第四十二話『ユリアの次の標的』
修也の目では、リーパル=クイーンが魔石になった瞬間をはっきりと捉えていた。
「…………」
ユリアの体に青い光が吸い込まれて消えていく瞬間も見た。あの光はファイアリー=リザードやストーム=スネイクと同じような、リーパル=クイーンの魂の光だろう。
魔石が、ポチャンと音を立てて湖に落ちる。リーパル=クイーンが出てきた際に、ラグスの迷宮の天井が壊れてしまったので、魔石は迷宮に落ちるか、水底に落ちるはずだ。
何よりも恐ろしいのは、たった一人の少女が迷宮のボスモンスターを倒したという事実。脳を100%覚醒させたのだかなんだか知らないが、異能の力を持ち、それを使っただけであっさりと倒してしまったことには戦慄する他ない。
先程までリーパル=クイーンの全身にめり込んでいた白い髪の毛が元に戻る。髪の毛の長さが変わるのもまた、ユリアの異能の力なのだろう。どこまで伸ばせるのかは知らないが、攻撃の間合いが相当広い事は確かだ。
ユラユラと、髪の毛が生き物のようにうごめいている。いつの間にか、ユリアの髪の毛の長さは腰あたりにまで縮んでいる。
「……ば、バケモンだ」
テラルは、そう言ってユリアを見つめていた。テラルの気持ちは凄く分かる。今更ながらに、ロクターン公の依頼が少し無理難題だという事を自覚させられた瞬間であった。
ただ、遠目でしか分からないが、ユリアの顔はどこか悲しそうなのだ。ユリアの記憶の一部を二つ持っているから、感情移入でもしたのか?
慰めたい。話しかけたい。ユリアに対する気持ちがだんだんと膨れ上がっていく。空中にいるユリアに手を伸ばそうと――。
「シュウヤ?」
リリーの声を聞いて我に帰る。
「大丈夫?」
心配そうに見つめてくるリリーの顔を見て、修也は少し落ち着いた。
「すいません、大丈夫です」
「そう、なら良かった」
リリーはそう言った後、杖の先に魔法陣を出した。それは修也がここ数日でよく見る探知魔法の魔法陣で、それを見た時に修也は首を傾げる。
視界の端で、飛んでいるユリアは、また別の方向に飛んでいってしまった。高速で飛んでいるのか、湖の水が若干沈む。
黙ってそれを見届けようと思ったが、リリーが探知魔法を使っているので、ユリアの位置が分からなくなるということはない。
「この方向……コラムの迷宮ね。ロクターンの五大迷宮の一つよ」
「また迷宮か。ユリアというのは、何が目的で迷宮のボスモンスターを倒そうとしてるんでしょうね」
ゾーンがリリーにそう言うと、彼女は返事をする。
「そう、疑問なのよ。ユリアはなんの為にボスモンスターを倒そうとしているのか。一応お父様は、記憶を取り戻すためっていうのが目的だって言ってたけど、それがなんで迷宮のボスモンスターを倒すことに繋がるのかしら……」
リリーの言葉を聞いて、修也はユリアの目的であろう事を伝えようとした――だが。
「ッ!」
話せない。話そうとしても舌が動かず、無駄な息が口から吐き出されるだけだ。その後も話そうとしたが、どうも上手く行かない。
修也の様子を見て、リリーは修也をじっと見つめた。すぐにリリーの視線に気づき、話そうとするのをやめる。リリーはすぐに視線を外した後、言った。
「取り敢えず、コラムの迷宮に向かいましょうか」
全員が、無言で頷いた。
★★★
一方その頃、コラムの迷宮では、あるボスモンスターが目覚めていた。
「…………」
名前は『岩山の主 アイアン=インディション』鉄の意思という意味である。山一つ分の体が動くと、背に乗っかっていたモンスターが落ちていく。
息を吐くと顔の正面にある岩が転がり、少し動くだけでも風圧が空気を揺らす。
なぜ自分が目を覚ましたのか、その理由は分からない。自分の近くまで侵入者が来たか――ユリアが、目を覚ましたのか。初代ロクターン公には、その二つの理由でしか、ロクターンの五大迷宮のボスモンスターは目覚めないようになっている。
前者か後者か。ユリアが目覚めたのであれば、それはまずい。それは目覚めるほどの力を既に取り戻しているということであり、仲間が何体もやられてしまった事を意味しているのだが……。
今感じる気配は、サミナの迷宮の物だけ。かつての仲間が、三体もやられてしまっている。由々しき事態である。
――かつて、まだ初代ロクターン公が生きていた200年前、初代ロクターン公の行った実験によって、ユリアはただの少女から超人に進化してしまう。
ただその力は制御できず、実験の過程で記憶を奪われてしまったユリアは暴走し、あやうく世界が滅びかけたほどの事態にまで発展してしまった。
その時に、実験体として実験施設にいたユリア以外の四人は、初代ロクターン公によって姿をモンスターに変えられ、国の人々を救うために、ユリアの力を初代ロクターン公を含む、モンスターに変えられた四人に分け与えられた。
ユリアを封印する為の苦肉の策だと言うが、どうにも納得ができないというのがこの200年間の心情である。
「…………」
自分は、ユリアに殺されるべきなのだ。それが仲間だったはずの自分たちがユリアを封印したという事に対する償いであり、ケジメでもある。だが、記憶を渡す事はしたくない。
ユリアが全ての記憶を取り戻せば、また世界を滅ぼそうするに決まっている。
こればかりは同情するし、仕方ない事だと思うのだが、世界を滅ぼすなんて考えには至ってほしくなかった。もっと色々考えて、できることなら、誰かを心の支えにしてほしかった。
ユリアは五つに分けられた力の内、三つを既に取り戻している。事の発端は、誰かがファイアリー=リザードを倒した事。何をしてくれたんだと、人間の姿だったら問い詰めてやりたい。
――と、その時。
背筋が凍ったと錯覚するほど、寒気を感じた。何事かとその方向を見ると、凄く遠くから人が飛んできているのが見えた。間違いなくユリアだろう。
「……まだ死ぬわけには行かないんだよ、僕は」
誰にも聞こえないような声でそう言った後、アイアン=インディションはあと数時間で来るであろうユリアの事を待ち始めた。
★★★
空を飛びながら、ユリアは思考を続けていた。
この世界は、自分が封印されてから何年が経過した世界なのか? 記憶の一部を取り戻しても、これだけはどうしても分からなかった。
気になることはもう一つある。それは両親の存在。普通の人は両親がいる、という曖昧な記憶だけを持っているユリアには、両親が誰なのかも分からない。記憶を失っているのだから。
今の自分の目的は、五つに分けられた力と記憶を取り戻すこと。そして、両親に会うこと。両親に会ったら、二人とずっと幸せに暮らすのだ。
話したい。今のユリアは家族がいないし、友達もいない。一瞬仲間だった四人を思い浮かべたが、自分を封印する為にモンスターになった五人の事を友達とは呼べないだろう。
「……お父さん、お母さん」
ユリアは、寂しげに呟いた後、自分の記憶を持っているであろう存在――ロクターンの五大迷宮の内の一つ、コラムの迷宮を目指す。
その距離は、まだ遠い。
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