第五十一話『記憶の返還③』
痛い。
痛い、痛い。
注射という物を打たれて、体に魔法を使われて、実験に実験を重ねる……という凄惨な生活を送っていたユリアは、今日の実験が終わった後にひたすらそんな事を思っていた。
それは他の四人も同じようで、ユリアを含む全員がベッドの上に縛られている。
『はい、お疲れ様。今日はもう休んでいいよ〜』
そんな不気味な声が聞こえた後、革製の紐がユリアの体から離れていった。力なくベッドの両端に垂れ下がっているのを見ると、ユリアはようやく落ち着いた。
ベッドから降りて、全員の無事を確認する。
「……大、丈夫?」
すると、レクスが返事をしてくれた。
「ああ……大丈夫だ」
その後、レクスは目を閉じた。どうやら疲れ果てて眠ってしまったらしい。
ユリアはそれに釣られて眠りそうになるが、その前にやることを思い出して、ベッドから立ち上がった。そのまま指に魔力を込める。
魔力の使い方は、ここにいる四人に教えてもらったのだ。魔法を使ってここの壁を壊すことを考えたエヴァが、魔法を使おうとした。だが、足首につけられている鎖というもののせいで上手く魔法が発動できないという事が発覚して、絶望したのを思い出した。
首を振って、ユリアは床に線を引いた。この線は、ここに来てからしばらくした後に書き始めたのだ。何を表しているかというと……ここにいる期間である。
線は少なくとも600以上は引いてあった。つまり、ここに来てから既に一年以上が経過しているということ。
線を見た時にそれを知らされて、ユリアは体を震わせた。誕生日はとっくに過ぎているのだ。いま自分は7歳だという事を自覚させられる。
「ッ!」
両手を口に当てた――その時。
カシャッ、という音がして、ユリアは音が聞こえた方向を向いた。ベッドの近くの床に穴が空いているのが見えて、ユリアはフラフラとそこに歩いていく。
ベッドに座ると、床に開いた穴の中から丸い机が出てきた。そこには最低限の食べ物が置かれている。これが今日の夕食だ。
それは他の四人の方にも出ていて、レクスは寝たと思っていたのに置き上がって、四人はスプーンとフォークを手にとって料理を口にする。
ユリアはそれに釣られて、机に置かれている料理を食べ始めた。味が薄いし、ただ栄養を補給しているだけの物だという事が分かる。お母さんのミートパイの方が、ずっと美味し……。
「あれ?」
思い出せない。お母さんのミートパイの味が、思い出せない。ユリアは料理を食べるのを止めて、手で頭を抑えた。必死で思い出そうとしているのに、思い出せない。
「な……なん、で?」
思い出せない。思い出せない。まず、ミートパイの見た目は? 味は? そもそも、お母さんの顔すらも……。
――いつの間にか、ユリアは料理を食べ終えていた。
カシャッ、と再び音がして丸い机が床に沈んでいく。手を伸ばしたが、虚空を切る。
「…………」
ユリアは、その頬に一筋の涙を――。
★★★
また暗い空間にきたユリアは、呆れたような視線を向けているシュウヤに目を向けた。
ユリアも、今の出来事に困惑している。なぜシュウヤから記憶を返されているのに、自分が持っている過去の記憶を見せられてしまったのか。
「……おいおい、やめてくれよ。俺の知らない記憶を見せないでくれ。こっちも苦しくなるだろ?」
「ご、ごめんなさい。私にもよく分からなくて……」
ユリアが頭を下げると、シュウヤはため息をついた後に、言った。
「別にいいさ。俺はむしろ、お前の事を知れて嬉しいんだ」
「……え?」
「お前が今まで生きてきた軌跡を見てるとさ。悲惨で、無惨で、絶望的な物ばかりなんだ。それを共有できる相手ってなかなかいないと思うわけよ」
「それは分かるけど……シュウヤが私の事を知って、それで何になるの?」
すると、シュウヤはため息をついた後に言葉を紡ぐ。
「苦しみも、悲しみも、誰かと共有できるのが一番嬉しいだろ。一人で抱え込むよりも、誰かに相談して、その苦しみを分け与えればいい。俺みたいのが真摯に聞いてやって、それで少しは、お前の過去は軽くなるだろうさ」
「…………優しいんだね」
「ああ。この世界で、俺より心優しい奴なんていないんだぜ?」
「――あははっ! 何それ!」
「笑うなよ。一応言っておくけど、下心とか無いからな!」
「はいはい、分かってますよ。シュウヤの事は少しずつ分かってきたからね」
「お? なんだ、言ってみろよ。お前の中で俺はどういう存在なわけ?」
「変な人」
「おい! ――まあそれは置いといて、次の記憶を返すから、心の準備をしておけよ。かなり酷いからな」
シュウヤがそう言うと、目の前にかつての思い出が浮かんだ。
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