第七話『迷宮探索の準備』
修也が道具屋らしき建物の扉を開けた途端、ドアにつけられていた鈴が鳴った。
「あ、いらっしゃいませ」
すると、店内にいた一人の少女が、そう言って軽く会釈をした。
「こんちには。ちょっと迷宮に行く為の準備をしたいと思ったんですけど……ここってなんの店ですか?」
「道具屋ですよ。新しく迷宮が生まれたとかいうので、店長がエステル王国からわざわざアカゲラの村まで来て、店を開いたそうです」
セステル王国について色々聞きたいと思ったが、今は迷宮探索を優先することにした。
「……大変だったでしょうに。まあそれはおいといて、迷宮探索に必要な物ってなんですかね。それがこの店に売っていたら、僕の服を売るので、それを買わせてくれませんか」
「ええっ! 服って……あなたが着てるそれですか?」
「ええまあ、なんせ一文無しですからね。これくらいしか売るものが……」
自分を客観的に見て、変人だと思う。いきなり店に押しかけて、服を売るという自分の姿。だか、背に腹は変えられない。金は用意できないし、街に入ったら元からこうするつもりであった。
一応、修也の背負っている学生鞄の中には、人骨から取った灰色の服が一着ある。こちらを売ろうとも思ったが、異世界で暮らしていくのならば、この服は捨てられない。
と、そんなことを考えながら、少女の反応を伺っていると、考え込んでいるようだった少女は顔を上げて、修也に質問する。
「迷宮に行くと、言いましたね?」
「はい」
「じゃあ、迷宮に入って稼いだお金で、うちの道具を買ってください。服はまあ、結構ですから」
「あー……つまり、借金をしろと」
「そうですね」
道具を売るから、代わりに道具代を返すことを約束しろと、言っているのだ。この少女は。
代金次第だが、少女の提案は有り難かった。
「じゃあ、借金をするので、迷宮の探索に必要な物を売ってください」
「分かりました」
そう言って、少女は棚が並んでいる店内の中を歩いていった。
周りを見てみると、修也の他にもたくさんの人がいた。その中でも店員と思われる人達は目立っていて、テキパキと働いている姿は、なんというか、とてもかっこいい。
少女と修也との会話は、他の人には聞かれていなかったようで、修也に話しかける人もいない。
店内の棚には、緑色の液体が入ったフラスコ、携行食、何故か軽鎧や武器まである。
これならば、クルトの鍛冶屋に客が来ないのも納得だ。鎧や武器はこの店で売っているので、クルトの鍛冶屋に行く必要はないし、武器の修復の依頼など滅多に来ないだろう。
「お待たせしました」
横からそんな声が聞こえて、修也はその方向を見た。
先程の少女が、台車にたくさんのものを乗せてこちらに来ていたのだ。なんとも無いように立っているが、少し息が荒くなっているのを見て申し訳ない気持ちになった。
「すいません、わざわざ」
「気にしないでください。それより、こちらの魔術契約書にお名前をご記入ください」
そう言って、少女は魔術契約書とかいう紙を渡してくる。
……ただ、ここで一つ困ったことが起きた。
文字が読めない。
「すいません。僕文字読めなくて……」
「……じゃあ、契約書の内容を読み上げますので、聞いてください」
そう言って、少女は契約書の内容を読み上げる。
内容は、借金の返済期限は特に無いということと、道具の額は15000ゴルド(ゴルドはこの世界のお金の単位らしい)。
――ということだけだった。
「以上になります。契約書に名前を記入しますか?」
「え?ああはい」
少女の言葉に一瞬困惑するが、すぐに気づく。文字が書けない修也の代わりに、少女が契約書に名前を書こうということだろう。
修也が了承すると、少女はペンを渡してきた。
「え?」
「私が書いても意味がないので、私の手に合わせて、貴方の手を動かしてください」
「……はい、分かりました」
「ちなみに、お名前は?」
「早川修也です」
修也が自分の名前を告げると同時に、少女はペンを持つ修也の手に自分の手を重ねた。修也は少女の力に逆らわずに、ペンに力を込めたまま、淡々と待ち続けた。
「これで、契約は完了しました。魔術契約ですので、後になってその契約内容を放棄することはできません。いいですね?」
「分かりました」
壁を使って書かれた契約書に、改めて目を通す。
内容は正直よく分からなかったが、自分の名前と思われる文字列に目を留めた途端、何故か奇妙な感覚に襲われた。
自分は、本当に異世界に来たのだ。改めてそう思った。これからは文字も学ばなければ。
「では、軽鎧とブーツの採寸を行います。奥の部屋にお越しください」
「はい」
修也は少女の言われるがままに、道具屋の奥の部屋に行った。
★★★
――修也の体内時計で、一時間。
修也の姿は、以前とはまるで違っていた。
手に前腕部より少し小さいくらいの、革製のガントレットを付け、胴体には衣服の上に軽鎧を着ている。だが、軽鎧が守っているのは上半身の上部分のみで、衣服の露出が多い。
革製のブーツは初めて履いたが、元いた世界のシューズより動きやすく感じるのは気のせいか。
ちなみに、衣服は人骨から取った灰色の服とズボンに着替えており、腰にはショートソードを吊るしている。
「わあすごい、似合ってますよ!」
そんな自分の姿を鏡で見ていると、少女が話しかけてきた。
「……ありがとう。でも、こんなに衣服の露出があって大丈夫ですかね?」
「大丈夫ですよ。多分…………」
不安しか感じない少女の発言はさておいて、修也は軽く歩いてみた。
関節部分に何も付けていないからか、体は制服を着ている時と同じように動いた。
軽鎧やガントレットの重みは感じない。魔力で全身を強化しているからだろう。
「……装備は、これでいいんですか?」
「はい。それが、迷宮を探索する上での最低限の装備です。あとはポーションと、携行食があれば、完璧ですね」
そう言って、少女は得意げに笑った。
……見た感じ、少女は修也と同い年だろう。
少し仲良くしたいと、そう思った。
「あの、店員さん」
「はい?」
「……良ければ、少し仲良くしませんか?」
「え?」
「ああいや、見た感じ同い年だし、やたらと親切にしてくれるし、人柄も良さそうだし……仲良く、出来ないかな、と」
少女は、修也の言葉に少し驚いたような様子だった。その後なぜか自分の体を抱いて、後ずさりをする。
「もしかして、私のこと狙ってます?」
「――そっかそっか、そういう解釈になっちゃうか!なんかごめんね!?」
修也の反応に、少女はクスクスと笑った後、意外なことを口にする。
「いいですよ。今までそんな事を言ってくる人、居ませんでしたし、王都から来て、まだそんなに経ってないので、この村の人とはあまり仲良くしてませんし……」
そして、少女は一拍置いて、
「少しだけ、仲良くしましょうか。シュウヤ」
そう言って、修也のことを見つめた。
★★★
修也はその後、学生鞄をクルトの家に置いて、代わりに道具屋で貰った革袋を持っていた。革袋の中には、ポーションと携行食、そして革製の水筒が入っている。
準備は出来た。後は迷宮に行くだけだ。
不思議と不安は感じなかった。
むしろ、楽しみですらある。
そんな思いを胸に、修也は迷宮の前に立っていた。
「……よし、行くか」
迷宮探索、開始。
読んでくださって誠にありがとうございます。良ければ感想、ブックマーク、ポイント等を入れてくれると嬉しいです。作者のモチベーションになるので……