第五十三話『記憶の返還⑤』
それは、実験から三年が経った時の事だった。
床に刻んだ線はもう数え切れないほどの本数で、ユリアは代わり映えのない日々と、誕生日を誰も祝ってくれないという不満を抱えている。
「……私たち、いつまでここに居れば良いのかな」
「さあ、多分俺らが死ぬまでじゃないか?」
「……はぁ」
エヴァとレクスとの会話が聞こえたユリアは、今日の実験が終わったことを自覚する。何度か瞬きをして、ユリアはベッドから起き上がった。
すると、隣のベッドにいるフランが話しかけてくる。
「ユリアさん、ちょっといいですか?」
「……なぁに? フラン」
フランはユリアにそう言った後、こちらのベッドに座った。ギシッ、と音を立ててベッドが軋む。フランは息を吐いた後に、再び話しかけてきた。
「あなたの子供の頃の思い出を聞かせてください」
「別に良いけど、どうしてそんな事を?」
「いや、いつもならこの後、下から出てくるご飯を食べた後に寝るわけじゃないですか。それだとつまらないなって思ったんです」
ユリアは納得できないまま、フランに言われた通り、そこまで経験していない人生の中で、子供の頃と言える時期の中から一つの体験談を語り始める。
「私が六歳の時……ここに連れてこられる前の話なんだけどね」
「はい」
「私、お父さんと買い物に出かけてた時に、転んだ事があったの。それはもうおもっいきり。足を擦りむいて、凄く足が痛くて……その場で泣き叫んじゃったの」
「ほう、そんな事が。それで、その後どうしたんですか?」
「その時、お父さんが凄く心配してくれてね。擦りむいた所から出てる血を止めるために、買った布を千切って、私に巻いてくれたの。その時のお父さんの真剣な表情が忘れられなくて……凄く嬉しかった」
短い話を終えたユリアは、不安げにフランの顔を見た。自分の話しがつまらないと思われているかと思ったからである。
だが――フランは静かに微笑んで、ユリアの事を見ていた。
「それはいい話ですね。親の気遣いと優しさが感じられる、いい話でした」
「あ、ありがとう」
「ついでに、私の話も聞いてくれますか?」
「……うん、聞かせて」
フランは、その緑色の髪の毛を揺らした後、ユリアに昔の思い出を語り始める。
「私、ロクターンの街の外れにある、孤児院の院長をしていたんです。残してきた子どもたちもたくさんいて、ここに連れてこられてから、ずっと子どもたちの事を考えてるんですよ」
「……孤児院」
「孤児院での話なんですけど、いいですか?」
「うん、いいよ」
一拍置いて、フランは話し始めた。
「ある日私は、流行り病にかかってしまいましてね。聞いたことはありませんか? ロナという、咳と高熱が四六時中でる病気ですよ」
「うん、聞いたことある。お父さんのお母さんが、ロナにかかって死んだって話を聞いたんだよ」
「あら、それは災難でしたね。とにかくロナにかかった私は、孤児院の運営ができなくなるほどに弱っていました。で、その時ちょうど、ロナに対する特効薬が開発されて流行り病が徐々に収まっていったんですけど……」
「その特効薬って、高かったんでしょう?」
ユリアがそう言うと、フランは驚いたような顔をしていた。その後パチパチと瞬きをして、再び話し始める。
「ええ、そうなんです。私たちのような貧乏人には、少しも高い値段で売られていました。その特効薬というのが、ロナに感染した人の中から出てきた抗体という物を用いて作られた物らしいので、高くなるのは避けられなかったんですが、もうちょっと安くしてくれても良かったんじゃないかな……」
「フラン?」
「……はい、続けますね。ロナの特効薬がか高い値段だというところまで話しましたよね。では、なぜ私は生きていると思います?」
「えーっと……誰かにお薬を恵んで貰った、とか?」
「あははっ、不正解です。世の中そんなにうまい話なんてありませんよ。 ――孤児院の子供たちが、お金を用意して特効薬を買ってくれたんですよ。汗水を垂らして働いてね」
「……おお」
なんというか、普通にいい話だ。ユリアはそう思って拍手をした。
それを聞いた他の三人が、こちらに歩み寄ってくる。
「よし、ユリア。俺の昔話も聞かせてやろう。そして聞き終わったら拍手をするんだ」
「あーずるい! 私からよ、私から!」
「子供の喜ぶ姿ほどの幸せな光景ってないよなぁ。というわけでユリア、僕から話させて貰おう」
それらの言葉を聞いて、ユリアは――
★★★
「…………」
ユリアは頬から一筋の涙を流して、その場で蹲った。
今の光景を見ていたシュウヤは、呆然とその場で立ち尽くしている。
「……仲、良かったんだな」
「うん、うん! それなのに、私……エヴァと、ニコラスを、殺しちゃって……あんなに無感情に、あんなに苦しめて、これじゃあ友達って言えないよぉ!」
涙がどんどんユリアの目から溢れてくる。それを見たシュウヤは何を思ったのか、泣いているユリアに抱きついてきた。
「……え?」
「人間って、抱きつかれるとストレスの3分の1が解消されるらしいぜ」
ポンポンと、ユリアの背中を叩いたシュウヤは、続いて言葉を紡ぐ。
「痛いことも、辛いことも、悲しいことも、全部一人で背負いこまずに、誰かと共有すればいい。その誰かが俺でも、別に問題ないだろ?」
「……うん」
――そこにいたのは化け物ではなく、一人の少女だった。
ユリアとシュウヤの二人は、そのまま意識を覚醒させ……。
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