第四十五話『ユリアの絶望』
「――ヤ、シュウヤ!」
「大丈夫だよお嬢さん、シュウヤとやらは目を覚ます」
その声が聞こえた瞬間、修也は床から起き上がった。自分がユリアではないことを確認すると、安心して息を吐く。
「お前、今のってまさか……」
「ああ、僕が持っている記憶だ」
初代ロクターン公は、無表情でそう言った。当事者の二人以外には分からない会話だが、修也はそれを聞いて驚きを隠せなかった。
「ちなみに、その記憶については他人に話せないようになってるんだ。200年前に僕がそう術式を組んだんだよ。記憶を盗む魔法をね」
「……じゃあ、今までのロクターンの五大迷宮のボスモンスターが持ってた奴も、お前がボスモンスターの奴らに渡したのか?」
「そこらへんについても、僕は話そうと思ってるんだ。ユリアに全ての記憶を取り戻させるのもまずいしね。君らには嫌でも協力してもらわないと」
修也はそれを聞くと、黙り込んで席に戻った。他の五人は二人の会話を怪訝そうに聞いている。キサイが修也に今の会話の意味を聞いてくる。
「シ、シュウヤ、今のお話って何?」
「ああ、それは……それは……あれ?」
会話の内容の意味について話そうとしても、なぜか無駄に息を吐き出すだけだった。修也が話せないことを察したのか、キサイは修也から初代ロクターン公に目を向けた。
初代ロクターン公は、再び話し始める。
「200年前、僕がユリアに対して行った実験は、父親に裏切られて金を貰い、実験体として売られたと言うことを無理矢理言わせた事によって起こる、ユリアの絶望を利用すれば、脳の覚醒を促せると思ったということまで話したのかな? 忘れたけど。次は、その後何が起こったのかについて話していこうか」
一拍置いて、初代ロクターン公は椅子で足を組んで再び話し始めた。
「父親に裏切られたと思ったユリアの絶望で、脳の覚醒を促せると、最初は思ったんだけど、どうやらそれは違うらしいって事が分かったんだ。絶望を知ったユリアは閉鎖的になって、外部からの刺激に一切の反応を示さなくなってしまった。記憶の一部も失ってしまったようだと知って、僕は少し悪いことをしたのかと思ったよ」
胸糞悪い話だ。ユリアの絶望を利用して実験の成果を挙げたかったという初代ロクターン公の気持ちが全く理解できない。彼にとっては、連れてきた人間は、実験体以上の感情を持ち合わせていなかったのか。
「絶望ではなく、余計な記憶があるからいけないんだ。そう気づいたと言うのは何度目になるのかな? まあとにかくそれに気づいた僕は、ユリアの記憶を五つに分けて奪った。 ――その後の薬物投与と魔法実験の結果が凄いんだ!」
初代ロクターン公は、その見た目の通り、少年のように興奮して、実験の成果を自慢げに話す。
「ユリアの髪の毛が、神の金属と言われたオリハルコンと同等の硬度を持ち、しかもその髪の毛を鞭のようにしならせて、実験施設の壁を切断したんだ。ユリアの力はこれだけじゃなかった。空中浮遊能力に、人を操る能力。脳の100%の覚醒を促した結果は大成功さ!」
「…………」
「けど、ユリアはこっちのいうことを全く聞かなかったんだ。十年単位での実験は、脳の100%の機能の覚醒を促がす為の物だったから、現状で満足はしていたんだけど、やはりユリアは何をするか分からないし、記憶を奪ったことで精神が不安定になっていたユリアを、殺すことにしたんだ。けど駄目だった。いかなる手段を用いても、ユリアを殺すことは叶わなかったんだよね」
「…………」
「結果、実験体として扱っていた五人の男女と、僕だけが生き残った。研究員の人たちは、皆ユリアに殺されちゃってね」
「…………」
「僕が記憶を奪ったユリアは、自分の置かれている状況に困惑したようでね。なぜこれが世界を滅ぼそうとするなんて事に繋がったのかというと――ユリアは、記憶を失った状態でも、名前と自分の能力、そして家族の存在についてをなぜか覚えていた」
「…………」
「要は、家族の存在を強烈に求めたんだよねぇユリアは。僕には理解できないな、なんでユリアは家族なんてものを求めたんだろう? まあそれは置いといて、家族はいないって事をユリアに伝えてみたんだよ、僕は。それを聞いたユリアは錯乱して、暴走して、家族の存在を求める災害になってしまったんだ」
「…………」
「それが、ユリアが世界を滅ぼそうとしたっていう理由だよ。どうやって止めたのかは、今から説明しよう」
すると、テラルが手を上げて、言った。
「……ちょっと待て、少し考えさせろ」
そう言って、テラルは頭を抱えた。修也もついでに考えをまとめる。
まず、ユリアに行われた実験について。200年前に研究施設に連れてこられたユリアは、薬物投与に魔法実験を繰り返したことで精神を病んてしまった。
それ故に世界を滅ぼそうとするのだと、今までの話を統合するとそういうことになるわけだ。話がややこしい。
初代ロクターン公は、リリーの父親である現代のロクターン公と同じく、ユリアを殺せと言っている訳だが……。
「そろそろいいかな?」
「……ああ」
短い時間だが、テラルは今までのユリアの事情を理解したようだ。
初代ロクターン公は続きを話していく。
「当時は凄いことになってね。ロクターン公国にユリアだけを出さない結界を張り、ユリアを国から出さなかったのは良いものの、後始末には苦労した。実験体として扱った四人に協力して貰ってね。ユリアを協力して止めるために、四人をモンスター化させたんだ。といっても、実験段階の魔法だったから成功率は低かったし、モンスター化させた後、どうなるか分からなかったし……それでも、なんとかユリアを倒すことができた」
「…………」
「モンスター化させた四人の実験体には、僕が奪ったユリアの記憶と、ユリアを倒した際に偶然剥がれた、いわばユリアの力と言うべきものを渡しておいた。四人はその後、僕の作ったロクターンの五大迷宮で生活している」
――話し終えた初代ロクターン公は、再び言った。
「さて、ロクターン公国の過去と、五大迷宮の事情、ユリアについて理解してもらった所で……一緒にユリアを倒そうじゃないか」
と、その時。
轟音と共に、サミナの迷宮の壁が壊された。
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