが、背後から迫る嫌な気配に対して、修也は錬剣を振るった。歪に曲がった軌道で迫る透明な槍を砕く。
ガシャン! と音を立てて槍の残骸が落ちる。それに気を取られる暇もなく、修也は前方から迫る石つぶてを全て弾いた。
元より避けられるはずもなく、迎撃できる物を迎撃したので、当然修也の体には傷が入る。
顔をしかめた修也は、一瞬の空白を利用して一気に前に出た。カミュの近くに肉薄する。だがそこで狂気的な空気を感じて、修也はうろたえてしまう。
そして――足を止めたのが良くなかった。
地面が割れる。
「ッ!」
割れた地面の底はここからでは見えず、落ちれば死ぬという事だけが、なんとなく分かってしまう。
修也は足に魔力を込めて、その魔力を放出する。一時的な空中浮遊。その効力は一瞬だが、穴に落ちるのを防ぎ、割れていない地面に足を落とすくらいの時間はあった。
錬剣を前に出して、その重さで穴から離れた。地面を転がって立ち上がった修也は、カミュに向かって走る事で距離を詰める。
一歩、ニ歩、三歩、四歩、踏み込むだけでカミュに錬剣が届く所へ、間合いに入り――。
「おおッ!」
カミュに錬剣を振り下ろす。
それは、吸い込まれるようにカミュの首を切断した……はずなのだが、
「…………」
なぜか切断したはずのカミュの首が元に戻っていて、修也が気づいた時には、カミュの左手は修也の腹に向けられていた。
そして一言。
「吹き飛べ」
「ガッ!」
文字通りに吹き飛ばされた。
感触からして風の魔法か。見事に鳩尾にクリーンヒットだ。そのまま壁まで吹き飛ばされて、激突する。
「シュウヤ! ――ちょっと! もう殺されたんじゃないの!?」
「いやいや、現に僕は生きているじゃないか。殺されたってことは無いよ」
すっかり存在を忘れていたリリーの声を聞いたカミュは、そう反論して修也を見た。清々しいくらいに本気だ。この決闘の勝敗には、ユリアとの結婚がかかっているのだから当然だろう。
とにかく、再び前に進む。
今度はちゃんとした考えのあっての事だ。というのも、肉体を全て消滅させれば、不老不死だろうがなんだろうが関係ないだろうという希望的観測だが。
肉体を消滅させるにはどうしたら良いのか。その手段として有効なのは《魔力物質化》だ。
そんな事を思った矢先、正面のカミュの背後には、数え切れないほどの数の魔法陣が展開されていた。色とりどりとはまさにこの事。厄介なんて物じゃない。
一瞬光り輝いたと思ったら、そこから魔法が放たれた。火の魔法、氷の魔法、風の魔法、土の魔法。それぞれの形態は違えど用途は同じ。修也を殺す為に放たれた魔法は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
何人もの魔法使いを相手にしているような感覚だ。これが初代ロクターン公、カミュ=ロクターン。エルフから叡智を授かったとされる伝説の魔法使い。
火の魔法は、修也が錬剣を振るうだけであっさりと散った。一つ一つの魔法の威力はそこまで高くないのか? 先程から自分が何をしているのかが分からない。
魔法を斬るなんて事をできるなんて思いもしなかったのだ。カミュ曰く、魔法を斬る事ができるのは錬剣クルシュにアドミウムが使われているかららしいのだが……。
思考を切り替える。続いて氷の魔法を錬剣を振るって打ち砕いた。パラパラと音を立てて氷の残骸が地面に落ちる。冷気が修也の頬を撫でた。
風の魔法は、修也を吹き飛ばすために使われたようで、突風が修也の事を襲うだけに留まった。これだけでも十分厄介だ。突風に耐えなければならない上に、他の魔法への対処が遅れる。
風の刃が修也を襲う。何とか迎撃できたものの、体の数ヵ所に裂傷ができた。鈍い痛みを与えられて、思わず顔をしかめてしまう。
そこに横槍を入れるように、文字通り火の槍が、横槍が飛んできた。錬剣の腹でそれを受け止め、体を沈ませて火の槍がこちらに届く前に斬る。
視界の端で、大きな岩がこちらに迫ってくるのが見えた。錬剣を振るって、落ち着いてそれを砕くと、次の魔法へと向かっていった。
時には体に傷を負いながらも、少しずつカミュに迫る。その顔は余裕そうで、勝ちを確信しているようだ。
――後悔させてやる。
そんな事を思った修也は、更に速度を上げて、カミュに肉薄した。
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